理性甜品倶楽部へようこそ ★3

 靴のまま中に入ると広がるのは…

「――池…!」

 池を囲むようにして、建てられた木造の茶館は回廊でつながっている。入口からして右手の奥の回廊だけ少し前に突き出ている。突き出した回廊の近くに一本柳が生えており、池には錦鯉が泳ぎ、蓮の葉が水の上から顔を出している。

 そしてここは少し涼しい。

「すごいでしょ」

「日本じゃないみたい…」

「昔、華僑の金持ちが“遊び”で作ったんだって」

「ふうん、道楽でね」

 

 ぽちゃん、と池の中の鯉が泳ぐと聞こえる。ゆったりとした時間が流れる。各部屋には大きな窓が付いており、「臣」という文字の形のような木枠がされている。


「ここの中、あんまり覗かないほうがいいよ。今は開店前だから人はいないけどさ」

「あ、ごめん」

「中で何やってるかなんて知らない方が身のためだよ。まあ見えたら仕方ないけどね」

「…どういうこと?」

「浩然にはまだ早いことだよ」

 希が眼をぐっと細めて笑いかける。希を小突きそうになった時、

「浩然! よかった~、迷わず着いたんだね」

 雪梅が反対の池の欄干から身を乗り出して手を振ってくる。駆け足でこちらへ寄ってきた。

 希と同じチャイナ服だが、希が若干だぼだぼな丈感に対して、雪梅シュエメイはすらっときれいに着こなしている。髪を後ろに低めの位置に結んでいて、こざっぱりとした印象だ。

「似合ってるね」

「ありがとう、えへへ。今日は開店前にウエルカムパーティーをやろうって寧寧ニンニンちゃんが」

寧寧ニンニンちゃん?」

「わたしからしたら叔母で、浩然くんたちからすると“マダム欧陽オーヤン”ね」

 木造のやや幅が狭い階段を上がると、ドアがあった。廊下には赤い絨毯が引かれている。2階は洋式の内装になっているようだ。飴色に照り輝くドアを雪梅がノックする。

「浩然くん来ました」

「どうぞ」

との声が聞こえる。


 中に入ると、天井は広く、市松柄のように木枠がはめられ、かぼちゃのようなぷっくりとした形の照明カバーが黄色い光を部屋を包み込んでいた。グレーがかった青の藍鼠あいねず色の絨毯は柳の葉がはらはらと落ちるようなデザインが施されている。部屋の真ん中には黒い木でできた、重そうな机が置かれており、その上はすのこ状になっており、おちょこ程度の大きさの杯がちんまりとたくさん載っている。


 そしてそこには女性がいた。40代ぐらいであろうその女性は、前髪がわかめのようにうねうねっとしており、後ろでお団子にしている。ちょうど大正時代に流行したモガの髪型に近い。そして深い緑色の旗袍チーパオ、いわゆるチャイナドレスを着ている。


 この人がマダム欧陽だ。


「はじめまして、浩然さん。わたしは欧陽寧寧オーヤンニンニン、理性甜品倶楽部へようこそ」

「あ、はじめまして」

 浩然は頭を下げた。

「どうぞ座って」

 紅色の口紅を付けたマダム欧陽がほほ笑んだ。座るとふんわりと茶葉の苦みを含んだみずみずしい香りがそこはかとなくする。

「本当に背が高いのね」

「ええ、まあ…」

「むかつきますよねー、僕が小さく見えちゃう」

 希が悪乗りをする。いや雪梅とほぼ一緒ぐらいなんだから、誰といても小さいことには変わらないだろ。

「ええと、少し緊張されているかしら?」

「はい、少し。あ、すみません…」

「では飲むのはあのお茶にしましょうか」


 長いシンプルなロンググラスに白色が混じった緑色の茶葉を入れる。お湯を注ぐと、凛とした花の香りが広がる。

「あ、ジャスミン…」

 ジャスミン茶の匂いだ。昔から飲んでいる親しみのある匂い。

 そしてガラスの中の白いものがお湯を含んで、ぷっくりと花開く。

「ジャスミンの花が入っているの。お湯を注ぐと花開くの、かわいいでしょ。スノージャスミンっていうの」

と言って、マダム欧陽はお湯を注いだスノージャスミンを浩然へ手渡した。


 白く可憐なジャスミンの花と若々しい黄緑色の茶葉が水の中で生き生きとふくらんでいく。まるで生きているみたいだ。指先まで熱くするそのアクアリウムを浩然は見つめた。





―――――――――――

★3…実物のスノージャスミンをご覧いただけます

https://kakuyomu.jp/my/news/16816927859135028717

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