漢字のない中国語教科書 ★5

 ノートの表紙には『中国語 初級班 昭和三十九年 和田量子』と書かれている。

「それは写真と同じで1968年、叔母が18歳の頃に書いたノートね」

 初級班と書かれたノートを開くと、ローマ字と日本語が並んでいて、中国語は全く見当たらない。ローマ字はおそらくピンインだと思うが、これでは中国語ではなく、他の言語の勉強に見える。

 うっすら覚えている岡の教科書を思い出す。やっぱり漢字が書いてあった気がする。

「全然漢字で書いてありませんね」

「そうね、なんでかしらね?」

和田量子わだりょうこっていうのは叔母さんの本名ですよね?」

「そう、本名よ。結婚もしなかったからずっとこの名前よ」

 叔母の量子はずっとこの名前。じゃあなんで澤田眞人は偽名を使っていたのだろう?

 教科書に眼をやると、『ローマ字 中国語 初級』と書かれている。それがまた普通の教科書の内容とは異なっている。ピンインと図形が波形の図形が書かれているが漢字は一切書かれていない。

「これが中国語の教科書…?」

 牧瀬も浩然も中国語がよくわからないせいか、何を目的にした教科書なのかさっぱりわからない。ノート、教科書、写真を目を皿にして見たが、どこの教室名は分からなかった。教室名が解れば、それを頼りに聞きこむなり、資料探すなりできたかもしれないが。


「前にこの近くの喫茶店が神保町にあったから神保町の中国教室かと思って自分で片っ端から電話して調べたわ。でもどれもそんな古い教室じゃなかったわ。古い中国語教室について聞いたけど、知っている人はいなかったわ」

 実際の教室で探すことは無理なのか…?


「でも…この学校の名前について分かれば…記録とかあるかもしれないのよね」

「え?」

「出版物などの印刷物。昔の個人情報なんてゆるいはずだから、資料さえあればある程度わかるはずよ。例えば国会国立図書館や大学図書館にある公開された資料にあるのなら」

と言って牧瀬はにっこりと笑う。


「給仕さんは大学生よね?」

「え、そうですけど」

「調べてくれないかしら? 大学で。もちろんタダでとは言わないわ」




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★5…和田量子たちが使っていた『漢字のない中国語教科書』を掲載しています。よろしければこちらも合わせてお楽しみください。

https://kakuyomu.jp/users/Ichimiyakei/news/16816927859383418243


なお対比のために岡くんが使っているという中国語の教科書のモデルも掲載しました。

https://kakuyomu.jp/users/Ichimiyakei/news/16816927859383560802

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