気づく、わかる
朝一番に大学図書館へ向かい、本を受け取った。そして、1時限目の授業をそわそわ受けると、2時限目は空きコマだったので、食堂前のラウンジに向かった。そして紙コップの、香りも味も薄いコーヒーを片手に、目を皿にして本を読み込み始めた。
この間読んだ漢字のない中国語教科書を作った倉石武四郎の本よりも何書いてあるか、わかる。いや、内容自体はそう変わらないのだ。ただ、この間はただの資料としてざっと欲しい内容を探していただけだった。けれど今回は違う。
———…そもそも敵国だった国の言葉を勉強するってどんな気持ちなのかな
そのことをおれは理解してなかったんだ。希は両方の国の言葉を勉強している。だからおれよりも先にそのことに気づいた。
本の中でこんな一節を見つけた。
《 語学と政治というものは切りはなすことはできないと思います。語学をやっていて政治に無関心であっていいということはありえないのです。 》
これは特にこの時代ならではの感覚かもしれない。つまり語学と政治が密接に関わり合ってた、ということだ。
《 これから中国語を教授し、学習するにはあの悪夢のような戦争の否定から出発しなくてはならないこと……わたしはあのメッセージを読み上げたとき、それをひとりで声をあげてよみました。わたくしの涙はあとからあとから湧いてきて、どうにもなりませんでした。そのときまぶたに浮かんだのはわたくしが家族のように愛した学生の姿ですが、その人たちはその戦争の故にふたたびかえって来ないのです。戦争の否定は自分の身内から出たのです。》
戦争責任が色濃く残る時代に、教師は、生徒は、それぞれ抱えながら勉強していた。和田量子も澤田眞人もそうだったのかもしれない。そうやって、積み重なって今、岡やシャンプーが楽しそうに中国語を勉強しているのだろう。この本に書かれた思いが水を吸い込む砂のように、その言葉が止まらずに入り続ける。
そして見つけた。…そういうことだったんだ。携帯を出して、牧瀬に電話を掛ける。
「…ええ、わかりました。どうして偽名を使っていたか。あと澤田眞人に会った時に確認してほしいことがあります」
―――――――――――
土曜日の午後4時。希が注文票を持って、バックヤードに戻ってくると、
「牧瀬さんが来たよ。今日の注文はスノージャスミンっと」
そっか。昨日澤田に会ったんだよな。てことは。
「ほー、答え合わせじゃん、いってらっしゃい、浩然~」
と、希に茶器道具一式を手渡された。
牧瀬は深いグリーンの麻のワンピースに簡単に髪をたくし上げた姿だった。
「お久しぶりね、給仕さん」
「はい、お久しぶりです、牧瀬さん」
ここのお湯に水を入れる。歯医者の横についている水をすすぐ機械のように、上に細い蛇口がついており、下にはIHがついている。ボタンを押すと、自動で給水、沸騰する仕組みになっているのだ。
お湯が沸騰し、スノージャスミンを入れたロンググラスに注ぐ。ジャスミンの香りが立ち上がり、ジャスミンの花が水を含んで、
そこまで来てやっと牧瀬は口を開いた。少しだけうずうずしている様子だった。
「答え合わせしましょうか、給仕さん」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます