ジャスミンが隠すもの

「ビータンピャオシュエって言うの」

 さらさらっとメモに“碧潭飄雪ビータンピャオオシュエ”と書いた。

「“碧潭ビータン”は青々とした深い淵っていう意味で、“飄雪ピャオシュエ”は雪がひらひらと舞うっていう意味らしいよ」

欧陽雪梅オーヤンシュエメイは浩然の横で言った。確かにロンググラスは深い淵のようで、その淵へ純白でやわな白い花が舞っているようだ。

 青々とした深い淵に雪がひらひらと舞う。英語の名前のスノージャスミンもきれいな響きだが、中国語の意味も素敵だと思った。

「どうぞ飲んで」

 ひとくち口に含むと、その柔らかなジャスミンの香りが広がった。そして味に苦みがなく、爽やかでありながらも甘い。

「…おいしい」

「ふふ、よかった。ジャスミンはリラックス効果があるから、ちょうどいいかと思って」

「あと、浩然の親は中国の東北出身でしょ? なら一番ジャスミンが飲み慣れてるんじゃないの?」

と希がくるっとした眼でこちらを見ながら言った。

「あ…そうですね、よくうちでもジャスミン茶は飲みます。え、地域差があるの?」

「東北ではジャスミン茶をよく飲みますね。福建省ではウーロン茶、広東カントンや香港などはプ―アール茶っていう具合に地域差はあります」

「元々福建省などの南から中国の東北まで茶葉を運ぶとなると、茶葉の質が悪くなったり、質のいいものが自然と高くなるから質の悪い物しか手に入らなかったりしたらしいの。そこで緑茶にジャスミンの花の匂いを吸着させて飲んだ、と言われているわ」

「へえ…え、これ緑茶なんですか?」

「ええ、そうよ。いわゆるフレーバーティーよ」

「…知らなかったです。てっきりジャスミンの葉っぱがこの茶葉だと思ってました」

と浩然が言ったところで、雪梅と希が笑った。

「いや笑ってごめん、でもわたしも昔はそう思ってた」

 雪梅が浩然を慰める。みんなは常識かもしれないけど、浩然にとっては初めて知ったことで、少し顔を赤くした。

「いいのよ、これからどんどん覚えていけば。あ、ちなみに花の入ったジャスミン茶はあまり高級なものではないのが一般的だけど、このスノージャスミンは粗悪品ではなくて高級ジャスミン茶よ。ぜひ味わって飲んでね。これから仕事でたくさん飲むことになるだろうけど」

「はい」

 浩然は緊張しつつも力強く頷いた。



 さっそく雪梅や希と同じ制服に着替える。

「やっぱり身長高いとこういうコスプレっぽい恰好似合うね」

と雪梅がやや興奮ぎみで言ってきた。浩然は普段目立たないが、長身で顔が小さいので、こういったコスプレのような恰好が映えるのだ。

 雪梅が教えてくれたことによると、欧陽オーヤン家は貿易で財を成しているらしい。

「わたしのうちは同じ欧陽家と言っても金持ちじゃないんだけどね」

と雪梅は苦笑いした。マダム欧陽は株を転がしつつ、この店は税金対策としてやっているようだ。だからこの店の利益については完全度外視。ドールハウスみたいなものよ、と言っているらしい。


 雪梅と一緒にまず席と席番号を覚える。次に注文の取り方や挨拶の仕方を覚えていった。ここの店では中国茶以外にも、小さな洋菓子が塔のように積まれたアフタヌーンティーや蒸したての蒸籠せいろで出す飲茶などがあり、昼時間はそれなりに混んでいた。まだ初日でできることが少ないので、お客さんが食べ終わったお皿を下げ、厨房で洗ったりした。


 3時のおやつの時間にピークが過ぎ、5時となっていた。4時あたりから人が減り、ものすごく暇になってしまっていた。忙しいと気が張り詰めているが、暇になると急に緩む。眠気覚ましにメモを取っていたペンで強く自分の手の平を押した。

「浩然くん、このジャスミン、17番のお客様に届けてくれない?」

と先ほど飲んだスノージャスミンとはまた違う、茶葉しかないジャスミンの茶葉が豆皿のような茶荷ちゃかの上に乗っている。


「はじめての接客、頑張ってね!」

 

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