アイドルファンの手話

 駅前のファーストフード店へ3人で向かった。浩然ハオランは100円のアイスティーを頼む。雪梅シュエメイは健康茶、のぞむはコーラ。1階で会計を済ませ、2階に上がる。浩然、雪梅、希の順に窓向きのカウンターに座る。


「…でどういうこと? そのファンがおかしいって」

「おれがもし聴覚障がい者なら手話が解らない相手に手話は使わない。だって通じないんだから」

「あ…そうか」

「相手に伝える方法は他にもあると思う。例えば手紙を渡すとか、ボードに伝えたいこと書いてくるとか」

「確かに…じゃあなんで通じない方法で伝えたの?」

「相手に意味を伝える意図はなかった。そう考えたら心優しい解釈と意地悪な解釈ができる。心優しい解釈なら、自分の一番しっくりくる言葉で、全力で伝えたかったから。簡単に言うと自己満で」

「じゃあ意地悪い解釈なら?」

「印象を焼き付けるためのパフォーマンス」

 だから昼に希は本当に聴覚障がい者かどうか関係ないって言ったのだ。相手の印象に残ればいいのだから、耳が聞こえるのに、わざと手話をした可能性もある。

「…なるほどね。それでまんまとわたしの推しはその作戦にハマったわけだ」

 おかしそうに笑う。それを聞いて希が口を開く。

「すごいな、浩然さん」

「希くんがヒントくれたからだよ」

 希はそれを聞いて、一瞬眼を丸くしたが、すぐに目を細そめ、ニヤリと笑った。

「…で、本当は15人が遅刻した話をしたかったんじゃないの?」

 眼を緑色にきらっと光らせて言った。


 そう、おれの本題はアイドルのファンの話ではなかった。あくまで話したかったから口実で呼んだだけだ。

 なぜなら、アイドルの話はほかに聞くことはなかった。しかし、どう考えても15人が遅刻した理由には聞かなければならないことがあった。

「ごめんね、雪梅さん。試験中暇だから考えてたら、気になってしまって」

「…暇? ふっははは! 素直でよろしい。いいよ、推しの謎を解いてくれたからね」

「まず、15人全員がばらばらな理由で遅刻したって言うのはたまたまっていうのはやっぱり不自然で…。なら考えられるのは2つ。1つは伝達ミス。もう1つはわざと15人が遅れたってこと。で、たぶんおれは15人がわざと遅れたんじゃないかって思って」

「わざと…? なんで?」

「普通の人は15人中の1、2人遅刻した場合はその個人のミスだと思う。だけど15人全員遅刻したのなら、こう思うはずだ。“ああ、伝達の仕方が悪かったはず“だって。そうでしょう? 15人全員が遅れるなんてありえないよ。でも山西先生は気づかずにああやって人前で堂々と言うんだ。“自分の連絡ミス“を。そういう性格だって15人が知っていた。だから、15人全員で遅刻した」

「なるほど…恥をかかせるためってことか」

と希が言う。


 でも解らないこともあった。あの先生の性格からすれば、生徒から恨まれていてもおかしくはなさそうだ。ただ、大学生にとって授業の単位は大事だ。単位を下げてまで遅刻を決行するなんてのは考えにくい。浩然だったら、その作戦に参加するかどうか…。いじめられるとかそういうリスクがあればするかもしれないが。

 

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