第33話 ゾンビタワー
数十分前。
金芝の見張りを担当していた男、前田武は、トイレに行くと言って金芝たちの傍を離れた。
理由はある人物との密会をするためだ。
城の周りに設置してある中で最も人目に付きにくいトイレに向かい、トイレを通り過ぎて裏に回ると、何者かに向かって話しかける前田。
一見人気のないその場所には、物陰に隠れるようにして一人の若い男が立っていた。
「おい! 見つけたぞ! 新しく壁の向こうから来た人間を!」
「声が大きいですよ前田さん。俺は今調達に出てる事になってるんですから」
「あ、ああ、すまんすまん。でもまあ、この辺にはほとんど人も寄り付かんし、誰にも聞かれとりゃせんだろ」
そうやって笑う前田を相手に、男は「やれやれ」とため息を吐く。
「それで、どうだったんですか? 壁の向こうについては?」
「ああ、新しく来たやつに聞いたんだが、あの消防隊員と同じことを言っていたぞ。壁の向こうには化け物は一匹も居やしないし、食料もあるとよ」
「ですがその人が嘘をついているという可能性もあるんじゃないですか?」
「いやー、それはねぇよ。あの消防の武井が最初疑ってかかっててな、それでよく話を聞いたら仲間の名前が出て来たってんでやっと信用してやがったんだ。てことは最初から知り合い同士じゃねえうえに、壁の向こうから来た話しも本当だってことだろ?」
「なるほど。それなら確かに信用できそうですね」
彼らがなぜこのような密会をしているのか、その理由は彼らがこの避難所で担当している役割にある。
彼らは以前より交替で街への調達に行かされているメンバーだ。
世界がこんな風になってしまったこの状況では、それぞれが自分に出来る役割をこなしていかなければならない。観光に来ていたのがお年寄りばかりだったこともあって、若かったり体力のありそうな者は全て調達班へと回されたのだ。
全員が納得してはいなかった。当たり前だ、外にはゾンビやらよくわからない化け物やらがうようよしていて、一歩間違えば食われて奴らの仲間入り。おまけに、ちゃんと物資を持って帰って来れないと、他の連中から不満が出てぐちぐちと文句を言われる。納得どころか、彼らの気持ちが避難所から離れて行くのは当然のことである。
そんな時、偶然調達の最中に負傷した消防隊員を2人発見し、そして治療を終えた彼らから聞いたのが壁の向こうについての話だった。
その話を聞いた調達班の人間は、壁の向こうの話に強い興味を抱いた。もし消防隊員のいう事が本当なら、壁の向こうにさえ行ってしまえばこんな生活とはおさらばできる。また前のような日常に戻れるのだと。
しかし、壁の向こうから来たと言う消防隊員の話が嘘で、本当はここよりもっと地獄のような場所だという可能性も捨てきれない。そこで彼らは確証を得るために調達の度に生存者を探し回り、見つけたら壁の向こうの情報を知っているかどうかを聞いていた。そして遂に今日、消防官以外の壁の向こうから来たという人間に話を聞くことが出来たのだ。
「これで壁の向こうは安全だって分かったんだ。早いとこ計画を実行しようぜ」
「慌てないでくださいタケシさん。今俺たち以外のメンバーは、港の方からゾンビの大群を移動させているはずです。それで港が使えるようになれば、この町からすぐ脱出して壁の向こうに行けますよ」
「そ、そうだったな。すまん」
消防隊員からの話で、海から氷の壁を回り込んでこの町に来たのだと聞いていた調達班の彼らは、最近では調達するふりをして港からのゾンビの誘導を行っていた。
そう、彼らは自分達調達担当の人間だけでこの町から脱出する計画を立てていたのだ。
『ビー、ビー、こちら杉本。港からのゾンビの誘導がほぼ完了した。そっちの状況は?』
「こちら渡辺、ナイスタイミングだ杉本。今ちょうど壁の向こうが安全だと言う確証を得られた。時間帯は微妙だが、今のタイミングを逃す手は無い。今日これからすぐに計画を実行に移す。佐々木と
「了解」
トランシーバーでの通信を終え、渡辺は前田の方に向き直る。
「さあ、前田さん。後は計画通り、一般道から城の敷地に入る正面入り口の門を開けて来てください」
「な、なあ、渡辺。何もそこまでしなくてもいいんじゃねえのか?」
「駄目ですよ、前田さん。万が一にでもゾンビが僕たちの居る方に来てしまったら、脱出が困難になってしまいます。それに俺たちがここから去れば調達しに行く人間が居なくなる。どの道ここに残っている人たちのほどんどは餓死してしまうんです。それならゾンビにやられてしまっても一緒の事ですよ」
「そ、そうか。分かった、それじゃあ門を開けて来る」
「頼みましたよ。俺は調達用の出口で待ってます」
「おう」
それから前田は警備員時代に何度も操作していた門の開閉装置でほんの少しだけ門を開き、ゾンビが中に入れるようにした。
