第32話 城攻め

 門の横の高い壁の穴から何者かがこちらを見ている。

 音もなく静かに様子をうかがっていることから、間違いなく人間の視線だろう。


「武器は持って無い。ほら」


 俺は両手を上にあげて何も武器を持っていないことを相手に示す。すると、右側の穴付近から声が聞こえて来た。


「お前は何者だ? この辺りの人間じゃないな?」

「ああ、俺はあそこに見える氷の壁の向こうのK町から来た人間だ。何度かこのO町に調査隊を送ったんだが、そいつらが戻ってこないんで探しに来たんだ」

「壁の向こうからの調査隊? そいつらを探しに来たという証拠は?」

「証拠は無い。他のメンバーが居れば説明してもらえたんだが、途中ではぐれてしまった。それでこの辺りの避難所を回れば合流できるかもしれないと思ってここに来たってわけだ」

「お前の名前は何という?」

「金芝だ。金芝氷雨」

「分かった。すこし待て」


 俺に話しかけていた男の気配が遠ざかって行く。俺の事を知っているかどうかを誰かに聞きに行ったのだろう。という事は、ここには壁の向こうから来たメンバーの誰かは居るという事だ。


 相変わらず他の3つの穴からは視線を感じる。あの穴は恐らく昔は弓矢や石をつかって敵を攻撃するために使われていたもの。今は弓矢なんてそうそうお目にかかることは無いから、何かあった時は石でも投げてくるのだろう。


 腕を上げ続けていて疲れて来た頃、確認に行っていた男が誰かを連れて戻って来た。調査隊か捜索隊のメンバーだろうか。


「待たせたな。お前と同様に壁の向こうから来たと言う消防官を連れて来た。だが、コイツの話によるとお前の事は知らないそうだが?」

「なるほど。それじゃあそこに一緒に居るのは調査隊か第一陣の捜索隊の人ですね?」

「捜索隊の事を知っているのか! という事は君は俺達からの連絡が途絶えた後に来た第二陣ってことなのか?」

「俺は調査隊と捜索隊が消息を絶ったことによって派遣された第二陣の捜索隊のメンバーの一人です。警察から篠田さん、高橋さん、消防から森本さん、萩野さん、それから漁船の船長と俺の合計6名編成であなた方の捜索に来ました」


 消防官と言っていたので森本さん、萩野さんの名前を出せば知っているかと思ったが、どうだ。


「そうか、森本さんと萩野さんもこっちに来ているのか」


 ビンゴ!


「では俺が第二陣の捜索隊だという事は信じてもらえました?」

「ああ、だが萩野さんたちは?」

「さっきも言いましたが途中ではぐれてしまいまして。取り敢えず近くの避難所を回れば合流出来るのではないかと思ってここに」

「そうか、分かった。新藤さん、この人は大丈夫です。中に入れてあげて下さい」

「分かった。だが、見張りはつけさせてもらうぞ?」

「構いませんよ。それと一応言っておきますが、俺は消防でも警察でもなく役所から派遣された人間です。よろしくおねがいします」


 少々手荒な挨拶が済み、目の前にある木でできた重たい門が開かれる。

 見張りを二人つけるという条件になったのは嬉しくないが、それでも中に入れたことで今夜の心配はなくなったので良しとしよう。


 門が開くとすぐに城の真下にある広場が見えた。驚いたことにそこには子供からお年寄りまで結構な数の人間がテントを張ったりして何か作業をしているのが見える。ざっと見た感じ100人近くは居そうだ。


「こんなに人が生き残っていたんですか」

「まあな。ほとんどはあの日ここに来ていた観光客で、後はこの城の周辺に住んでいた住人だ」


 そう答えてくれたのは俺の見張り役についた男性の一人で、見たところ4,50代の普通のおじさんだ。

 もう一人は若い男性で、恐らく俺と同年代の20歳前後と言ったところか。


「俺は前田武まえだ たけし。この城で警備員をしていた。んで、こっちは白石亮しらいし りょう。大学で必要な資料だかなんだかを作る為に偶然ここに来ていて助かったラッキー坊やさ」

「ちょっと前田さん! ラッキー坊やは無いでしょ、ラッキー坊やは! それにこの人に色々教えちゃっていいんですか? 僕たちこの人を見張るように言われてるんですよ?」

「あー、大丈夫、大丈夫。俺は職業柄人を見る目だけはあるんだ。この兄ちゃんは人が嫌がるようなひでーことをするような人間じゃねえよ」


 会ったばかりなのにそんなに信用していただけるとは有り難いことで。ま、俺が本当に良い人間かどうかはともかく、そう思ってもらえる分には損は無い。むしろ得な事ばかりだ。いい機会だし、ここの事をこの二人に聞いてしまっておくか。


