第28話 K大学病院

 翌朝。相変わらずよく晴れた空の朝日を浴びながら、俺たちはK大学病院へと出発した。


 ハーレーに乗って緑川の家の前の道路に出ると、放置された車の間を縫うようにして大通りを目指す。


 K大学病院は、流石に大学病院というだけあって大通りに面した場所にある為、大通りに出さえすれば後は道なりに進むことで到着できる筈だ。


 後ろに乗っている緑川に振り落とされたりしない様にしっかり掴まっていろと言いながら、時に狭い車の間を通り抜け、時に歩道を進み着実に近づいて行く。


 しかしながら、昨日に引き続きゾンビの姿も死体も殆ど見えない。流石に中央に向かうと全くいないという事は無いのだが、放置された車の数からみてもそんなに多くの人が脱出できたわけではないことは一目瞭然なので、それらの人々がどこに消えたのかがものすごく気になる。


「緑川! もし余裕があるなら周りを注意深く見ておいてくれ! 何か見つけたら教えてくれると助かる!」

「わかりました!」

 

 実際に緑川に何かを見つけてもらうのを期待しているわけではない。ただ、俺が前を向いている間に横からの襲撃などが無いとも限らないから、注意をしてもらうためにそう言ったのだ。

 ハーレーは格好いいのだが、どうにも音の割に加速が遅い気がする。障害物が多くて止まりながら進んでいる為、走るゾンビなら十分襲いかかってこられるだろう。


 しばらく進んで行くと、大通りの両端に大きなプラスチック製のアーチ天井が特徴的な商店街が見えて来た。ここは普段は歩行者のみ通行可能で、休日になるとそれなりに賑わう場所だ。この町には詳しくないが、この商店街は一度だけ来たことがあるので覚えている。


「商店街の中も酷いあり様だな。車が通れる幅があるからここを進んで行こうとしたのか」


 いつもは歩行者しか通れない商店街の中に何台もの車が並んでいる。騒ぎが大きくなってルールなんて気にしてられない住民たちが、渋滞を避けようとして入って行ったのだろう。

 結果、結局ごった返す人で足止めをくらって車を放置して逃げる羽目になったと言ったところだろうか。


 今のところは襲われることもなさそうなので、少しだけ立ち止まって商店街の中を見てみる。すると、車の陰に何かが動いたような気配を感じた。


「何かいる。ゾンビか?」

「……いえ、どうやら違うみたいですよ」

「ん?」


 緑川が指さした方向を見ると、商店街の店の中から出てくる若い男女の姿があった。

 抱えているのはこの店で売っていた県を代表するお菓子だ。あそこは土産屋だったのか。


 土産物から出て来た彼らは、こちらが居る場所に障害物が少ないこともあって直ぐに俺たちの存在に気付いた様子だった。だが、なぜかこちらを見て慌てた様子で足早に逃げて行く。


「なぜ彼らは逃げて行くんだ? 俺たちは武器を持っている様には見えない筈だし、こういう状況なら生きている人間に出会えば話しかけてきそうなもんだけどな」

「さあ? 何かやましい事でもあったんじゃないですか? 実際今もお店からお菓子を盗んでいたみたいですし」

「ふむ……」

「逃げてくのをいちいち追いかける必要も無いですよ。さあ、早く病院へ急ぎましょう!」

「……ああ、そうだな」


 エンジンを掛けたままにしてあったバイクに跨り、再び大通りを直進する。ここまで近づけば有名なK城が見えてくるはずだ。


「お城は相変わらずか。緑川、もうそろそろ病院だ。何があってもいいように身構えておけよ」

「はい」


 この辺りは城の高さを超えないように建物の高さ制限がされているので、景観はスッキリしていて気持ちがいい。

 そう言えば京都ではこんな風に城は無いが、まっすぐの道が網の目状になっているので、他県の人が行くと不思議と道を走っているだけで何とも気持ちがいい気分になれるそうだ。近所のおじさんが言っていたことなので本当かどうかは分からないが、本当なら一度行ってみたいものだ。


 城を見ながら辺りを警戒して進む。ゾンビの姿は相変わらずまばらだが、確かに彷徨っているので油断は出来ない。

 そうこうしているうちに、目的地であったK大学病院の入り口門に到着した。案の定門は固く閉ざされており、その前にはいくらかの死体と腐った亡者の姿が見える。


「マズいな。これは正面は突破できないぞ」

「能力を使えばいいのでは?」

「誰が見ているか分からないのに簡単には使えない。それに門で侵入を拒んでいるのに、壊してしまったらゾンビ共が入れるようになってしまうだろ?」

「そうですか。ではどうやって中に?」


 取れる方法としては2つだ。裏門に回るか、ここでバイクを乗り捨てるか。

 裏門に回るなら運が良ければバイクはそのまま通れるだろう。だが運が悪ければ時間を無駄に使う事になる。

 逆にここでバイクを乗り捨てれば簡単に中に入ることは出来るだろうが、帰りにバイクが使えないかもしれない。


「よし、バイクはここに置いて行こう」


 考えた末、バイクをここに置いて中に入ることにした。

 時間がもったいないし、もしこちらにゾンビが集まってしまってバイクまで近づけなくなったとしても病院の中にはいくらか使える車両は残っているはずだ。脱出時が2人以上の場合も考えると、結局バイクでは脱出できないだろうしな。


「少し間引くからその間に柵を越えるぞ。行けるか?」

「行けます」

「よし。凍れ!」


 俺は手から氷のつぶて入りの冷たい風をゾンビ共にぶつける。すると、ゾンビ共は急な冷気によって体中の水分と血液が固まり、動けなくなった。コイツ等はすでに死んでいるので、体温が異常に低い。そのおかげで動きを鈍らせるにはこんなもので十分効果的なのだ。


 身体能力が高いのか柵を軽々と越える緑川を見送り、そのあとに続く。敷地内に入ると流石大学病院と言った感じの広い駐車場があり、車が整然と並んでいた。ここはどうやら早くから門を閉め切っていたらしいな。でなければこんなに車が綺麗に並んでいる筈はない。誰だか分らんが良い判断をしたものだ。


「ゾンビの姿も今のところは見えないな。それで弟の病室は何階だ? と言うかどの建物だ? 俺は来たことが無いから分からん。案内頼む」

「弟が居るのは西病棟です。でも、まだここからじゃ見えません。このまま左に行く道に沿って行けば西病棟に着くはずです」

「わかった。それじゃあ警戒しながら西病棟まで進むぞ」

「はい」


 言われた通り左に続く道を慎重に素早く進んで行く。するとしばらくして右に曲がるようにカーブがあり、その先にチョコレートにクリームをぶち込んだような色の立派な建物が見えて来た。あれが西病棟だろうか。


 後はこのまま真っ直ぐ進めばすぐに辿り着けそうだ。だが、一つだけ問題がある。そこに続くまでの道に、おそらく人間のものであろう臓物がいくつも転がって血まみれになっているのだ。


「これはゾンビの仕業じゃないな。もっと別のヤバい奴の仕業だ。進化した奴がこの病院内に潜んでいやがるのかもしれない。近くに居る可能性もある。離れるなよ緑川」

「は、はい」


 臓物を避けながら慎重に進む。腐りかけの肉の吐き気のする臭いに腹の中からこみ上げて来るものがあるが、ぐっと我慢するしかない。吐いたら間違いなく臭いで気づかれる。


 ちらりと後ろを見ると、緑川は散らばった臓物をじっと見ながら付いて来ている様だった。俺は鼻がもげそうなので鼻をつまんで歩いていたが、緑川は平気らしい。その鼻は飾りか?


 慎重に進んだおかげか、結局化け物に出くわす事無く西病棟に到着することが出来た。一応外から中を覗いて何も居ないのを確認して中に入る。

 中は外とは違って臓物が転がっているという事は無かったが、何かを引きずったであろう血の跡が廊下に一直線に続いていた。


「化け物め、この病棟の患者を引っ張り出して臓物をばら撒きやがったのか」

「弟は8階の病室に入院していました。急ぎましょう」

「ああ。無事を祈った方がよさそうだ。ちゃんと祈っとけよ」

「……」


 俺が歩き出すより早く緑川は一人でスタスタと階段の方に歩いて行く。エレベーターは使わないのかと思ってボタンを押してみると、どうやら電気が来ていないらしく呼び出しボタンが光らなかった。


 どんどん上って行く緑川を追いかけながら、各階を少しだけ覗いてみる。何処の階も異様に綺麗で、階段に続いている血の跡以外はこの事態が起こるより前の状態そのままと言った感じだ。


 人の気配はない。でも争った形跡は少しも見当たらない。


 不気味だ。


 息1つ切らさずに上り切った緑川の後ろで、俺は少しだけ息を整える。まだまだ若いはずなのだが、このお嬢ちゃんの体力は成人男性以上はあるらしい。疲れた様子も無くさっさと先に進んで行く。


「ここです。この特別病室に弟は入院していました」

「特別病室? 確か一日で万単位の金が掛かるんじゃなかったか? 君の家は結構金持ちなんだな」

「さあ? それより金芝さん。中に何かいるかもしれません。私は後から入りますので、先にお願いできますか?」

「ああ、もちろんいいとも」


 ゆっくりと病室のドアに手をかけ、左ににスライドして行く。

 個室だと言うのにカーテンが掛けられていて、入り口からではベッドの上が見えない。中に入って行ってカーテンを開けるしかなさそうだ。


「開けるぞ」


 勢いよくカーテンを開ける。これで居なければ既にどこかに避難した後か食われたという事だ。さて……。


 シャー!


「? あっ! お姉ちゃん!」


 そこには、臓物を両手に持って口元を真っ赤に染めながらニッコリと笑う、まるで純粋そうな少年の姿があった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る