受け入れる

 

 龍井ロンジン。口下手な人からもらった、あの龍井ロンジン。希からもらったのか。ええええ、こいつかよ。確かに口下手と言えば口下手だが、おしゃべりといえばおしゃべりな奴だぞ。


「あのお茶、高いから先生一人で飲んだ方がいいです。あでも、グレーのコップは使わない方がいいと思います」


―――この間、おれが和崎先生に緑茶飲ませてもらった時に言ったことと一緒のことを言った。


 和崎がすぐに切り返す。

「そう。どうしてそう思うの?」

 のにわざと希に聞いた。

「えーと、うーん…」

 希は頭をくしゃくしゃしながら、天井を見つめた。しばらく考えるがやがて苦笑いを浮かべてこう答えた。

「ごめんなさい、うまく言えないや…」

 浩然はハッとした。そうだ、アイドルファンの手話でも同じように理由を説明するのが難しそうだった。


 はじめてわかった気がした。こういうような、具体的に物事を伝えるのが苦手なのが希の問題…なのか? 


―――――――――――


 また同じ駅は向かうので、のぞむと歩いている。

 季節は5月の下旬で、土が水分をたっぷり含んだ匂いがそこはかとなく漂っている。そろそろ6月。

浩然ハオランさん」

「あー…えっとさん付けで呼ばなくてもいいですよ、一歳上なだけだからほぼ一緒だし」

「うーん、じゃあまあ浩然ハオラン

「呼び捨てかよ」

「“じゅよう”ってどう書くの?」

「需要? 需要と供給の需要?」

「キョウキュウ? そんな言葉は出てこなかったな…。えーと、浩然のバイリンガルの時に出てきた…」

「あ、受容?」

 きょとんとしている。ちょっと待ってとスマートフォンを取り出して、受容、と打った。

「こう書くんだ、ふーん」

 希は文字をしげしげと見る。

 

 なんというか、18歳には思えなかった。学力的な感じというより、その素直に聞いて、素直に見ている反応がとても同い年に思えないのだ。もっと若いような印象を持つ。


 もしくは日本語を覚えたての外国人ならまだ分かる。岡はこの間、中国語の簡略化した漢字である簡体字を練習していた。途中、チュー(車)とドン(東)の書き方が分からなかったようで、言語学の講義の後ろにいた、中国人に書いてもらっていた。


「へえー、そっか、そう書くんだ」

 中国語を覚えたての岡のような、初心者特有の“無邪気さ”があっても違和感ないが、これだけ流暢に話せて、まるで外国人のようなことを聞くので、希の言動は少し不思議に思える。


「受け入れるっていう意味だよ」

「受け入れる? そうか、浩然ハオランは僕が言っている意味が分かるもんね」

 正確に言うと、希だけでなく、単に中国語は聞いてわかるっていう意味で、それ以上の意味なんてない。


 けど、希は不敵に浩然に笑いかけた。


「まあ浩然が雪梅シュエメイとヤリたいってことは黙っておくよ」





《第一章『焼き付ける』 終わり》



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