第27話 不気味な静けさ

 騒音軽減のためか、それともその他に理由があるのか、街と漁港の間には少しばかり森があり、漁港を出てからはこの真っ直ぐ続く道のみが見えている。


 道を歩いていると、所々に細い一本道で民家に繋がっていたり倉庫らしき場所に繋がっていたりと、恐らく漁師の方々が住まわれているんだろうなという網や大きな発砲スチロール製の浮きが所々に見られた。


 この漁港の周辺に住む人間はみんな町の方に逃げてしまったのか、それとも漁港に向かってしまってあの化け物に取り込まれたのか。どちらにしろ、道路にも何処にも血の跡も無ければ腐った死体も居ない。


「これなら街に着くまではスムーズに進めそうだ。緑川、ここから君の家までは歩いてどれくらい掛かるか分かるか?」

「はい。私が漁港に来た時も歩きで来たのですが、恐らく30分ぐらいだったと思います。私その時スマホも時計も持って無かったので、体感の時間になってしまうのですが……」


 なるほど、歩きで30分なら意外に町までの距離は近いのかもしれない。


 森の木々の密集度合を見ても、森からいきなりゾンビが現れるという事もなさそうだし、何よりこの道は開けている。油断はしない方が良いが守り易くはあるので、ある程度気を抜いていてもよさそうだ。


 一切の談笑もせずに歩き続けていると、20分もした頃には周りに家などの建物が多くなってきた。

 相変わらずゾンビの気配も人間の気配もない。それどころか犬などの動物の姿も見えない。


「静かだな」

「ですね」


 一つ目の交差点。歩行者の青信号が点滅して信号が変わることを伝えている。辺りには放置された幾つかの車と、何かの紙の残骸。新聞だろうか? が、風に舞っていた。

 氷の壁のある方向から冷気が降りてきている為かどこか肌寒い空気を感じながら進んで行くと、左側に中規模のドラッグストアが見えた。

 車が事故を起こしたのか、駐車場で黒い煙が上がっている。物資を漁りに来たか、それとも薬を求めてか、どちらにしてもかなりの数の車がドラッグストアに押しかけて来ていたらしい。なかには店の中に突っ込んでいる車もある。


「凄い荒れようだな」

「ですね」


 だが不思議なことに、車はあるものの死体やゾンビの姿が無い。血の跡はあるのでここで襲われた人間が居たはずだが、骨の一本もないとはどういう事なのだろうか。


「君は漁港に行く時にもここを通ったんだろ? その時からこんな感じだったのか?」

「はい。前に私が見た時も今とまったく同じでした。だから一つの怪我もせずに漁港に辿り着けたんです」

「……なるほど」


 この辺りは主要な道路からは離れているが、ここまで静かなのはどこか別の場所で反動が来る前兆なのだろうか? まさか病院に着いたら山のように巨大なゾンビが襲って来たりしないだろうな?


