ラーメンとチャーハン

「多くない…!?」

 出てきたラーメンチャーハンセットはかなりのボリュームだった。

「半ラーメン、半チャーハンぐらいだと思ってたよ」

「普通にレギュラーサイズのラーメンとチャーハンが来るとは」

「これで650円!?」

と言いながらみんなラーメンをすすり、チャーハンをレンゲでかきこむ。腹ペコなのだ。

 醤油ラーメンもチャーシューが入ったチャーハンも気をてらわない、オーソドックスな町中華の味がする。安心する美味しさだ。

「希さんはハーフなんですね」

「そうそう。だからしゃべれるの」

「じゃあ何か中国語でしゃべってください」

「? 浩然想跟你上床…」

「希!」

 希は舌を出して笑う。“浩然は君とヤリたいって思ってる”という意味だ。何か喋れって言うとそういう下ネタばかり話す。初めて会った時と同様の中国語を披露する。浩然はこの手のイジリにめっぽう弱く、すぐに赤くなってしまう。

「え、浩然が船?」

「ベッド?」

「二人とも耳がいいなあ」

 さっき話していたのがしくも予習となり少し意味が通じたようで、岡はにやにやしている。なんでこういう時に限って岡って奴は勘がいいんだろう。

「きれいな発音ですね、もっと聞きたいです」

 意味が通じてないのか、それともどうでもいいからか、眼を輝かせるシャンプー。希はきょとんとした顔をした後、笑いながら、

「シャンプーちゃん、かわいいね」

と言った。今度はシャンプーが目をぱちくりさせると、

「浩然くんには及びませんねぇ」

と言って浩然以外の3人が笑う。希もますます調子に学校では習わないようなブロークンな中国語をシャンプーに教えはじめる。あ~…もうと浩然が頭を軽く抱える。


 本当にラーメンとチャーハンって組み合わせは多すぎる。


―――――――――――


 次の土曜日。理性甜品倶楽部へ出勤した。10時に始まり、掃除をし、昼間の飲茶タイムは中々の忙しさだった。そしてそのまま3時のおやつタイムに入り目が回りそうになった。その後、気がついたら5時となっていた。雪梅が先に休憩に入ったので、希と浩然が二人で給仕の仕事を回してた。カウンターに立って、レシートの振り分けをしていると、

「こんにちは」

 宗教勧誘を彷彿とさせるほど、物腰の良い声が聞こえた。ぱっと顔を上げると、そこには牧瀬が立っていた。

「あら、背が高い方だなと思ったらやっぱりあなただったのね」

 口元に手を当てて笑う。予約表をさっと見ると、やはり予約が入っており牧瀬と書かれていた。

「牧瀬様ですね、お待ちしておりました。どうぞ」

 席に案内した後、牧瀬から注文は台湾茶である東方美人とうほうびじんということで、茶芸のお茶セットとお茶菓子を用意した。今日のお茶菓子は桃の形をした酒蒸しのまんじゅう。白地に桃の形をしており、桃の先のちゅんとしたところがほんのりと赤く染まっている。



「本当に手際が良くなったわね」

 くすくす笑いながら牧瀬は浩然の茶芸を褒める。自分でも初めて牧瀬に淹れた時のことを思い出すと恥ずかしい。

「それで、何かわかったかしら? 叔母の偽名の恋人の話」

「…いいえ、全く。でも叔母さんがどうして台湾料理店に中国人が働いているとわかったか、についてはわかりました」

「あら、どうしてかしら?」

 店員の発音を聞いたらどこ出身かだいたいわかること、そしてそれは初中級ぐらいになれば聞いて解るが、全く勉強したことのない人には解らないことなどを説明した。

「…なるほどね、だから叔母は中国語を習ってたと?」

「おそらくですが」

「そうね、お見事だわ。これを見てほしいの」

 それにはノートと教科書、写真。写真には『日中友好万岁!』と書かれた黒板をバックに二人の男女が映っている。男の顔のこめかみには母斑がある。

「これって」

「叔母と、たぶん影山功。だけど裏見て」

 

 昭和三十九年、眞人さんと。


「…これでわかりましたね。影山功はその当時から“澤田眞人”だったって」

と浩然は言った。牧瀬は二通の手紙を取り出す。そして浩然はこう断言した。


「そして、この二通の手紙は本名と偽名の往復書簡」



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