「ありがとうございます。前田さん」

「タケシで良いぞ。しかしお前さん、よく無事でここまで来られたな。正面の入り口は化け物共でいっぱいだっただろう?」

「はい、なのでちょっと工夫して川を越えてこちら側に来ました」

「なんだ、梯子でも掛けたのか? ちゃんと落としてきたんだろうな?」

「もちろんですよ。後ろからゾンビに来られたんじゃたまらないですからね」


 本当は梯子など掛けてはいないが、あの氷の橋はすぐに落ちるように作ったので大丈夫だろう。


「タケシさん。少しこの避難所について教えていただいても良いですか?」

「ああ、いいぞ。俺が知ってる範囲ならな」

「では……」


 タケシさんから色々とこの避難所について聞いたところによると、ここに居る住民は全部で93人。内60人が観光客で、20人がこの辺りに住んでいた住人、残りは下の店や城の案内で雇われていた従業員と、最近発見された調査隊のあの消防官たちになるらしい。


 93人もいて食料は持つのか聞くと、この城の下、俺が通って来たあの土産物などが売ってある城下街エリアの食料で何とか今までは持ちこたえてきたが、それももう限界に近く、最近は外に調達に出ているそうだ。

 俺が会ったのはやはりここの人間だったのか。今ざっと見た感じでは居ないようだが、また物資の調達にでも行っているのかもしれない。


「とまあこんな所だな」

「ありがとうございました。状況はしっかり知っておきたいたちなので、助かりました」

「ああ。それじゃあ今度はこっちからの質問だ。あんたとあの消防官たちはあの壁の向こうから来たんだろう?」

「はい、そうですが」

「あの消防官たちが言うには、あの壁の向こうのK町じゃあこの町のような異変は全く起こってねぇって話だったが、そりゃあ本当か?」

「ええ、本当ですよ。ですからこっちに来てとても驚きました。まさかあんな化け物がいるなんて」

「おお! やっぱりそうか! という事は壁の向こうに行けさえすりゃ安全なんだな!」

「まあ、そうなりますね」


 俺がそう言うと、タケシさんはずいぶんと興奮した様子で舞い上がっていた。その姿を見て白石さんは、「また怒られますよ」と言いながら呆れた顔をしている。


 まあ、こんな地獄のような状況で、手の届くような近くに普通の暮らしが出来る天国のような環境があると知れば、舞い上がるのは仕方がないだろうな。


 その後、特にやることもないので一通り辺りを見回ってから、ちょうど空いていたビニールシートの上に座って休憩した。その間どうやってゾンビが一匹も居ない今のような状態にすることができたのか聞いてみると、今度は白石さんが答えてくれた。

 最初はこの城の敷地内にもゾンビが入って来ていたのだが、外に逃げる多くの観光客につられたのか、それとも外に何かがあったのか、ゾンビ達は白石さんたちを全く無視して城の敷地外に出て行ったのだと言う。


 ゾンビが目の前に人間がいて襲わないと言うのも変な話だ。単純に人の数の多い方に向かったということかもしれないが、それだけ揃って全員が出て行ったのなら、もしかすると何かに操られていたのかもしれないな。

 ゾンビが上位種に進化する瞬間というのを、俺はまだ見たことが無い。だとすると、何かの特定の条件をクリアした人間は、ゾンビではなく最初から別の化け物に変身してしまっていたという事も考えられる。であれば、ゾンビを操る化け物が出て来ていてもおかしくは無い。


 そうやってしばらく話し込んでいると、門の所で会った消防官とここのリーダーらしき新藤と呼ばれていた男が俺たちの方に向かって来た。どうやら本格的な俺の取り調べが始まるらしい。


「あれ? 白石君、前田さんは?」

「あ、前田さんならトイレに行くと行ったっきり戻ってません」

「あー、またか。またどっかでタバコでも吸ってるのかな。っと、すまない金芝さん。随分と放置してしまって」

「いえ、構いませんよ。それで何が聞きたいんです?」

「話が早くて助かります。それじゃあ城の中に会議室として使っている場所があるので、そこで話しましょう。こっちです、ついて来てくだ」


『大変だーっ!!」』


 消防官が俺を城の中の会議室に連れて行こうとした時、閉ざされた門の外から誰かの焦った様な大声が聞こえて来た。その声を聞いた付近の人たちが、全員門の方に集まって行く。


 俺たちも急いで門へと向かうと、一緒に居たリーダーが門の向こうに居る男に問いかけた。


「どうした、何があった!」

「ぞ、ゾンビです! ゾンビの大群がここに向かって来ています!」

「何だと!?」


 周囲に緊張が走る。


 リーダーは急いで見張り台らしき場所に上り、門の向こう側の状況を双眼鏡を使って確認し始めた。そして……。


「なんという事だ……。おい、急いで山口を門の中に入れろ! それから住民全員に城に入るように伝えるんだ! ゾンビの大群が来るぞ!」

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