スノージャスミン
「で、何があったか話してくれよ」
口を動かしながら、岡が浩然に聞いた。シャンプーや岡の手伝いが合って今回の事件が解決したので、一連の偽名事件について話始めた。
二人ともじーっと話を聞いていた。そして話終わると、シャンプーが言った。
「…不思議ですね、そういう名もなき人々が勉強してきて、関係が徐々に修復していって、わたしたちは無邪気に好きだから勉強している。何も気が付かないまま。でも今回はそんなわたしたちが無邪気に勉強してきたことが今回澤田さんにお返しできたってことですね」
「そうやって、回ってるんだろうね、世の中」
希が言った。
世の中回ってる、か。浩然は思った。
高校生までのおれは、自分が「中国人」だってことに過度に意識されるか、「そんなの全く関係ないよ」と受け流されるかどちらかの反応が多かった。
関係、なくなんかないよ、おれからしたら。それもひっくるめておれなんだから。
でも今はおれ自身の存在を特別視もせず、普通ともせず、ありのままで接してくれる人たちにめぐりあった。今一緒に飲茶を食べているこいつらだ。
でもその土台には過去にぼろぼろに傷つきながら、罪の意識を感じながらも勉強していったことの上に立ってるのかもしれない。
「えっ、わっ!」
岡が突然浩然の頭を撫でた。犬を撫でまわすようにぐちゃぐちゃにだ。
「いやあ、なんかうれしくてさあ。浩然の話聞いて、今日みんなでこうやって会ってることとかもう全部。言葉にするより、浩然よくやった!ってこと伝えたくて」
「…はあ?」
「あ、僕も撫でる~」
「うわっ、もう、やめろよ~!」
二人の野郎に頭を撫でられるという誠にうれしくない展開を浩然は享受した。シャンプーも中に入ろうとするが、そこまでずけずけできないようで、指先を伸ばしたり、ひっこめたりしている。面白い動きだなあと遠のく意識の中で浩然は思った。かわいい。
「何やってんの?」
「あ、
「はいこれ、スノージャスミンです」
緑茶の新芽に小さなジャスミンの白い花が水の中に浮かんでいた。牧瀬は奮発してくれたようだ。
「すごい、わー、こんなお茶あるんだ」
月明かりに照らされて、ジャスミンが小さな白い羽を広げて舞っているようだった。
「ねえ、もうお客さんいないんだし、雪梅も一緒に一杯どう?」
希が雪梅に言う。
「え、でも…いいの?」
「美人さんと一緒なんて、おれらも大歓迎です~」
と岡も答えると、
「わ~、実は面白い事やってるな~って思ってたんだよね!」
雪梅もチャイナ服姿のまま、浩然の隣に座った。
「浩然の頭、ぼっさぼさにされちゃったね」
と言って、浩然の髪を雪梅の細い指が
「…」
もっと触ってほしいけど、このニヤついた野郎二人の前では嫌だったので、浩然は少し赤くなった顔を背け、お茶を口にした。
牧瀬はわざわざ高級なジャスミン茶、スノージャスミンを注文してくれた。ロンググラスを回すと、スノージャスミンがとろりと回る。夜空にかざすとジャスミンと葉が夜空を舞っているように見える。
ジャスミンは元々傷ついた茶葉を隠すために生まれた。そのことを思いながら、柔らかく茶葉に降り注ぐジャスミンの花を見る。
大丈夫。何を抱えていても、ジャスミンの花のように寄り添ってくれる人がいるんだから。
《第三章『スノージャスミン』 終わり》
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