何を考えてる?
授業後、後ろを向いて、浩然を見た。
「…どうかした?」
さっきのクラスでは日本語禁止だったので、日本語がしゃべれるか解らなかったのだ。
「日本語、上手だね」
「ああ…ありがとうございます、でもおれは日本で育ってるから日本語は母語だよ」
「へえ…そうなんだ」
どういう境遇で今まで生きてきたんだろう。
「よお、岡、メシ行こうぜ」
同じ学部の高山がおれのところへ集まってきた。
「あ、じゃあまたね」
「うん、またな」
浩然は少しはにかんだ笑顔を見せた。
「はじめて会ったなあ…」
「あのノッポって日文の留学生だったけ?」
高山がそうつぶやいた。
「ちげーよ、あいつ日本語が母国語だって言ってたもん」
「は? 母国って、あいつの母国は中国だろ?」
「あ、そっか」
なんて言ってたっけ?
「あ、思い出した、たしかハーフじゃなかったっけ?」
高山が頭を搔きながらそう言った。
「そーなん?」
「確か」
「なんかハーフって言っても、おれが思うハーフとはだいぶ違うな」
「まー確かに」
言われなきゃわかんないよな。背が高い以外、言動も容姿も全然ハーフに見えない。
「何? あいつがどうしたの?」
「別に、ただ初めて会ったかもなと思ってさ」
「へえ、運命の人?」
「なわけ」
おれは苦虫をつぶした顔をした。
「ちがうよ、やっとさ、外に出られたんだなって感じただけ」
「?」
高山の顔にハテナが浮かんでもおれはすたすた歩き続けた。
―――――――――――
その来週の英語の時間の始まる前。隣の佐野が大学生の女の子ぐらいが読むファッション雑誌を見ていた。
「お、宮野まゆかじゃん」
「あれ、知ってんの?」
「うん、この子、この間ヤングナイルでグラビアの表紙かざってた子だわ」
「モグラだもんね」
「モグラ?」
「モデルでグラビアやってる子のこと」
「ふーん。かわいいよなあ、顔が小っちゃくてさ。顔が丸くって甘い顔つきなのに表情が凛としてて、クールっていうか。見てて不思議な子」
「わかってんじゃん。宮野まゆかってハーフなんだけど知ってた?」
「え、ハーフなの?」
宮野まゆかの顔をまじまじと見るが、全くハーフには見えない。
「うん、まあベトナムとなんだけど」
「あー、だからハーフっていう感じの違和感がないんだ」
と言ったところで、まずいと思った。後ろを見る。浩然は肘をついて、窓辺を眺めていた。
やばい、謝んなきゃ。でも聞こえてたか。その考えが逡巡していった。
ちょうどその時、チャイムが鳴った。
「浩然くん!」
みんながいるところはあんまり良くないかと思って、授業後、ちょうど校舎を抜けたところで、呼び止めた。浩然はびっくりした様子で振り返った。
「あ、岡くん」
「ごめんさっきは!」
「え?」
「いやそのハーフっていう違和感がないとか言ってて…」
きょとんとした顔でおれを見つめる。そして、「ああ」と言った。
「まあ気にする人は気にするだろうから謝ったほうがいいかもしれないけど…おれはハーフじゃなから謝る必要ないよ」
「え?」
「おれは在日中国人2世」
「コリアン?」
「いや違う。中国人の在日、華僑。親は中国人で、中国籍。名前も中国人」
「なんで?」
色んな疑問がまとまらず、素っ頓狂な質問が口から飛び出た。
「親が出稼ぎで日本に来たから?」
とここまで話して、おれは気づいた。あれ、おれ、めちゃくちゃ失礼なこと聞いたか? あ、でも自分から話してきてるし…。本人はさしてどうとも思ってないのか?
「まあ、おれのいとこは日中のハーフだけどさ、雑誌とかで“ハーフうらやましい!”とか言ってて“え?”みたいなることあるし…」
「そうなの?」
「そうそう。可笑しいでしょ。だから岡くんだけじゃないからさ」
浩然がおれに笑いかけた。
あ、こいつすごい気を使う奴なんだろうな、と思った。そう思ったら初めて目の前にいる浩然を一人の人間として認識できたような気がした。
―――――――――――
「…て感じだけど、これじゃ答えにならないか」
一人の浩然という存在として見るようになって、気が合うからなんとなく付き合ってる。でも結局自分はびびりながらもなんで浩然と付き合ってるのかなんてあんまり理由もない気がした。
「ふーん…そういうことね」
「うん?」
「なんだ、優馬って結局浩然と似てるんじゃん?」
「なんで?」
「びびりながらも相手をよく見てる、接し方が違う程度だよ」
うーん、まあそうかもしれない。
「でも決定的に違うのはさ、浩然のほうが色んな人に会ってる。色んな人の生の反応を見てきた。だけど、岡くんは良くも悪くもあんまり“色んな人がいる”ってものを知らないって感じがした。視野が狭いんじゃないの」
それを聞いてじっと希を見た。
確かに希からしたらおれの行動はデリカシーに欠く行動をしたかもしれない。けれども…。
おれは頭をぼりぼり掻いた後、希の頭に手を伸ばした。
「え?」
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