消えた本

「あなたですよね、最後にあの本を見ていたの」

「…なっ」


 日曜日。民俗学のレポートを書きに市立図書館に来ていた。入り口を潜ると飯田に呼び止められた。

 そのままカウンターの奥に連れられ、こう言われた。

「なくなったんです、『鬼を探して』」

「え」

 それってあの鬼の本?

「もしかして、浩然ハオランが盗ったとでも?」

「そうとは言っていません。ただ最後に見ていたのがあなただったので、事情をお聞きしているんです」

「どうして浩然だってわかるんです?」

 隣で黙って聞いていた希がいきなり首を突っ込んできた。今日は一緒に勉強しようと、希に誘われたので一緒に図書館へ来たのだ。

「その身長ですよ。それに今あなたの反応を見て、確信しました」

 浩然の背は185センチあるので日本人の中にいれば背が高い上に、あの本の表紙は赤い鬼の面で、インパクトが強い。飯田が覚えていても無理はない。


「わかりますよー、浩然は顔に出やすいんですよ」

 希め、調子乗るなよ。浩然はにらむ。

 飯田は完全に言ってはいないが、浩然が盗んだと思い込んでいるようだった。携帯を充電していたと思い込んでいたように、飯田は自分の目で見たものを疑わない性格のようだ。


「というか、そのハオランて?」

 飯田が聞いてくる。まずい、この場で日本人じゃないという余計な情報はあらぬ誤解を生みかねない。

「あだ名です。本当の名前は範馬浩はんまひろしくんです」

と適当にうそぶく希。よくまあそんなぬけぬけと平気でぽんぽん口から出まかせが言えるもんだ。本当にしゃべるのが不得意なのか? 浩然はあきれながら希を見る。


 飯田は“そのあだ名どんな意味?“と聞きたそうだったが、飲み込んだ。

「それはそうと、置き間違えとかあるんじゃないですか? こんなに本が多いんだから」

「あなた…ではなく範馬さんが来た次の日の木曜日に蔵書点検しましたので、この図書館にないのは明らかです」

 蔵書点検なんて一年にそう何度もしないだろうから、なるほど、おれは運も悪かったのか。

「うーん。司書さんは浩然が最後に読んでいたから、この本を盗んだって言うんですよね?」

「わたしはただ確認しているだけです…」

「2つ質問しても?」

「はい?」

「まずゴミ箱、探しました? 僕が本を盗むなら、まず本の表と紙の部分を切り離します」

と言って、図書館の入り口を指さした。ゲートには盗難防止のBDS(ブックディテクションシステム)がある。


 ここの図書館は割と新しく、すでに管理はバーコードではなく、ICチップによって管理されている。そしてゲートはICチップに反応しているのだ。通常、ICチップは表紙の内側に入っている。


 それならトイレ中で切り離して、表紙だけ館内に捨てておけば、そのままゲートに引っかからずに出られる。盗むならこの方法が一番手っ取り早い。

「ゴミ箱はもちろん探しました。ただ、館内のゴミ箱から切り離された本の一部やICチップは見つかりませんでした」

「つまり、犯人は持っていった可能性が高いってことですね」

 希は完全な状態というところに語気を強める。浩然はあれ?と思った。すると希は一瞬不敵な笑みをした。


 こいつ…。


 たぶんだけど、希のやりたいことが分かった。少々癪だが乗り掛かった舟である。浩然は乗っかることにした。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る