 しかし、ここは一週間以上前からこんな状態なのか。……ふうん。


「まるでゴーストタウンだな」

「ですね。あの、すみません。少しだけお手洗いに言って来ても良いでしょうか?」

「手洗い? 構わないが、外はともかく中にはまだゾンビや化け物が居る可能性がある。そうなると危険だから俺がついて行くことになるが、大丈夫か?」

「はい、構いません。安全が第一ですからね」


 無理やりこじ開けられてそのまま電気が止まったのか、全開になっている両開きの自動ドアの場所から中に入る。

 店内は予想通り荒れ放題の散らかし放題で、あらゆる商品が床に散らばり、商品棚がいくつも倒れていた。

 幸いトイレは入り口から入ってすぐ左の場所にあったので奥に行く必要は無かったが、店内のどこにゾンビが居てもおかしくないので警戒をしておく。


「では行ってまいります」

「ああ、いや待て。もしかしたらトイレの中に潜んでいるかもしれない。先に俺が確認するから君は安全が確保出来てから入ってくれ」

「あ、で、でも」

「今更女子トイレがどうとか言ってられないだろ? 個室を全部調べたらすぐに出るさ」

「わ、分かりました。ではお願いします」


 やはり女子トイレに男が入るのは女子としては気になるだろうが、仕方がない。

 俺は女子トイレの入り口に緑川を待たせたまま中に入って行く。すると、入った瞬間から衝撃のグロ映像が目に飛び込んで来た。


 まるでスプラッター映画のワンシーンの様に人間の手足がそこら中に飛び散り、その上胴体は積み木のごとく縦に積み上げられている。何処からどう見ても何者かの手による仕業にしか見えない。ゾンビはこんな事をする程の頭は無いし、もしや進化して知能が発達した者が現れたのだろうか。


 部屋中の壁に飛び散る血の乾き具合から、この死体の山が作られたのはだいぶ前だという事は間違いない。そいつがまたここに戻って来るかは分からないが、どちらにしろここに居るのは良くない気がする。


「ここはダメだ。他の場所に行こう」

「でも私もう我慢できなくて。ごめんなさい!」

「あ、おい!」


 俺の横をすり抜けて緑川がトイレの中に入って行く。出来ればあんなもの見せたくなかったのだがな。


 中から何かを吐くような音が聞こえてくる。あの死体の山を見て気持ち悪くなってしまったのだろう。もう中に入ってしまったのは仕方がない。俺はあのスプラッターをやった奴が近づかないように見張っておこう。


 吐く音が聞こえなくなり、しばらく経ってから蛇口の水の流れる音がした後に緑川は出て来た。顔色はすっかり悪くなっていて、今にも倒れそうに見える。


「大丈夫か?」

「はい……大丈夫です」

「そうか、ならいい。言っておくが休んでいる暇はない。トイレのアレをやった奴も近くに居るかもしれないからな。夜までに君の家に着かなければ夜通し起きておかなきゃならなくなる」

「はい」


 緑川はどこか青ざめた顔をしつつもしっかりと頷くと、そのままスタスタと一人で店の外に出て行ってしまった。機嫌を悪くさせたか、それとも体調が悪すぎてよく分かっていないのか。


「ん?」


 出て行く緑川の肩に血が付いている。トイレの中で付けてしまったのか。

 

 それにしても、白いシャツに血の赤が目立つ。


 俺は最後にもう一度トイレの中を覗き込んだ。中はさっきと変わらず死体が積み上げられていて何処にも変化は見受けられなかったが、どこか血の臭いに満ちていた。


「……」



 ◇ ◆ ◆ ◆


 漁港を出て50分、午後4時2分に俺たちは緑川の家へと到着した。


 途中ドラッグストアで少しばかり時間をロスしたものの、まだ完全に日は上にある。本当はもう少し時間が掛かるかと思ってたのだが、ドラッグストア以降どんどん街中に近づいているにも関わらず、ゾンビも化け物も全く姿を見せることが無かったので、思ったより早く到着したのだ。


 緑川を先に家に入れてバイクの鍵を持って来てもらってガレージに向かうと、そこにあったのはまさかのハーレー。黒いボディが美しく輝いている。


 俺はハーレーがちゃんと動くかどうかエンジンを掛けて確認しつつ、今日ここまでの事を考えていた。


 いきなり朝倉が家に来て、あれよあれよという間に船に乗ってこのO町まで来た。そこから化け物に襲われ、篠田さん達と離れてしまった後に緑川を見つけて今ここだ。


 こんな予定じゃなかったんだがなぁ。本当なら今頃は家で子供達と映画を見ながら菓子でも食ってダラダラしていた筈なのに、どうしてこうなったんだか。


 それにこの街。漁港からここまで全くゾンビが居なかったことが不気味過ぎる。

 道路も所々血は付いているもののどうにも綺麗すぎる気がするし。まるで何者かが綺麗に掃除して行ってるようだ。


 今もこうしてエンジンを掛けて爆音を響かせていると言うのに、気配も何も全くない。


「不気味だ」


 そう呟きながら、俺は着々と確認作業を進めて行く。


 窓からじっと俺の事を見ている緑川に気付かないまま。

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