後編
「本当に、アイリーン嬢には申し訳ないことをした。愚弟に代わり謝罪する」
私に向けて頭を下げる推し――ルイス殿下。ルイス殿下は側室の子で、グレアム殿下は正室の子。ルイス殿下は側室の子と言うこともあり、あまり良い扱いは受けていない――と、小説の中の設定ではそうだ。
だが、正直グレアム殿下よりもルイス殿下のほうが人気が高かった。そりゃあ、頭の中がお花畑の人達よりも、冷静に物事を判断できる人のほうが人気になるのもわかる。
「なっ! ルイス兄上!」
「ルイス様ぁ……、酷いですぅ……!」
何がどう酷いのかを教えて欲しい。
「ひどい扱いを受けたのは、私たちのほうなのに……」
ぽつりと呟く。ともあれ、このパーティーはもう楽しむためのパーティーではなくなってしまった。ひそひそと話をしている人が。
「この件に関して、グレアムとエミリア嬢は陛下の謁見室へ来るように、との伝言だ。他の令嬢たち、彼らに何か言いたいことはありますか?」
「……たくさんありすぎて纏まりませんわ」
「わたくしも。ですが、これだけは言えますわ!」
他の令嬢たちが声を揃えてこういった。
「真実の愛は、段階を踏んだものが言えること!」
……本当にね。思わず同意のうなずきをしてしまった。
エミリアとの愛が、真実の愛と言うのなら、グレアム殿下とエミリアはきちんと段階を踏んで、きちんと私と婚約を破棄してから大々的に言うべきだったのよ。婚約者のままで、こんなところで見せつけるかのように婚約破棄を口にしたのだ。暫く彼らは有名になるだろう……悪い意味で。
「どうして? どうしてそんなに怖い顔をみんなでしてるんですかぁ? エミリアはただ、皆さんと仲良くしたかっただけなのにぃ……」
「そうだぞ! エミリアの気持ちを無視するな!」
「……私たちの気持ちは無視して良いんですか。……ああ、でも婚約破棄するなら、やっとこの言葉が言えますわ……」
緩やかに口角を上げてグレアム殿下とエミリアを見る。それからルイス殿下へと身体を向けた。
「お慕いしております、ルイス殿下」
「――アイリーン嬢?」
「グレアム殿下との婚約は破棄されました。こんな私ですが、どうか、ルイス殿下の婚約者にして頂けませんか?」
ルイス殿下に婚約者が居ないことは知っている。小説の中で、何度もその言葉が出ているからだ。
ざわついていたパーティー会場は、一瞬でしんと静まった。ルイス殿下は驚いたように私を見たけれど、すぐに私の手を取って手の甲へ唇を落とす。
「……喜んで、お受けいたします」
正直振られると思っていたんだけど、まさかの成就!? 私が顔を真っ赤にさせると、グレアム殿下がカッとしたような表情を浮かべて、
「アイリーン! 俺に対してそんな表情をしたことないじゃないか!」
「浮気していたの!? アイリーン様、やるぅ!」
「いいえ、私はあなたたちと違って浮気しておりません。この想いは墓場まで持っていく予定でしたから。……それでは、お父様たちに私たちの婚約の許可をもらいに行きましょう、ルイス殿下」
「はい、アイリーン嬢。……グレアム、エミリア嬢。陛下がお待ちなので、早く謁見室へ向かうように」
……陛下は一体どんな話をするのか気になるけれど、そこはもう、私には関係ないこと。私とルイス殿下の婚約は、あまりにもあっさりと認められた。
そしてグレアム殿下とエミリアはその後色々あったけど、結婚は認められたようだ。良かったね。……ただし、結婚後は平民として生きていくことを伝えられたらしい。もちろんそれにはグレアム殿下とエミリアは物凄く抵抗したらしい。
略奪した愛を貫け、と陛下に言われたとか。……伝え聞いた話だから詳しくは知らないんだけど……。
「……ルイス殿下、どうして私のことを婚約者にして下さったんですか?」
「……あなたがいつも、一人で耐えているのを見ていたから……ではおかしいですかね?」
……私のことを見ていてくれたのか。それがちょっと……いえ、かなり嬉しくて私は心の底から笑顔を浮かべることが出来た。
……ちなみにエミリアが仲良くしていた婚約者の居た男性たちは、軒並み振られたそうだ。娘を大事に出来ない男はいらん、とのこと。……貴族の結婚は義務だけど、エミリアに引っかかるような人は大分頭がお花畑みたいだし……まぁ、当然と言えば当然かもしれない。
グレアム殿下とエミリアがもう少し頭が回れば、計画的に婚約破棄出来ただろうに。
証拠って大事よね。仕掛けていて良かった、録音機。……イヤな予感がしていたとはいえ、本来なら勝手に録音するのは責められることだろう。
……誰にも責められなかったけど。むしろ「よく証拠を録音した」とお父様から褒められたけど。ちなみにこの件でマルコム様のところで雇われていたメイドは全員逃げたそうだ。自分の性癖を暴露されたマルコム様は、ひとりぼっちになったとか。これも伝え聞いているから本当かどうかは知らない。
でもまぁ、知らなくても良いかな。
グレアム殿下とエミリアのこともどうでも良い。
だって今、私すっごく幸せだから! 一番の復讐は幸せになることって、前世で誰かが言っていたけど、ある意味当たっているかも。
だけどもしも――グレアム殿下とエミリアが目の前に現れたら、数発ぶん殴りそうになるだろうなぁと思っている。
「ルイス殿下、デートしましょう! 幸せを噛み締めたいです!」
「では、王都のカフェで甘い物でも食べに行きましょうか?」
「是非!」
私はルイス殿下と、それこそ『真実の愛』を貫こうと思う。前世からの推しだけど、アイリーンとしての私は彼に恋をしているのだから。
この愛を、大事に育ていこうって思うのよ。
婚約破棄は計画的に。 秋月一花 @akiduki1001
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