鬼を探して

「確かに、茶髪のあの男なら、DVDを持っていた、という大義名分のもと、堂々と持っていけるか。しかも完全な姿で」

 浩然がそう言った。希は飯田をまっすぐ見据えて、

「もし浩然ハオランをまだ疑うなら、その人にも聞いてください」

 希はそう言い終えると、浩然のほうへ向きを変えた。


ゾウ


 “行こう”と中国語でぼそりと呟いて、希はくるりと踵を返すと、図書館の外へ出ていった。浩然も後を追いかける。

 ゲートはもちろん鳴らなかった。


―――――――――――


 図書館の裏にある大きな公園へ行き、芝生の上に希が荷物を投げ出した。そして寝ころび、げらげら笑い出した。

「あーっ、おっかしい!」

 変な物でも食べて狂ったように希が無邪気に笑い転げる。

「ふー、危なかった…」

 浩然も疲れた表情で草むらに寝っ転がる。

「気づいたらやばかったもんな」

「もちろんおれは盗んでないぞ」

「わかってるって。一緒にいたから棚に戻してるところも見てたしね。でもそれ言っても信じなさそうな勢いだったしねぇ」

「気づくかな…ってこと」


 ICチップが入っているなら切り離せばセキュリティゲートはならない。なら、IC残骸を出さずに盗むことができる。例えばICチップは精密機械なので、カッターなどの鋭いもので傷をつければ壊れるはずだ。もしくは、ICチップだけを本から剥ぎ取り、トイレに流す。この二つなら痕跡を残さず、ゲートを無事に通れる。


 しかしこの手口なら誰でも犯人になれる。浩然だって、希だって、あの司書の飯田だって。となれば、持っているのを見かけられてしまった浩然が犯人だと思われる可能性もより高くなる。

 証拠もないのに、あの司書の飯田に説明するのは大変そうだった。なら、悪いけど他の人に眼を向けてもらった。浩然は盗めない、彼なら盗めるっていう風に。


「刷り込ませたわけだ」

「うーん、そんなとこ。悪いね、茶髪のおにーさん」

 そもそも希は推理なんてする気はなかったのだ。だから犯人の動機なんていう、どうでもいい事までまくし立てた。混乱させるためだけに。

「とんだ探偵もいたもんだ」 

 希は知らないでやっただろうが、充電の件にしろ、今回の鬼の事件にしろ、司書の飯田は少し自分の見たものを信じすぎてしまうタイプかもしれない。どのみち、茶髪男の顔なんて覚えてないのだろうから、探しようもないと思うが。

「あれ、今日はちゃんと話せたじゃん」

「受容がいたからねー」

 浩然は受容っていう生き物じゃないとは思いつつも、なんだかしっくりきていた。


 この歳になっても“鬼”になるなんて思わなかった。浩然は芝生に頭を軽く打ちつける。ぽんっと芝生の上で頭が跳ねた。

 希は気持ちよさそうに眼を閉じた。

「鬼さんこちら、手のなるほうへ…」



 水曜日。

 レポート提出の日。担当の垣内は授業開始前にレポートを集めた。授業中に集めれば、授業中に仕上げようという魂胆の輩を阻止できるからだ。約200名の集められたレポートをパラパラめくった垣内は苦い顔をしていた。

「皆さん…『鬼を探して』という書籍で書かれた方が多いんですね」

 

 …え、その本って。浩然は思わず、眼を大きく開けた。

 

 ―――なんでだ? 一体。

 

  

 鬼がひたひたと忍び寄っている気がした。


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