第30話 陰謀論者
ハーレーは中々燃費が悪い。そう感じたのは商店街へと向かう途中での事だった。
朝見た時は燃料メーターにはまだ燃料は十分あったはずなのに、たった数キロ移動しただけでもうほとんどガソリンが残っていない。もしかしたら朝の時点で緑川が何か細工をしていて遠くに逃げられないようにしたのかも知れないが、真相は闇の中である。
とにかく、もうバイクでの移動が出来なくなってしまった。その辺に放置されている車には鍵が刺さっている物もあるかもしれないが、キーがそのまま刺してあるという映画のような展開はまず期待できない。と言うか鍵を回してエンジンを掛けるなんて車は今時少ないだろう。つまり普通の乗用車しか見えないようなこんな場所では新たな移動手段を得られる望みは薄いという事だ。その点、漁港の軽トラは素晴らしかった。
念のためしばらく辺りを探してみたが、結局自転車すら見つからなかった。こうなるともう歩くしかない。幸い商店街まで残り1kmの範囲には近づいているので、時間は掛かるだろうが歩きでも十分たどり着けるだろう。そう思って歩き出した時だった。いつの間にか増えて来たゾンビ共の声に混じって、何やら人間の男の声のが聞こえて来たのだ。
「えー、皆さま。本日はお集まりいただきありがとうございます。このように快晴に恵まれ、私もいち政治家として晴れ晴れとした気持ちでここに望めたことを大変うれしく思っております」
「「ア˝ァァー」」
「「ウ˝ゥー」」
バンバン! バンバン!
何をやっているのだろうか。理解が追いつかない。
単純に状況を説明するなら、50代ぐらいの政治家のおじさんが選挙カーの上からゾンビに向かって演説しているという事になる。うん、やっぱり意味が分からない。
この状況だ、気がふれてしまったとしてもおかしくはないだろうが、それにしてはやけにハッキリとした喋りをしている。
見たところ拡声器のようなものを持っている様には見えないのに、それでも声が通る事通る事。おかげでおじさんの車の周りはゾンビのパラダイス状態だ。
何か目的があってこんな事をしているのか、それともただ狂っているだけか。それは分からないが、あまり関わらない方がよさそうだ。
幸いと言ったら何だが、周辺のゾンビはほぼおじさんの所に集まっている。今なら狭い車と車の間を縫って進むのも楽だろう。
「さっさと抜けるか。しかし、来た時に使った歩道を使えたらよかったんだがなぁ。でも、あそこは演説会場側だから使えんか」
おじさんはコブシを握って熱意の籠った声で必死に訴えかけている。自分の政治観でも語っているのだろう。私が県知事になればみたいな話とかな。
ま、どうでもよ過ぎてちゃんとは聞いてないんだけど。
それにしてもこの辺は車が多いな。見つからないようにしゃがんで進んでいるから、通れる幅が限られる今の状態では中々思うようには進めない。
「という事でありまして、今のこの状況は政府によって仕組まれた陰謀なのであります! 我々は政府によって脳にチップを埋め込まれ、操られている! こんな暴挙を許していいわけがありません! ですから皆さん! 私が県知事になった暁には、政府に掛け合い住民の皆さんからチップを取り出してもらうように請願いたします! 是非清き一票を私に!」
「「ア˝ァァー」」
「「ウ˝ゥー」」
バンバン! バンバン! バンバン!
ゾンビが激しく車を叩く音がする。
それにしても、あのおっさん陰謀論者だったのか。脳にチップね。本当だったらどんな技術だよって感じだが、おっさんが言うにはこの県の人間には皆チップが埋め込まれているらしい。
「……」
今の話。思うところが無いわけでもない。
と言っても脳にチップとかそう言う事ではなくて、政府はこの事態について何か最初から知っていたのではないかという事だ。
アメリカでこの事態が起こり始めた時、この日本はまだゾンビのゾの字もなく平和そのものだった。それから一週間経ってから徐々に日本でも報道がされ始めたが、それでも日本政府からの公式発表や注意喚起などは一切なかったのだ。
あの世界的に流行して何年も続いたウイルスの時は頻繁に行っていたと言うのに、今回は全く無いと言うのは違和感を感じる。と言うか違和感しかない。
っと、考え込む時間は無いんだった。夜になったらいくら能力があっても危険だからな。
「じゃあな、おっさん。俺は行くぜ」
何とか通れる隙間を探し、先へ先へと進んで行く。もうすぐ抜けられそうだ。
その時、後ろから驚くような声が聞こえて来た。ふと振り返ると、どうもゾンビを踏み台にしたゾンビがおっさんの足を掴んだらしい。このままじゃすぐ咬まれてしまうだろう。
「……はぁ、しゃーねーな。ちょっとだけ手かしてやっから、上手く逃げろよ。おっさん」
俺は右手をオッサンの居る方の地面につけて、能力で地面に沿って凍らせていく。能力を見られるわけにはいかないので派手には出来ないが、これで奴らの体温が下がって鈍くなるはずだ。その間に逃げられるかどうかはおっさんの身体能力次第かな。
遠めなので良くは見えないが、俺が使った能力でゾンビ共はちゃんと動きが鈍くなってくれたようだ。おっさんもそれに気づいたのか、足を掴んでいた手を振り払うとさっさと車から飛び降りて逃げて行った。
わけわかんねぇ事やってるおっさんだったけど、少し前まで一緒にいた化け物女より遥かにマシなので、ここで助けられたのはちょっと気分が良い。
「さてと、それじゃあさっさと商店街に行きますか」
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
その後、数十分してから俺は商店街に到着した。おっさんの演説会場があったあの後からは特にゾンビに鉢合わせる事も無く、途中で蝶々なんかも飛んでいたりして平和そのものだった。
「はあ、でもちょっと疲れたな。運動不足か? まあいいや、それよりさっき見た奴らがまだこの辺に居るとは考えにくいし、奥まで進んでみた方がかち合う確率は上がりそうだな。ちょっと腹減って来たし、その辺の店で何か調達しながら進むか」
前にも言った通り、商店街の中には通行禁止にも拘らず車が入っていて、そのまま放置されている。
ここの商店街はどこそこで聞くような寂れた始めたような商店街ではなく、逆に多くの人で賑わい近代的に発展していっていた。まあ、それだけこの町にも県にも他に遊べる所が少ないって事なんだけど。
「コンビニ……は、もう商品が漁られた後か。お菓子類は全く無いし、それどころか絆創膏なんかの食べ物以外の商品も全部無くなってるな」
この辺りはやっぱりさっきの奴らの縄張りらしい。多分この辺で食料やら必要な物資を調達しているのだ。だから恐らくこの辺りで待っていればその内姿を現すと思うのだが、さっき来たばかりで今日またここに来るとは到底思えない。それに俺が緑川と一緒に居るのを見ていたので、俺もアイツと一緒で化け物だと思われた可能性もある。あの時の反応からして緑川が化け物だと言うのは知っていたようだし、当分近づかないようにしていてもおかしくない。
「やっぱりこっちから探しに行くしかないか。とは言えこの辺の地形には詳しくないし、スマホはネットが使えないために地図が見れないので置いて来た」
となると紙の地図が欲しい所なんだが。
「紙の地図なんてどこに売ってあるんだ?」
さっぱり分からん。
「こりゃあ前途多難だな」
俺は土産物屋にまだ残っていた丸い羊羹の包みを開けて、淵に見える水っぽい透明の部分を見ながら考える。
「うーん……。まあ、腹が減っていては何も浮かばんな。あむ」
甘っ!
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます