第35話 脱出計画

 リーダーが食われた。俺の目の前で。


 バリバリという骨を噛み砕く音がやけに響く。


「うっ」


 俺はそのとても人間の死に方じゃない光景を見て、思わずこみ上げて来たものを必死でこらえた。考えてみれば今まで目の前で誰かが死ぬのを見たのは初めてだ。こんな世界になって初めて見た人の死がこれとは。

 それにリーダーは俺を庇ったせいで死んでしまったようなもの。そう考えると感情がぐちゃぐちゃになる。そんな感情なんて無くしてしまったのかと思っていたのに、ここに来て思い出すとはな。


 階段を登り上階に着くと、そこには消防の武井さんとリーダーとよく一緒に行動していたメンバーが揃っていた。


「金芝さん! リーダーは?」

「すみません、リーダーは俺を庇って巨人ゾンビにそのまま……」

「なんだって!?」


 そこに居た者たちの間に動揺が走る。当たり前だ、今まで指揮をとっていた人がいきなり死んでしまったんだからな。俺を睨むやつまで居る。


「と、とにかくもっと上に避難しましょう! ここも十分な高さとは言えませんから」

「はい」


 どうやら子供達を含む住民たちはさらに上の階まで上がって行ったらしい。この階に残っているのは避難誘導をしていた男たちと、消防隊員の武井さん、それからリーダーだけだったようだ。


 リーダーが突然死んでしまったことによって、ひとまず武井さんが全体の指揮をとることになり、住民たちを追って皆で階段を上る。

 登った先がこの城の最上階のはず。つまりこれ以上は逃げ道が無い。


 最上階に登ると、先に登っていた住人たちが前に居た広間より狭い部屋の中でぎゅうぎゅう詰めになっていた。端の方に居る者は下の様子が丸見えなので、慌てて中に詰めようとしてさらに圧迫されている。


「金芝さん、このままでは私たちは全滅です。何かいい案は無いでしょうか?」


 武井さんは最上階に上がって一息つくと、すぐに俺にそう聞いて来た。

 そう聞かれるとは思っていたが、案といわれても俺にだってこの状況から90人を連れて脱出する方法なんて思いつかない。


「ちょっと待て! 武井さん、なんでコイツにそんな事を聞く!」

「なんでって、金芝さんはよく気が付く方のようですし」

「何言ってんだ! こんな奴に聞いたって俺たちもリーダーのように殺されるのがおちだぜ!」

 

 そう言いだしたのは元リーダーの取り巻きだったオッサン。歳は50代ぐらいだろうか。名前は興味が無いので聞いてない。


 その男は興奮したように俺を指差しながらそうまくしたてた。一見この状況に動揺してそう言う言い方になってしまっているのかと思うかもしれないが、果たしてどうなのか。言い慣れているような感じもする。


「別に俺の言う事を聞いてくれなんて言うつもりはありませんよ。むしろこの状況をどうにか出来る案があるなら、貴方が新しいリーダーとして皆さんに指示出しして欲しいぐらいです」

「そ、それは。とにかく、お前のいう事なんて聞かねえぞ俺は!」


 なんだ。何も考えは無いのか。

 

「武井さん、俺の方も何も考えが浮かびません。まさかゾンビ達があんな巨人のような化け物になるとは思いもしなかったので、ここにある物であの巨人ゾンビを倒せるとも思えませんし……。武井さんは何かありませんか?」

「そうですか。私も今のところは何も……」


 誰にもこの状況から逃げられるような案は考えつかないらしい。俺も少し休んで能力さえ使えるようになれば一匹ならどうにか出来そうではあるが、3匹同時となると完全に回復してからでないと無理だ。

 食料も残り少ないし、巨人ゾンビの声と住人達の声とで眠ることも出来ん。やはり一人で逃げるしかないのか。ここの人たちを見捨てて……。


 下から壁を壊す音が鳴り響いて来る。石垣の高さからしてよじ登るのは難しいだろうが、一番デカいやつだけは筋力さえあれば登れそうだ。

 俺はせめてもう少し体力が回復するまで待ってれと心の中で呟きながら、近くの柱に背中を預けて回復に専念するために目を瞑る。

 