全開にしなかったのは前田の優しさか、それとも最初からそうする計画だったのか、いずれにしろ確かなことは一つ。それは、ゾンビの大群が90人以上の住人が暮す城に向かって歩き出したという事だった。
◇ ◇ ◆ ◆
「ぞ、ゾンビです! ゾンビの大群がここに向かって来ています!」
ゾンビの集団が放つ声がさらにゾンビを呼び、まるで海に荒れ狂う波の様にうねりながら一直線に城へと歩みを進めている。
進撃のスピードは非常にゆっくりしたものだが、その数は半端なものではない。広い道幅いっぱいに敷き詰まっていて、まるでこちらを絶対に逃がさないと言わんばかりの光景だ。
「なんという事だ……。おい、急いで山口を門の中に入れろ! それから住民全員に城に入るように伝えるんだ! ゾンビの大群が来るぞ!」
リーダーの発言を合図にパニックになる住民達。それを消防士や元々この城に勤めていた従業員がなんとか
「リーダーさん。これからどうするつもりなんです?」
「どうするこうするもない。退路を断たれたこの状況で100人近い人間を一気に避難させるなんてことは不可能だ。こうなれば城に籠城して機会を待つしかない」
「……」
そんな機会がくればいいが。
門の外から聞こえてくるゾンビ共の声が、少しずつ、少しずつ大きくなってくる。
この広場に入って来るための門は今はしっかりと固く閉ざされているが、あれだけの数が疲れ知らずでどんどん下から上がってくれば、門が圧迫に耐え切れなくなってゾンビが広場になだれ込んで来るのも時間の問題だろう。
◆ ◆ ◆ ◆
3時間後。この時期そろそろ辺りが暗くなってくる時間帯だ。
ゾンビの声は途切れることなく、扉の軋む音がさらに大きくなっている中、俺たちは城内の大広間で身を寄せあってじっとしていた。
奴らは音に敏感だ、では音を一切出さなければこちらに気付かないのではないか、という消防の武井さんの発案からこうしているのである。
だが、これが果たしてどれほどの効果があるものか。
そもそも、奴らがどうやってここに人間が居ることを識別しているのか分からない。音を立てていなくとも何故かゾンビは人間の居る場所に群がって来ることがある。まるで居る方向が分かっているのかと思うぐらいにだ。
「俺達には分からないだけで、本当はゾンビにも種類があるのかもしれないな」
「どういう事です? 金芝さん」
「いえ、何でもありません。それより皆さんの様子は?」
「大丈夫です。今のところは、ですが」
「そうですか……」
やがて日が完全に落ちた。
少しでも光を目にすれば羽虫の様に群がって来るであろうゾンビ共が、俺たちに月明かりの下での腐ったダンスパーティーを披露してくれている。
広場はゾンビ、ゾンビ、ゾンビで埋め尽くされ、うめき声はウシガエルの大合唱よりも酷く、聴くに堪えない。
「! 金芝さん、あれを見てください」
「どうしました?」
消防の武井さんが指さしたのは真下にある石垣付近。そこには、
「ちっ、やはり人間の存在を探知できるゾンビが居るのか。しかもそのゾンビ、他のゾンビを多少操ることも出来るみたいだ。雑魚を足場にしてここに上って来ようってか」
「それも一匹じゃない。他の所でもタワーが出来始めているぞ!」
「何だって!」
リーダーの視線を追ってみると、2、3、4と次々にタワーができ始めていた。
城の構造上、石垣部分から今居る広間がある場所に入るには、返しのようになっている事から難しくはある。だが、そこは恐らく圧倒的な物量で無理やり突破してくるだろう。
「各タワーの一番上、天辺に立っているのが操ってるゾンビでしょうか?」
「だとしたら、奴らさえ何とかできれば侵入を防げるかもしれない。リーダー、確かここには下にいる敵を撃退する用の穴が開いてましたよね?」
「ああ、だが落とせる物なんて無いぞ」
「この際何もかも使いましょう。フライパンとかの調理器具から子供の玩具まで全部」
そうしなければ敵を倒すことは出来ず、黙って食われるしかなくなる。
もちろん玩具なぞ落としても何にも意味は無いかもしれないが、たくさん物が落ちる事によって俺の能力も紛れ込ませやすくなる。そうすれば、この危機から脱することが出来るかもしれない。
「うむ。そうするしかないな。これで駄目だったとしても、何もしないよりはずっといい。そうと決まれば私は住民の皆さんに協力を要請してくる。君たちはここで敵の動きを見張っていてくれ」
「分かりました」
「お願いします」
さてと、この流れがいつまで続くか。俺がまだ能力を使えるうちに終わってくれると助かるんだが……。
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