バイト探し中
「これで2回目だよ~」
学食の食堂には長蛇の列が並んでいる。水にぬれた、食洗器の熱さが残るお盆を持ちながら、
「まあ落ちることもあるって」
浩然がバイトに落ちるのはこれで2回目だった。
1回目はチェーン店のカフェ。アルバイトの求人情報から自分の名前と携帯電話だけ送信して、そのまま落ちた。浩然はそこでもしかしたら名前が中国人だから落ちたのかもしれないと思った。日本語が流暢じゃないと思われた可能性があるからだ。なら喋れるところをアピールすればいい。
2回目は求人票から探したカラオケ店に電話をした。すると支配人が出たので、バイトをしたいと申し出ると、「人手が足りていない」とのことだった。それなら受かるかと思ったものの、名前を出した途端に電話の奥の支配人の声がくぐもった。
「留学生…?」
「いえ、小さい時に日本に来たので、華僑です」
「カキョウ?」
「えと、在日中国人です」
「在日…」
“在日”という言葉自体は今現在において差別用語ではないが、日本人にとって少し抵抗感がある言葉かもしれない。
「ただ、永住権を持っていますので、アルバイトの制約とかはないです。日本語も問題ありません」
「…」
永住権を持っているので、普通の日本人と同じようにアルバイトできる。日本語も話せるし、何も問題ないはずだ。
しかし、相手はどうも歯切れが悪い。
————早く終わらせたいな
そう思いながら、気の抜けたような相手に、いつもより愛想よく早口で話している自分がいた。
たぶんこれは落ちる。そう思った。本当は聞きたかった。何で途中で態度変わったんですかって。しかし、相手に「落として当然の相手」と思われたくないと無意識で思い始めた。いつも以上に、にこにこと笑って礼儀良く話していた。べたべたと顔の見えない相手に笑う自分に嫌悪した。結局、翌日の今日、メールが届き、晴れて落ちたという訳だ。
「何がいけなかったんだろう…」
「そんな変なところ、すぐに縁が切れてよかったんだよ」
岡は列の前を見つめていた。
「おれの話し方、キモい?」
「ふっつーだよ、普通。気にすんな、浩然のせいじゃないって」
「…おれの名前のせいかな」
ぱっと岡がこちらを見て、凝視する。
「違う!…けどそれを含めて浩然なんだから、そんな風に言うなよ」
いつもはヘラヘラしてばっかりなのに、こういう真剣な表情もできるんだな。びっくりして見ていると、岡が辺りを見渡し、浩然の盆に乱暴に生協のミルクプリンを置いた。
「今日はミルクプリン、おごってやるよ!」
「ありがとう」
と言って、ミルクプリンを岡のお盆に戻した。
「会計してからちょうだい」
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