「おじちゃん」


 誰かが目の前に来た。しかし俺はおじちゃんではないので別の人間の事だろう。そう思ってそのまま目を瞑っていると、今度は肩を揺すられながら「おじちゃん」と呼ばれた。


 誰だそんな失礼な事を言う奴はと目を開ければ、そこにはゾンビタワーに向かって大事な人形を投げていた女の子の姿があった。その手には乾パンのカンが持たれている。


「俺はおじちゃんじゃなくてお兄さんな。で、どうした?」

「あのね、これおじちゃんに持って行きなさいっておばさんが」

「だから俺はおじちゃんじゃなくてお兄さんだって。まあ、食べさせてもらうよ。ありがとうな」

「私は名取菜々なとりなな。小学2年生!」

「おっとそうか、そういや名前を言ってなかったな。俺の名前は金芝氷雨だ。よろしく」


 互いの自己紹介が済んだところで、俺は奈々を隣に座らせて話をしながら一緒に乾パンを食べる。

 ここで初めて知ったことだったんだが、奈々の両親はこの避難所には居ないらしい。それどころか、咬まれた両親が奈々を襲おうとしていたことろをリーダーたちが助けて、その時一緒にこの避難所に来たとのことだった。どうりでこのぐらいの女の子にしては雰囲気が落ち着いていると思った。そうか、両親が目の前で化け物になるのなんて見たら、それ以上ショックな事はもう起こりえないからな。


「強いんだな、お嬢ちゃんは」

「えへへ」


 そう言いながら頭を撫でてやると、奈々はくすぐったそうにして笑った。


(しかし、このままだとこの子もあの巨人ゾンビどもに殺されてしまう。少し休んで能力が使えるようになっても一匹倒すのがやっと。なら子供達だけでもなんとか逃がす方法はないものか……)


「おじちゃんどうしたの? 怖い顔して」

「ん? ああ、ははっ何でもないよ」


 倒せないならどうやってか住民たちを逃がすしかないが、ここは地上20メートル以上はある天守閣の最上階、どうやっても下に降りるには階段を使う事になる。ゾンビ巨人の腕を避けながら階段を下りて、さらに見つからないように城前広場の門をくぐり街の方に逃げる。なんて事が成功するのは殆ど奇跡に近いだろう。


「せめて階段以外に下に降りる方法があれば……」

「おじちゃん下に降りたいの?」

「ああ、まあな」

「だったら私いいこと知ってるよ! こっち来て」

「あ、おい!」


 急に立ち上がった奈々は、俺の手を引いてどこかに連れて行こうとする。

 疲れていたのもあって少し足をもつれさせながらも奈々について行くと、そこはゾンビ巨人が居る方とは反対側の窓際だった。


「いきなりどうしたんだ? こんなとこ連れて来て」


 奈々は窓際に着くと、しきりにキョロキョロし始める。どうやら何かを探しているらしい。


「あれ? おかしいなぁ」

「何か探してるのか?」

「うん。この前お城の見学に来た時にお姉さんが教えてくれたおっきな白い箱を探してるの。その時お姉さんがね、この箱は何かあった時に滑り台みたいになって皆を下に降ろしてくれるんだよって言ってたから、それを使えばおじちゃんも下に行けると思って」

「箱? ……そうか! 避難袋だ!」


 俺はすぐさま女の子を連れて武井さんの元まで走る。武井さんは消防隊員、という事は避難袋の使い方についてもある程度知っているはずだ。


「武井さん!」

「金芝さん。どうしたんですか、そんなに慌てて」

「もしかしたらこの城から脱出できるかもしれません!」

「えっ! ほ、本当ですか!」


 俺はそこに居た元リーダーの取り巻き連中にも分かるように説明する。

 かなり昔の話だが、文化財建造物の火災事故があって、その時から城や歴史的な建物の中にも防災設備が導入されるようになった。その一つが緊急時に高い場所から降りるための避難袋だ。


 奈々に言われて思い出したが、以前この城で行われた避難訓練で避難袋での脱出時の画像を見たことがある。もしあれが使えるのであれば、ここの住人をゾンビ巨人の前にさらす事無く城から脱出させられるだろう。


「なるほど、避難袋ですか。ですがあれは確か下で支える人間が4人は要ったはずです。となると我々の中の4人は危険を冒して階段で下に降りる必要がありますが」

「いえ、それも何とかなると思います。避難袋が入っている箱の中にロープがあるはずです。それを使えば」

「なるほど、それなら多少危険ではありますが下に降りれますね」


 問題はそこからだ。全員が下に降りれたとしても、城の前には巨人ゾンビが張り付いていて、とても門をくぐって城前広場から出て行ける状況じゃない。つまり、誰かが囮になって奴らを引き付けておく必要がある。


 まあ、誰がその役目をやるかなんて決まり切ってることだが。


「で、でもよ。全員が城から降りれたとしてもゾンビ共が居たんじゃ逃げられねえぞ」

「俺がゾンビ共を引き付けます」

「え、で、ですが危険ですよ!」

「承知の上です。下に城を裏から見て俺が右側から回ってゾンビ巨人を引き付けます。その間に皆さんは左側から城を回り込んで門から出て下さい」

「け、けど……」


 俺一人なら逃げ切るぐらいは出来る。みんな逃げることが出来て、俺はやられたことにでもすれば氷の壁の方に戻れるだろう。

 それなら俺にも都合がいい。だけど、今は夜。月明かりで敵が見えていると言っても、避難するには都合が悪い時間帯だ。決行は朝か……。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る