2つの謎

 タレ目で甘い顔立ちの男性アイドルだ。

「へえ、かっこいいね」

「でしょ! かっこいいだけじゃなくて努力家なの」

「へえ」

「手話できんるんだよね。なんでも握手会の時に手話で話しかけられたらしいんだけど、その時何言ってるか分かんなくてそれで勉強し始めたらしいよ」

「すごいね、努力家だね」

「なんか変…」

 ぼそりと希がつぶやいた。

「変って何よ?」

 雪梅シュエメイはぶうたれた顔をしている。あまり怒ってないようだ。

「彼のどこが変なのよ?」

「アイドルの方じゃない」

「? 耳の不自由なファンの子のこと? 本当は聴こえるとか」

「聴こえるか聴こえないかはあんまり関係ない」

「じゃあ何?」

 のぞむが頭をかきながら眼をぐるぐる回す。

「ごめん、うまく言えない」

 と言って、マヨネーズに和えられた、コーンのスパゲティサラダを口に入れる。

「そ。言語化できたら教えて。わたしも考えるわ」

 雪梅はすぐに引き下がった。何が変だったのだろうか。


「おつかれさま〜」

 と先生が3人入ってきた。中国語の先生たちだ。

「山西先生、お疲れ様です」

 雪梅が立って挨拶をする。

「欧陽おつかれ」

 山西先生は小花柄のシャツに青色のサルエルパンツ。モードっぽい服装だ。


 あれ緊張してる?


 先程までの雪梅の伸びやかな笑いはなくなり、少々ぎこちない。教室の前には弁当と2リットルのお茶が置いてあるので、雪梅が移動して、紙コップにお茶を淹れ、先生に手渡しする。浩然も雪梅のところへ行き、紙コップにお茶を淹れ、雪梅にコップを差し出した。

「ありがとう」

「ううん、ついでだよ。先生へのお茶、ありがとう」


 先生方もグループを作り、わちゃわちゃしゃべりだした。職員、教授、生徒に対する愚痴を山西がして、ほかの二人が相槌しているようだった。

「あいつはバカだから使えない。ちゃんとホウレンソウできない奴とかまじでやめろってなる」

 ずばずば言う人だった。こちらまで聴こえてくる。

「そういえばさ、欧陽オーヤン?」

「はい?」

「去年の授業、覚えてる? 15人全員遅刻したの」

「え、ええ…」

「それがしょうもない内容だったんだけど、みんなバラバラの理由で。なんなのよ、一体」

 2人の先生は適当に愛想笑いをしている。何がそんなに可笑しいのか、浩然は黙って見ていた。希は全然聞いていないようだった。

 すると、さっきまでカチカチに固まっていた欧陽が初めて不敵にふっと笑った。

 なんとなく気になる笑いだ。自分が遅刻したことになんで笑ってるんだ?

 


 午後になり、受験者への道順での誘導は終わり、担当の級の教室へ向かっていた。途中、酒村希に会った。2人無言で歩く。すると、希が口を開いた。

雪梅シュエメイ、気になるの?」

「え…いや、まあ」

 可愛くて、女の子として気になるということもある。しかし、一番気になるのはさっきの不敵な笑みだ。

「簡単じゃないよ、雪梅は」

 え、どういう意味? 聞こうとしたら希は方向を変え、2階へ上がっていった。



 午後の試験が始まった。約2時間ぐらいこのドアの前で座っていることになる。


 …暇だ。


 することがない。午前中に日本文学のレポートの内容を頭の中でまとめた。なので、今宿題で考えることはない。

 ぼーっとすると、さっきの昼休憩の出来事を思い出す。

 

 アイドルファンの手話。15人全員が遅刻した話。


 浩然は自分の喉仏のどぼとけをさすった。



 暇だから考えてみるか。



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