給仕と客
「…ちょっと解らないことがあったから、頼んだのよ」
コポコポと
分からないことね…。分からないことがあったから龍井を頼んだ、つまり龍井の君のことを考えているのだろう。
でもこの様子だと…解決してなさそうだな。何せ口下手な人だから。とはいえ、そう簡単に事情は話さないだろうな。まあ言うだけ言ってみるか。
「今私は給仕です」
「はい?」
「だから少し話してみませんか、その解らないことを」
和崎はじっと浩然を見つめた。
そうだろう、普通先生は自分のプライベートなことを話さない。まして相手は和崎である。一応今だけ給仕として聞くとは言ったものの、難しいかなと思った。しかし意外にも和崎が話し始めた。
「パソコンと話して聞いた、ってどうやったのかしらね」
「パソコンと話す?」
「ええと…話しやすくするために口下手なあいつは龍井、でもう一人の登場人物は小夏ってことで話を進めても?」
小夏ゼリーの入ったガラスの淵を和崎はなぞった。浩然はにやっと笑いながら、
「とっても分かりやすいです、お客様」
と言い、龍井を手渡した。万華鏡のようにぐるりと茶葉が回る。
「まずこのパソコンは個人用ね。ここに研究は入れないわ」
「へえ、じゃあ何に使うんですか?」
「ネットサーフィンとか株式のチェックとかかしらね。研究は大学から支給されているPCを使ってるわ」
「なるほど、本当に個人用ですね」
「このPCは5年前に買ったものなの」
ということは2016年頃購入したわけだ。チーズのマークの入った白いパソコンである。
「このPCは小夏と買ったの」
「はい」
「小夏の仕事は情報系ではないけれど、情報の知識は一般人よりはあったと思うわ」
「龍井は?」
「まったく。詳しいわけでは全然ないわ」
知識的な差はある。ただしお互いプログラマーやエンジニアレベルの知識量ではない。
和崎は一応教育者としての立場をまだ完全に忘れることができなかったようで、かなり奥歯に物が挟まったような話をしていた。
そこで、和崎の相談事を解りやすく要約すると、
① 和崎の前のパートナーが小夏。
② 小夏と分かれた後、龍井と出会う。なお和崎と龍井は付き合ってるかは不明。
③ 小夏と龍井は面識なし。
④ 和崎自身は小夏があまり自分のことを好きでなかったのではないかと思っている
⑤ ある日小夏との愚痴を話していたら、何かその人と関係するものがあるかと龍井に聞かれる。小夏との思い出の品は全部捨ててしまったが、1点だけ、PCだけは捨てなかった(そりゃそうだ)。
パソコンは小夏が和崎の代わりに買ってきたものだった。そこで龍井が「パソコンに聞いてみる」と言って、パソコンをいじると、「そんなことはないんじゃないかな」と言った。
⑥ 答えについて聞いてみたが、龍井は「自分でちょっとは考えてみなよ」と言われる。
⑦ 今に至る。
「で、これがその小夏と買ったパソコン」
Windowsの画面を見せてくれた。
「え? ローカルに何も入れてないんですね」
ローカル、つまりパソコン本体に保存したものはない。あるのは検索エンジンのアイコンだけだった。異常にすっきりとしたホーム画面だ。
「クリーンインストールしたから」
「なんですかクリーンインストールって?」
「この中に入っていたソフトを全部消して再インストールしたのよ」
「つまりこのパソコンの中にはデータが入ってないってことですね」
「そういうこと」
「その時USBとか差してませんでした?」
「ええ、差してないわ。今の状態と一緒よ」
何かのデータを見てその情報を見た訳ではないということか。でも今時、
「クラウドにはデータがありますよね?」
オンラインのクラウドにデータを入れておけば、このPCに入っていなくても利用できる。
「使ってるけど、それその…はじめての出先でWifiにはつなげてなかったの」
…まあその“どこ”でってことはあんまり突っ込まないことにしよう。
「つまりオフラインだったってことですよね」
「そう」
オフラインでUSBなどの外部記憶装置もなし、おまけにクリーンインストール済みでパソコンの中も空っぽ。
その上、この小夏と龍井は別にパソコンに詳しい訳ではない。
じゃあ何を見て一体龍井は小夏の気持ちを読み解いたのだろう?
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます