15人が全員遅刻したわけ

「もしかして…その授業って特別授業か何か?」

 のぞむ雪梅シュエメイに聞く。すると雪梅は困ったように笑った。

「…そうフィールドワークだったの」

「! つまり、単位とは関係ない授業だった?」

 浩然ハオランが聞いた。

「そう」

 じゃあ15人が結託するのに十分な理由になる。ローリスクだったのだ。何もみんなで休んで授業をボイコットするわけではないし。

「バレちゃったか。まあいいんだけどね。本当は当日わざとだって先生に気づかせて先生に一矢報いるつもりだったけど、全く気づかないんだもん。でも先生が言いふらすのは想定の範囲内だったよ。今日目の前で一年も前の事をまんまと言ってる事が可笑しくて、思わず笑っちゃった」

 それで今日笑ってたのか。

「なんでそんなことしたの? まあ恨まれてそうな性格の先生だと思うけど」

「みんな理由はばらばらだけどね。自分が嫌なこと言われたり、友達がひどい事言われたから抗議の意味だったり」

「雪梅は?」

「わたし? スピーチコンテストだよ」

「雪梅がスピーチコンテストに出たの?」

「審査対象外の特別枠だけどね。華僑だから。華僑って言っても中国語力はほぼ日本人の子と変わらないんだけど。でもそれが理由ではないんだ。スピーチコンテスト、わたしはわたしなりに頑張ってスピーチしたよ。その当時山西先生はわたしに中国語を直接教えている先生ではなくって、わたしを指導してくれてた先生は別に3人いた。スピーチコンテスト後に2人の先生に言われたの。山西先生がわたしのスピーチを聞いた感想を」

「…なんて?」

「“中国人のくせに、聞くに耐えないスピーチだった“って」

 その言葉にギョッとして雪梅を見る。

「それで3人目の先生に聞いたの。そしたら、山西先生がそう言ってたって言われて…」

 雪梅の手がぶるっと震えた。

「…中国人のくせに聞くに耐えないと思うのなら、わたしに直接言えばいい。それなのにわたしの知らないところで、わたしを指導した先生に対して言うなんて…卑怯だよ」


 浩然は言葉を失った。雪梅は中国籍だが、両親も祖父母も日本語話者なのだ。環境だけで中国語は身に付かない。そんな状況で、中国語を勉強し、スピーチコンテストにも審査対象枠外だということを承知で参加している。中国人だが中国語を勉強しない浩然からすれば雪梅の態度は頭が下がる。それを、自分不在のところで、そんな風に担当教授に伝えられたら…。

「ほかのみんなもこういうことを山西に言われたりやられたりしたの。だからわたしたちは結託して、遅刻したってわけ。そうだね、先生がしたように裏でこっそりと。単位も関係ないならって、まとめるのはそう難しくなかったよ」

「で、そのことを気づかずあの先生はべらべらしゃべってるわけだ」

 希が呑気に言う。

「ごめんね、軽蔑したでしょ」

 雪梅が浩然の方を見て言う。

「別にそんなこと、ないよ。結果としてただ遅刻しただけでしょ。おれならもっとすごい仕返しするって」

「例えば?」

「先生が使うホワイトボードのインクを全部カサカサにしておくとか?」

「…ふっ、なにそれ」

 雪梅が柔らかく微笑む。


 なるほどね、確かに希が言うように、雪梅は一筋縄ではいかない人物のようだ。


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