図書館(2)

 昔図書館で浩然ハオランが寝ていた時のことだ。勉強机型の閲覧席にかばんの上をつっぷして寝ていた。

「すみません」

 と声を掛けられた。うつらうつらで眼を開けると、そこには飯田が居た。ぼんやりとした意識の中、寝ていたことを注意されると思っていたが、違った。

「図書館では充電しないでください」

 え、と浩然が思った時にはもう飯田はすたすたと歩いて行ってしまった。


 のに、注意された。


 かばん近くにコンセントがあり、有線のイヤホンのワイヤーがかばんから出ていたから、恐らくかばんの下に隠して充電しているように見えたのだろう。

 

 それ以来、どうも飯田は苦手だ。


 飯田は本を見、浩然を一瞥して、何も言わず去った。そりゃただ本を読んでいるだけなのだから、何も言われるはずはないが…。


 それからまた本を開いて、続きを読んでいた。すると、

浩然ハオラン

と話しかけられた。誰かを認識する前に嫌な予感が浩然の胸をよぎった。本から眼を離して正面を見た。

「…のぞむ?」

 奴である。

 希が下の名前を呼び捨てにするので、浩然も自然と下の名前で呼ぶ。

 希は生成り色に青と赤のラインが入ったビッグTシャツに、インディゴのオーバーオールという格好だ。ペラペラの木綿のトートバックを提げている。

「わー、何してたの?」

「本探してた。希は?」

「勉強」

「そのぺらぺらのバッグで?」

「はは、自炊してるの」

 と言ってiPadを取り出した。自炊とは教科書を自分でスキャンして、電子データにすることを指すネット用語だ。

「いや最高だね、軽い軽い。明日も来るつもり」

「明日はやってないぞ」

「え、どうして? 休みは月曜日だよね。明日は木曜日だよ」

「蔵書点検なんだと」

「ぞうしょてんけん?」

「全部の本があるかないか、調べるの」

「へー、そっか、こんなに本あるもんね」

 すると、館内に『蛍の光』が流れ出した。閉館が近づいてきている。浩然はその本を棚へ戻した。やっぱり大学図書館でも探そう。

 浩然と希は何も言わずに下へ降りる階段へと向かって歩き出した。

 

 階段を降り、ちょうど出口が見えてきたところで、ふっと後ろから人の気配がした。そしてすたすたと、後ろから茶髪の男が浩然たちを追い抜かしていった。

 そしてその男が図書館の出入り口のゲートをくぐろうとすると、ビーッとブザーが鳴った。

「え、なに?」

 浩然が言うと、

「防犯セキュリティのセンサーにひっかかったんだね」

と希が答えた。

「へえ」

 ひっかかったのは大学生らしき茶髪男だった。手にはパソコンを持ち、背中がすっぽり隠れるほどのリュックサックを背負っている。

 茶髪男に飯田が駆け寄る。すると茶髪男が大手チェーンのロゴの入った青い袋を取り出した。レンタルのDVDだ。

「なるほどね」

 希がにやっと笑いながら納得している。

「うん? どういうこと?」

「あのDVDに反応して鳴ったんだよ」

「へえ、本じゃなくても反応するんだ」

「ICカードとかイヤホンとかでもするんだって」

「それはめんどうだな。ねえ、あれってなんで鳴るの?」

「ここの図書館の本は表紙に絆創膏ばんそうこう程度の大きさのシールが貼ってあるでしょ? そこにICチップが入ってるからそれに反応しているんだよ」

 

 飯田は茶髪男に軽く謝り、防犯ゲートの外から手渡しでバッグを渡した。なぜかその様子がスローモーションに映った。リュックに着いた、ヤシの木が描かれたプラスチックのキーホルダーが夕日に照らされてきらりと光りながらゆれていた。


 そして、浩然と希もそのままゲートを抜けた。


「ねえ、浩然が読んでた本」

「なんだっけ」

「鬼の仮面の」

「ああ、あの本ね」

「あれさー、浩然が読んでる時、ちょうど角度で仮面かぶってるみたいに見えたよ」

「なんだそれ?」

 

 その後、まさか浩然がとして飯田に問い詰められようとはこの時、少しも考えてなかった――。



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