1968
しかし。偽名を使って学校に通うというのはどういうことなんだろうか。
これはそのまま考えれば、この学校に通ってるのがバレたくないってことだ。
「なんで中国語を勉強してることがバレたくなかったんだ? 家で反対されてるのか?」
中国語を勉強することに反対されることなんてあるんだろうか。
家族…ねえ。ふとサザエさんとカツオとワカメの関係性について誤解していたことを思い出した。
———ひーっ、おかしいや。でもまあ、同じ日本人といえど、生きてきた時代が違うから、おれたちの尺度では推し量れない部分があるよな———
顔を真っ赤にして笑う岡の声が頭の中で反芻する。
…時代性?
そう思って、はっと思い出した。倉石の本には、60年代にあった学生闘争、政治的影響があったと。時代時代時代…そうか。
「時代的な問題の可能性ないか。例えば…えーと」
何かあと少しでわかる気がするんだが。喉でつっかえてる。もう少しでわかりそうなのに。
そうだ、1968年。携帯を取り出すと1968年と打つ。するとウィキペディアが出てきた。1968年、昭和43年。出来事の欄には、公害、少年ジャンプ創刊、東大闘争、成田航空問題、パリ五月革命、文化大革命。
画像を検索すると、『全学バリケード封鎖反対』と書かれた旗を持つ学生と複数の学生が棒を突き出していた。向かいには警察の機動隊が盾を持って待ち構えている。きっと自分たちと同じぐらいの年齢だろう。激動の時代だ。
そうか…、中国は共産主義。日本は民主主義だ。じゃあ、この時代共産主義に憧れを抱くのは普通のことだが、一方で異端分子として迫害されるかもしれない。家族に反対される? 世間体? いやひょっとすると———。
興奮する浩然とは対照的に、希は頬杖をつきながら、池を見つめていた。
「…そもそも敵国だった国の言葉を勉強するってどんな気持ちなのかな」
いつもよりも若干暗い声のトーンで希が話す。希のその言葉を聞いて、浩然はハッとした。
「最近、学校で近代史を学校で習ってさ。終戦後、澤田たちは敵国の言葉を勉強するってことってどんな気持ちなんだろうなって思ったんだよね。澤田は偽名を使ってまで勉強しているんだから」
浩然は黙って希を見つめた。
「いやごめん、話がそれた。時代性、その辺を特に探してみなよ」
いつもの明るいトーンで話す希が「あ」と言って、思い出したようにこう話した。
「そういや、影山が偽名でお葬式の名前書いたって聞いた時さ、その名前で和田量子に会ってたから、和田量子のために書いてるんだって思ってたけどさ。でも携帯電話番号、書いてあったってことはさ、元々牧瀬さんに話すつもりだったんじゃないの? 何かそこに、意味があったんじゃないのかもしれないよ」
―――――――――――
浩然はアパートに戻った。そして勉強机に座り、天井を見上げた。
何を影山功は“澤田眞人”として伝えたかったのだろう。
ふと、携帯の右上の小さな白い光が点滅していることに気が付いた。そうだった、アルバイトをして、希と話していて、携帯に届いたメッセージをしばらく確認していなかった。見ると、メールが届いていた。
日中学院の本が届いた。予定よりも1日早く。
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