四月

 原始人、ではなく、人間コンパスについて。


「中国人は出身地によってなになに人って言うんだよ。上海人とか、福建人とか」

「県民的な感じか」

「で、これは北京っていう特殊な場所だから解る」


 北京が特殊な場所だから解る、か。 


 北京の写真のイメージだけぼんやりある。天安門か。社会科ではどう習ったっけな。えーと、中国を代表とする大都市で首都で政治の中枢っていうのは非常に浅い知識で知っているが―――。

 

…天安門と首都。天安門は故宮の門、故宮は皇帝の宮殿。そうだ、北京は明・清時代のみやこ。———都ってことは…


条坊制じょうぼうせい…」

「え? 何それ」

「希、もしかして北京の街ってさ、碁盤ごばんの目みたいになってるんじゃないか」

「碁盤の目って、オセロとかのこういうマス目のことだよね?」

と言って希は空中に指でマス目を書いた。

「それのこと」

「そうそう。わー、解ったんだ、すごいね優馬」

 希が眼を緑色に輝かせて言う。

 

 昔京都へ修学旅行に行った時、事前学習で京都の地名には『あがる・さがる』という表記があることを習った。この“上る”は北へ、“下る”は南へという意味で、京都は碁盤の目で通りが区切られているから、方角がすぐわかるのだそうだ。


 そして京都の街を碁盤の目に区切ったのは“条坊制”という都市区画によるものだ。これは日本史で習った。


 その教科書には“中国の長安に倣って、平安京は条坊制で都はつくられた”と書かれていた。ということは、長安は北京ではないが、もしかしたら同じ都である北京も碁盤の目のような作りなのではないか、と考えたわけだ。


「…なんか優馬ってさ、そうは見えないけど、本当は頭いいよね、秀才的な感じで。そういえば浩然が中国語を聞いてわかるのも気がついてたしね。浩然の推理の仕方とは違うから面白いけど」

「そうかあ?」

「そうそう、隠してるのかもしれないけど。まあ話を戻すと北京人はどこにいても北が分かるの。で、そんな北京人が北もわからなくなる、つまり混乱してるって意味」

「浩然のやつ、また果物と水買ってこようとしてたんもんな」

「それだけじゃなくって、人を好きになった時とかもね。北もわからなくなるぐらいに」

 メロメロってことか。それで浩然をおちょくったわけだ。


 なんか日本語で話してても、不思議。まるで外国語で話しを聞いてるような気分になる。いつも浩然と希と一緒にいると、こんなことばっかり聞かされる。


「ねえ、僕からも質問なんだけど」

「ん?」

「優馬と浩然ってどうして仲良くなったの?」

「えーと、英語一緒だったんだけど…」

「うん。でも優馬っていつもびびってるよね?」

「え?」

「優馬はいつもビビってるじゃん、浩然とか僕とか」

「…」

 やっぱ気がついてたか。

「もちろん嫌ってるとは思ってないよ。けど、いつもびっくりしてる。それでもなんで付き合ってるんだろうってね」

 希がおれをじっと見つめる。そこには敵対心も親密さも感じられない。ただ真剣におれの話を聞いている。わざわざ病人に今聞くのか? 希も相当胆がすわった奴だ。


「まずさ、出会った時から話してもいい? そのほうがわかりやすいから」


 おれは壁にかかったカレンダーを見た。四月。



―――――――――――

 

 外国人かよ。


 はじめて浩然を見た時の印象だ。


 背がでかい。とてもとは思えない。

 白い生成り色の、オーバーサイズのパーカーに、グレーのタック入りのパンツ。パンツは足首が出ていて、ナイキの黒のランニングシューズを履いている。ラフでありながらも、品が良く、スタイルの良さが際立つ。

 

 そんな見た目でありながらも、無表情だった彼に、はじめのうちはとっつきにくそうな奴だな、という印象を持っていた。奴はそのままおれの後ろへ座った。


 後日知ったことだが、服は浩然の兄、思遠スーユエンのおさがりのもので、浩然自身はあんまり服装にこだわりを持っていないらしい。初日に無表情だったのは極度の緊張からだったそうだ。


「You must not speak Japanese during this class. Ok, Please introduce yourself(このクラスでは日本語をしゃべらないように。はい、では自己紹介をお願いします)」

 担当のミスターオコーネルが言った。アメリカ人だ。

 いきなり英語でか~…。おれは勉強は苦手じゃないけど、こと外国語学習は昔から苦手…。なんというかセンスが皆無。

「まい ねーむ いず ゆーま(ゆーまといいます)」

「Oh,ゆま(オー、ゆま)」

「のーのー! まいねーむ いず ゆーま!(違います、私の名前はゆーまです)」

「Yeah,you are ゆま,right?(うん、ゆまなんでしょ?)」

 どうやら外国人の耳にはユウマの“ウ”が聞こえないらしい。まあいいや“ゆま”でも…。

「いぇす あい あむ ゆま。あいむ ないんてぃーんいやーずおーるど。あいむ じゃぱにーず(はい、私の名前はゆまです。19歳です。日本人です)」

 と言ったところでクラスから笑いが起きた。中学生英語のテンプレ自己紹介で、しかも日本人だなんてのことを言ったせいだ。

 そして、後ろに座った長身の男のターンになった。

「I am Haoran(ハオランといいます)」

 え…。思わず後ろを向く。ハオラン? みんなの目線がハオランに向っていった。ハオランは緊張しているものの表情を変えずに、そのまま自己紹介を続ける。

「I am nineteen years old. I am Chinese(19歳です。中国人です)」

 


 …まじで外国人だったのかよ。


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