メグとポッキーゲーム
「ポッキーゲームをしましょう!」
夜、お風呂上がりのメグは片手にお菓子を掲げて提案した。
修司はソファーに座ってスマホをいじり、モミジは同じくソファーに座ってテレビを見ていたところだ。
ドライヤーで乾きたての髪をおろしたメグは、今はピンクのパジャマを着ている。
……彼女はどこでポッキーゲームを知ったのだろう。
「今日ね、ウラちゃんと一緒にポッキーゲームしたんだよ」
なるほど、あのウサミミのウラちゃんか。
少しおませさんなところのある彼女ならば知っていてもおかしくないだろう。
「メグはどんなゲームか知ってるの?」
修司が知っているポッキーゲームとは、『二人が一本の細長い棒状のお菓子の両端を咥え、そのまま食べ進める。先に口を離したほうが負け』というものだ。意地を張ってどちらも口を離さなければキスをすることになり、そうでなくても至近距離で顔と顔を合わせるため、なかなか恥ずかしさが出てくるゲームである。
「二人が端っこから食べて、たくさん食べたほうが勝ちってゲームですよね?」
何か間違っていますか? と首を傾けながら答えたメグに恥じらいというものを感じなかった。
おそらく、女子小学生同士の遊びということもあって、本当にただの『ゲーム』なのだろう。おまけに、メグは同世代と比べると少し恥じらいが足りないところもある。
本当にただの「お菓子を使ったゲーム」という認識なのだろう。
「いいわよ、楽しそうだし。やりましょうか」
「モミジさん⁉」
「わーい、ご主人もやるよね!」
「もちろん、修司さんも強制参加よ」
「モミジさんん⁉」
意外と乗り気だったのはメグの母、モミジだった。
彼女はさっそくメグからお菓子を受け取ると、夜中にもかかわらず躊躇なく封を開ける。
モミジは普段、夜中のお菓子は厳しくしているので、許しが出たことにメグはぴょんぴょん跳ねて歓喜した。
「はい。じゃあまずは私とメグね。ふぁい」
モミジさんはソファーに座りなおし、箱からお菓子を一本取りだす。端っこを咥えてもう片方をメグへ向ける。
「ウラちゃんと練習したもんねー。はむっ」
メグは立ったまま、お菓子の先端を咥える。そして、ちらちらと修司に目配せをした。おそらく、スタートの合図をしてほしいのだろう。
「じゃあ……よーい、はじめ!」
開始とともに二人はゆっくりと食べ進めていく。
すると、修司はあることに気が付いた。
メグは目をつむっているのだ。食べるのに集中するべく、真剣に口だけを動かしている。
(なるほど、そりゃ恥ずかしさもないか)
やがて、短いお菓子はなくなり、二人はとうとう唇と唇が合わさった。
「ん! むぐむぐ、おわり!」
「あらあら。意外と早く終わったわね」
「えっとね、ちゅーしちゃったときは引き分けなんだって」
「あぁ、そうなのね」
まじまじと親子のキスを見るのも失礼かと思い、修司は途中から目を離していた。
どちらが多く食べてたなんて見ちゃいなかったが、判定を求められないのはありがたかった。
「じゃあつぎは私とご主人!」
「え、俺もやるの⁉」
これで終わりかと思いきや、唐突に名前を呼ばれて修司の心臓が跳ねる。
一歩間違えればキスをしてしまう危険なゲームだ。メグは気にしていないのか?いや、思春期にはまだ早いかもしれないが、少しくらい気にしても良いだろう。
「ほらほら、早く」
「いや、俺は……」
「ん!」
メグはすでにお菓子を咥えていて、先端を修司に差し出していた。
修司はソファーに深く座っていたため、メグが修司を壁ドンするような形となり、逃げられそうにもない。
しぶしぶチョコレートの先端を口に含む。
(近い⁉ 思ったよりずっと顔が近い!)
