第31話 城へ
商店街は静まり返っていた。ゾンビの声も、人間の声も聞こえない。
聞こえるのはただ自分の足音だけだ。
この商店街は周りの県に数ある商店街の中でも最大級を誇っていて、路面電車が通っている大通りを間に挟み込むように南北で別れている。
俺が今いるのは南側で、こちら側の長さは約600メートル。端から端まで様々な種類の店が立ち並んでおり、この事態が起こる前は賑わっていただろうことが窺える。
道幅が広く、片側2車線と両サイドの歩道を足したくらいの広さはある為、こぞって侵入した車がいたる所で衝突していて、かなり歩きずらい。
「だが、代わりにゾンビも侵入しずらいのか。こりゃあ物資調達にはもってこいの場所だな」
商店街の中を時折店の中を覗きながら進んで行く。しかし、歩けど何も手がかりを見つけることが出来ない。何かしら道を示す物、例えば生き残りに向けた避難所への案内メッセージなどがあれば助かるんだが、この辺りは緑川のような知能のある化け物が居たこともあって、避難所までの案内などは貼り出していないようだ。
「駄目だな、これじゃあ
役所と学校で考えてみると、どちらかと言えば学校の方が避難所になっているイメージが強い。と言うか、役所は避難所にはなりえない気がする。
調査隊も捜索隊の第一陣も役所を目指したはずなので、彼らを探す分には一度行ってみるのもいいかもしれないが、それ以外は期待しない方がいいだろう。
「学校か。この辺りの学校が一つも思い浮かばん。こんな事なら篠田さんに地図を見せてもらっとくべきだったな」
小学校、中学校、高校、駄目だ。どれも思いつかない。
適当に歩いて探しても時間は掛かるだろうし、何かいい方法は無いだろうか……。
そうだ、城はどうだろう? この町は高さ制限で城より高い建物は無い。つまり天守閣の最上階からなら周辺を
「よし、そうと決まれば城に行くか。確か路面電車が走っている大通りをまっすぐ進めば、城の城下町を再現したみたいな土産物屋が密集している場所に出るはずだ。しかし大通りは……」
俺が今いる位置はちょうど商店街の半分の地点、そして路面電車が走っていた大通りは来た方向、つまり病院に行くのに使った道だ。何度も何度も戻るのは面倒だし、ここからなら城のある方向に道をまっすぐ行けばその内に城の近くを流れている川の傍に出るだろう。
何より、今は病院にはあまり近づきたくない。病院内には未だに化け物共が残っているし、周辺のゾンビも集まり始めている。今行ったら間違いなく奴らを避けられないだろう。今日はもうかなり能力を使っているので、これ以上は緊急用と考えていないと、またこの前の様にピンチに
商店街から城の方向に続く道を塞いでいるバンの横をすり抜け、真っ直ぐ伸びている道に何も居ない事を確認しながら進む。
商店街を離れてしばらくすると、時折どこからかゾンビの
いくつかの信号を通り過ぎ、フラフラと物陰から現れるゾンビを
「このルートを使ったという事か。じゃあ避難所はこの方向に?」
城の方に近づくにつれてゾンビの数が増えてくる。人間がこの先に居るという事だろうか。とにかく川まで出てどうなっているのか確認したい。
何とか能力を使わないまま川へと到着した。この川は城とこちら側の街を分断するような形で流れており、城が現役で使われていた当時は、こちら側が城下街で、この川が敵の侵入を防いでいたのだろう。
川の傍に出たことで視界が開けた。城の入り口である橋の方向を見ると、やはりゾンビの数が異様に多い。これだけの数なら城の中に人が居ると思う方が自然だ。
「しかし、これだけゾンビが居ると正面からは入れないな……」
この城には詳しくないので、裏門なりの別ルートがあるかどうかが分からない。ただ、このゾンビの多さの中で調達に出られるはずがないので、どこかにはルートがあるはずだ。
回り込んでみてもいいのだが、この城の敷地はかなり広い。商店街の時計で大体今は12時頃だと言うのは分かっているが、入り口を探すのに手間取れば3時間は潰れてしまうだろう。もし中に入れても実はゾンビだらけでしたとなれば、今日の寝床を探さなくてはならなくなる。時間が惜しい。
「仕方がない。この川を能力で渡るか。これぐらいならまだ余裕はあるしな」
俺は能力を使い、人一人がやっと通れるほどの橋を川に掛けた。これならゾンビは通れない。奴らはフラフラしながら歩くので、通ってる最中に下に落ちるだろう。
渡り終えると橋をそのまま放置して城の方へと向かう。ここは城の周りの森の部分で木々が密集していて通りにくい。これも敵の侵入を防ぐために植えられていたのだろうな。
とはいえ森はそれほど長くは続いていないはずだ。その証拠に上を見れば木々の葉の隙間から城が見え隠れしている。若干斜面になってきているような気はするが、気にするほどでもない。
「ちっ、石垣か」
まっすぐ歩いて行くと、石垣に突き当たった。しかも面倒なことに、この石垣は一定の高さで左右に続いている。上には柵が見えるので、この先が城下街を再現したとか言う土産物屋や飲食店があるエリアのはずだ。
「登れなくはなさそうだが、万が一落ちたら怪我するのは確実だな」
壁に沿って歩けばいつかは入り口に着くか? と言うかさっきからこんなのばっかりだな、クソッ。
結局ここでも能力を使う羽目になった。石垣を登るのは危ないし、壁に沿って行って入り口が見つからなければ時間がもったいないと思ったからだ。
人一人が乗れるほどの大きさの氷柱を作り出し、石垣と同じ高さになったらそこから足場を伸ばす。
「これだけ能力を使わされて人が居なかったら最悪だぞ、まったく」
石垣の上は思っていたのとは違って広場だった。地面はコンクリートではなく乾いた土が敷き詰められている。いくつかベンチが置いてあって、見たところ周辺には桜がの木が植えてあるようなので、春にお花見会場として使われていそうだ。
そのまま広場を歩くと、少し行った先に当時の建物を再現したであろう商店の姿が見えてきた。
「人は居ないか。まあいい、ここからなら城の上まで続く道があるはずだ。とりあえず城を目指そう」
城下街を再現した小さな商店街は、普段テレビで見かける時には人がひしめき合っていた。しかし今は一人の姿も見えない。商店の隅には桜の花が描かれた旗がひらひらと風になびいている。
店が荒らされた様子は無い。死体も無いし、ゾンビも居ない。これは期待してもいいのか?
乾いた土で砂ぼこりを上げながら、城へと続く坂道を進む。
らせん状にぐるぐると回るような作りになっている城の構造は侵入者の到着をなるべく遅らせるためか、それにしても長い。
「馬が通れるように広くなっているのかな」などと、どうでもいい事を口に出していると、ようやく城の手前まで到着した。ここから門をくぐれば、一目見て城だと分かる建物の真下に出るだろう。
「しかしまあ、ここまで来て門が閉まってるとはね。おーい、誰かいないのかー」
「……」
誰かいる。気配がする。
左右に一、二、三、四、囲まれたか。
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