第34話 K城、深夜の攻防戦
「やあっ!」
そう声に出しながら7、8歳ぐらいの少女が投げたのはクマのぬいぐるみだった。恐らくこの子が今まで大事にしてきたであろうその縫いぐるみは、少々薄汚れていたもののまだまだ現役で子供の友達で居られたはずだ。だが今その縫いぐるみは下に居る
「あの縫いぐるみ。大事な物だったんじゃないのか?」
「うん。けどいいの」
少女には縫いぐるみを手放したくない、もっと一緒に居たいと言う気持ちがあったのかもしれないが、それを押し込めて自分達の命のために投げ落とす。そしてその顔には一切の悲壮感も見せず、次々と脇に置いていた物を落とすのだ。
これが今の世界である。子供だからと言って役割を放棄せず、ただ淡々と死に抗うための行動を続ける。一体この子たちはこの一週間でどれだけ変わってしまったのだろう。
俺はそう思いながらも、投げられる荷物に紛れ込ませた氷柱をゾンビの頭に刺さるように落としていた。
「思ったより上手く行ってるぞ!」
「ええ、これならある程度はゾンビの侵入を防げますね!」
ここで重要なのは、あのゾンビタワーの一番上に居るリーダーゾンビを全滅させることだ。奴らさえ倒してタワーの完成を阻止すれば、少なくとも現状はゾンビが入って来ることは無くなる。
城の入り口は門と違って石垣の奥の小さな扉のみ。一直線で向かって来ていた門では後ろからの圧力で無理やり突破されたが、ここは広いので力も四方に分散してしまっている。この事からゾンビに入り口を突破するのは無理だろう。一応氷も張っているしな。
「荷物は残り少なくなってきたが、これなら何とかなるだろう」
「タワーはあと二つ。これを倒してしまえばここは安全になりますよ!」
リーダーたちの言う通り、ゾンビタワーはいつの間にか2つしか残っていなかった。これで終わりなら少々呆気ないような気もするが、それならその方がいい。
お婆さんが投げた鍋と、おじさんが投げたゲーム機の陰に隠して氷柱で攻撃する。コントロールがいいのかどちらも見事ゾンビに命中。これでリーダーゾンビは全滅して、タワーは綺麗さっぱり無くなるはずだ。
「よし! あいつら腐ってるからか頭が柔くて助かりましたね! これで全滅ですよ!」
「うむ! 取り敢えずの危機は去ったな」
リーダーと消防の武井さんが喜ぶ声が聞こえる。下に居る虫の集合体みたいなゾンビの群れは、これでこちらに手を出せない。……ん?
「あ! 二人とも下を見てください! ゾンビが!」
「え?」
「なに?」
ゾンビ達の群れが奇妙な動きをし始めている。不規則に動いていた動きが段々と揃って来て一体化したような。まるで小魚が群れて大きな生き物のように見せる、そんな動きだ。
「またタワーか?」
「いや、そうじゃなさそうですよ。なんだかゾンビたちが一か所に纏まって玉のようになっていっている気がしませんか?」
タワーが無くなったことでこちらに手出しできるような状態にはもうならないと踏んでいたのだが、変化が起こるという事はまだ可能性があるという事に他ならない。しかし、次々と集まって肉玉の様になっていくゾンビを見ていても、アレでここを登って来るというのはどうにも想像がつかない。
やがて広場に居た大量のゾンビは、10個の巨大な肉の玉になってしまった。あれだけ埋め尽くされて見えていなかった地面が今はスカスカの状態でハッキリと見える。
肉の玉は最初こそゾンビがくっ付いて出来上がった物だという外見をしていたが、時間が経った今では元々それが肉の玉であったかのようにドクンドクンと脈打ちながらそこに存在してる。
「き、気持ち悪いな。あれでいったい何をしようってんだ?」
「アレでこの城にぶつかって来て、壊すつもりなんじゃないですか?」
確かに武井さんの言う通り、あの状態で転がりながら石垣にぶつかれば壊せそうなぐらいの大きさはある。だが、分からないのはあんな状態でどうやって人間を食うつもりなのかという事だ。どこかに口が付いているような様子も無いし、もうただの肉にしか見えない。
「あ! まだ何か変化するようですよ。肉玉が3、3、4で纏まり始めました!」
「何が始まると言うんだ」
3か所に集まった肉玉はそのままぶつかり合い、そして接触している部分が癒着していく。まさかさらに大きな肉玉になるつもりなのか? そう思って様子を
「あれはマズい! あの形は!」
「人? のような……。いえでも大き過ぎますよ! これじゃあまるで巨人じゃないですか!」
「ッ! 二人とも急いで住民の皆さんを上の階に避難させてください! もしあれが正常に立って動けるのなら、ここに居ては食われてしまいます! 私がここで見張っていますから早く!」
「わ、分かった!」
「分かりました!」
こんな事があり得ていいのか!? 今まで色々なゾンビや化け物を見て来たし、変化して行くスピードが異常に早いとは思っていたが、こんな巨人にまでなり始めるなんて!
