思遠(スーユエン)
浩然は若干不機嫌そうに部屋に戻ってきた。
「ごめん、
思遠とは浩然の実兄である。
「帰ったよ、明日のフィールドワーク早いんだって。でお兄さんなんだって?」
希の夏風邪をひいているが熱は下がったようだ。切り分けた水蜜桃をフォークで刺して、希は食べようとしていた。その水蜜桃は岡が袋いっぱいに買ってきたものだった。
「パソコン、わざとよくないのを売りつけただろうって電話したら不在で、さっき折り返してきた」
「うん、何だって?」
「“え、そうだっけ? 覚えてない”って」
浩然が思遠の真似をしているのか、眼を細めてだらしなそうな顔つきでそう言った。
「金ふんだくるのにスペック覚えてないわけないだろ? もっとスペックが高かったら値段を上げることだってできるんだから」
さくさくと水蜜桃を食べながら希が言う。希の冷静なツッコミに同意するしかない。
「それと。話の流れで漢方のおじいさんとハイスペパソコンについて話したら」
「ああ、あれね」
「“お前の頭はお花畑か。そのおじいさんは個人事業主だろ? なら経費で落としてるよ”」
さっきとは打って変わって、あごを引き、斜め上を向いて意地悪な表情で浩然はそう言った。おそらく普段の思遠はこう話すのだろう。
「あ、そっか、なるほどね」
個人事業主の『経費』は所得を減らし、税金を少なくすることができる。
浩然は個人事業主だと経費で落とせるというのは知識としては聞いたことがあるが、イマイチピンと来ていない。あまり実感できないのだ。
「希、それは理解できるのか?」
「うん、だってマダムだってそれで高級車買ってるし」
希は理解できるのか…。
思遠には「だからお前はYouTuberの爆買い企画ですげーすげー言ってるんだよ、とろすぎ」とまで散々罵倒された。なんでパソコンぼったくられたのにそこまで言われる必要があるんだ。浩然には珍しくむかついている。
浩然のむくれた顔を見て、不思議そうに質問した。
「ねえ、そのお兄さんの思遠ってどんな人?」
「うーん…物ぐさかな?」
「物ぐさ?」
「うん、何事も。だけど、たぶんそんな風には見えないと思うよ」
…だからむかつくんだよ。身長こそ175センチと浩然より10センチ低いのだが、シュッとした清潔感のある容姿、ベースはほとんど同じ顔なのに整った顔立ち。でも実態はものすごい物ぐさなのだ。本人曰く、日本語学習に一生分の努力を消費したらしい。
でもその分、頭は切れる。無駄な動きをしないため。人を自分の代わりに動かすため。
「どこがそんなに物ぐさなのさ?」
「なんであのパソコンくれたんだよ?って言ったらさ」
“だって俺は
「だと。ほんと物ぐさすぎ」
「…なにそれ? ホラーなの?」
「ホラーだよ」
あいつが兄貴っていうのはさ。
今度はどんな要らないもの押し付けられるのだろうか。
《最終章『空っぽの電脳は何を話す?』 終わり》
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