「では、はじめ~」
動揺する修司をよそに、ゲームが開始される。声色だけでモミジさんが面白がっていることが分かる。
修司とは違い、メグは目をつぶったままゆっくりと食べ進める。
どのタイミングでリタイアしようか修司が考え始めた時、モミジがメグに声をかける。
「メグ、修司さんの顔、すごーく近いわよ」
「ふん?」
目の前のメグがぱっとこちらを見た。
バッチリと目が合う修司とメグ。
すると、メグの顔がどんどん赤くなっていった。
「わあぁあぁ!」
「ん⁉」
メグは半分も食べていないお菓子から口を離し、真っ赤になった頬に両手を当てる。
「はい、メグ失格~」
パタパタ耳と尻尾をせわしなく動かし、メグはぺたんと地面に座り込んだ。
「わぁぁ……すっごく近かったです」
「そう……だね」
修司はポリポリと残りのお菓子を食べきって、緊張がばれないように返事をする。
正直、修司としても目が合ったことで心臓が跳ねたのだが、メグにはバレていないようだ。
「なんだか急に恥ずかしくなって、わぁぁって気持ちになって。ご主人は大人です。全然緊張してない……」
「まぁ、ゲームだしな」
「まったく気にしていない」アピールをしつつ、スマホいじりに逃げることにした。
すると、今度は肩をつかまれ、より強い力で壁ドンをされた。
「じゃあ修司さん、次は私とね」
「え」
いつの間にか手に持ったお菓子を咥えたモミジが修司を捕まえた。
モミジさんの髪がふわっと舞い、大人の甘いにおいが鼻をくすぐる。
メグよりも強い力で肩を抑えられた修司は逃げることはできない。
いたずら心がそのまま表に出た表情でモミジはお菓子の先を修司の口元に持っていく。
モミジは女子大生と言っても信じてしまうほど若く見える。修司のから見ても相当の美人だし、年が離れているとも思えない。そんなモミジの顔が至近距離に来てドキッとするが、モミジは修司のそんな様子ですら楽しんでいるようだった。
横では先ほどの余韻で顔を赤くしたままのメグが、キラキラした目で見守っている。
「はやく~」
「はぁ……わかりました」
観念してお菓子に口を付ける。
それを見るとモミジは少し笑ってそっと目を閉じた。
口を小さく突き出したその顔は、お菓子を咥えていることを除けばまごうことなきキス顔だ。
(やば、意識するな! 気にするな!)
楽しむようにゆっくりとモミジさんは食べ進める。
だんだんと近づくモミジさんの顔に、息も忘れてしまう。
視界の端では両手で顔を覆いながら、指の隙間からバッチリとポッキーゲームの様子を見ているメグがいる。
「修司くんは目を閉じるの禁止ね」
「ん⁉」
モミジは器用に口を動かし、修司の考えを先回りしてけん制する。
こうなると打つ手がない。
間違いが起こる前にリタイアを――と思ったときだった。
「だ、ダメ―!」
「む!」
「きゃあ!」
モミジと修司の間に割って入ったのはメグだった。
体を二人の間にねじ込むと、そのまま修司に抱き着いてモミジを修司から押しやる。
「なぁに、メグ?」
「なんかダメです! そのままチューしちゃいそうでした!」
修司に両手で抱き着きながら母親を威嚇するメグは、縄張りを侵された犬のようだった。
必死に抗議するメグの両手はがっちりと修司の首をホールドしている。ちょっと苦しい。
「そういうゲームじゃない」
「ダメ! ご主人はメグの――あっ」
しまったと口に手を当てるメグだが、もう遅い。口から出た言葉は取り戻せず、モミジもそれを聞き逃さないのだ。
「あら~、修司くんはメグの……なにかな?」
「うー! うぅぅー!」
「修司くんはメグの物だったかしら?」
「知りません! もう寝ます! おやすみなさいです!」
にやにやしながら迫るモミジから逃げるようにメグはリビングから出ていった。
あとに残ったのは楽しそうにくすくす笑うモミジと、若干置いてけぼりにされている修司、それと数本余ったお菓子。
「そろそろ思春期なのかしらね」
「そうですか……」
いいものを観れたと満足げなモミジに、どう返していいかわからない修司はとりあえず余ったお菓子をつまんだ。
チョコレートでコーティングされたスナック菓子は、不思議といつもより甘く感じた。
うちのケモミミロリメイドとの日常 古代紫 @akairo_murasaki
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