たった一週間と少しでこんなモノまで出始めていたんじゃ、俺が張った氷の壁も近い内に突破されかねない。いや、確実に突破される。恐らく目の前のデカぶつが10匹も居れば、壁の薄い部分なら余裕で破壊されてしまうだろう。
「人類に安息の地など与えないという事か。クソッ!」
後ろでバタバタと走る住民たちの足音と声を聞きながら、俺はこれからどうするべきかを考える。まず、調査隊やら捜索隊についてだが、こんなものを見てしまった時点でもう探してなんていられない。もちろん朝倉の荷物を取りに行くなんてのも論外だ。
急いでK町に戻って壁の強化をして回らなければ侵入されてしまうと言うこの状況、まさかとは思うがもう侵入されている可能性だってある。
「一人なら今からでもなんとか壁まで辿り着ける。しかし……ああっ! クソッ!」
ここの人たちを見捨てて行くという事は、10数人いる子供たちも巨人の化け物に食われるという事になってしまう!
昼間病院で力を使い過ぎた。あれが無ければこんな巨人の3匹程度、軽く殺してやったのに! 下には他にゾンビは居ない。つまりコイツ等さえどうにかなれば危機は完全に去るという事。だがそのすべが無い。
「やっぱり立ち上がるか!」
「アアアアアアアアァァァァァァァァァ」
「ヴォオオオオオオォ」
信じられないほどの大きな声を出しながら、その二本の足で立ち上がりこちらを見てくる巨人ゾンビたち。3つの肉玉からできた巨人は高さ6メートルほど、4つの肉玉からできた巨人は8メートルほどの大きさがあるようだ。どちらも俺が今居る3階部分には余裕で手が届く。
ノロノロと立ち上がって、またノロノロと近づいて来る巨人ゾンビ。走ることが出来なさそうなのは良かったが、歩幅が広過ぎてもうすぐ目の前に来ている。
「足元に氷を張って転ばせるか? いや、それをすると倒れて来た巨人のせいで城が崩れるかもしれない」
「おい! 何をやっているんだ金芝君! 君も早く上の階に上がれ!」
後ろからリーダーさんの声が聞こえて来た。そうだ、今はここで考えている時間は無い。上に行かなければ最初に餌になるのは俺だ。
「すみません! 今行きます!」
「金芝君! 危ない!」
その瞬間、俺の居た場所の正面の壁が破壊された。そこには大きな穴が開き、巨大な腕が俺を掴もうと迫って来る。
クッ、間に合わん!
「えっ」
横から誰かに突き飛ばされた。誰かって、一人しかいない。リーダーさんだ。
「ぎぃああアアアアアぁぁぁぁぁッッ!!!」
「リーダーさん!!」
壁から伸びて俺を掴もうとしていた手が、リーダーさんを掴んで壁から引き抜いていく。マズい! このままじゃリーダーさんが!
「あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙ッッッッッ!!」
バキッ、バキッ、バキッ、バキッ
グチャ、グチャ、グチャ
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