第26話 計画変更

 こんな漁港に高校生ぐらいの女の子がいるのがすごく不思議でたまらないが、一人で行動していて、しかも一週間以上も生き残っているのはもっと不思議だ。

 

 ぶしつけに全身を眺めてみる。どう見ても武器を持っているようには見えないし、大きな荷物もないので食料だって持っていなさそうだ。


「君はどうしてここに居るんだ? 避難してきたにしては他に人も居ないようだし」

「私は……家族に置いて行かれてしまって……。だから残ってた食料を全部持ってここに隠れてたんです。最初は船でここから逃げられると思ったんですけど、あの化け物が居て動けなくなって……」

「なるほどな……」


 親に見捨てられるとは。元々仲が悪かったのか、それとも動転して気づかなかったのか。どちらにしろ見つけてしまった以上はこの娘を安全な所に送るべきだろう。

 本当なら壁の通路から向こうに出してやりたいところなのだが、生憎この近くにはK町に続く通路が無い。となればヘドロをどうにかして船を奪還するか。


 そうと決まれば話は早い。船を奪還すべく少女と一緒に俺たちが乗って来た船の場所まで移動する。

 そして、こちらを見つけて襲ってこようとしたヘドロを瞬間冷凍して粉々に砕いてやった。


「さあ、これで脱出できるはずだ。君は船で脱出するつもりだったんなら、少しは船の操縦について知っているんだろう?」

「いえ、その……漁師の人にお願いしようと思ってました」

「……まあ、そりゃそうか。ちょっと動かせるかどうか見てみる。そこで待っていてくれ」

「はい……」


 さて、車の運転ぐらいは出来るが船はどうだろうか。こんな事になるなら船長が運転している姿をちゃんと見ておけばよかった。


 船の操縦席を見てみたが、良く分からない計器がたくさん並んでおり、舵取り用のハンドル以外はサッパリ用途が分からなかった。これでは動かすのは難しそうだ。

 とにかく一度エンジンを付けてみようと、鍵に手を伸ばす。するとそこにあるはずの鍵が無い。


「チッ、あのヘドロ」


 ヘドロはどうやら鍵を包んでしまっていたらしい。鍵を包まれた状態で凍らせて砕いてしまった為、鍵が根元からポッキリと折れてしまっている。これではエンジンを掛けられない。


「駄目だ。この船はもう動かせない。仕方がない、少々危険だが、壁沿いに歩いて通路から向こうに脱出しよう」

「あの、一つお願いがあるのですが」

「お願い?」


 嫌な予感がする。


「実は、K大学病院に弟が入院してるんです。脱出する前に何とか弟の居るK大学病院に行かせてもらう事は出来ないでしょうか?」


 K大学病院というのはこの町に詳しくない俺でも知っている県内で一番有名な大学病院だ。流石に大学病院というだけあって金があるのか、病院の立地はこの町の中心部で、役所がある場所に近い辺りになる。つまり徒歩で移動するとなるとかなり時間が掛かる距離という事だ。


「君の願いを叶えてやりたいところだが、流石に距離がありすぎし危険だ」

「お願いします! もし駄目でも、せめて最後に一目だけでも顔を見ておきたいんです!」


 今まで静かだったのに急に大声を上げる少女に戸惑った。ここまで声を上げるという事は、本当に弟君の事が大事なのだろう。さっき両親に置いて行かれたと言っていたし、弟君はこの娘にとって家族の中で唯一の味方だったのかもしれない。それならこの態度も納得だ。


 だが、この娘が一緒に町の中心部に行くのは自殺行為でしかない。

 人が多い中心部なら漁港の化け物クラスが何匹いてもおかしくないし、それを上回る化け物も居るだろう。それを搔い潜って行くのは至難の業だ。下手したらたどり着く前に食われるかもしれない。


「なあ、さっきの化け物を見ただろう? あれは何人もの人間やゾンビや動物を取り込んでいたんだ。だからもしかしたら弟君はもう弟君だと判別がつかない姿かもしれないんだぞ。それでも行くのか?」

「はい。たとえ弟の姿が分からなくなっていたとしても、それでも行きたいです」


 弟が無事な確率は限りなく0に近い。もしかしたらさっき見た化け物のように姿を変えている可能性だってある。それでも大学病院に行きたいという彼女。

 心の中で面倒くさいと思う自分と、子供を助けるべきだと言う自分が戦っている。


 ……ふぅ、守れるだろうか。


「分かった。それじゃあ脱出の前にK大学病院に行こう」

「本当ですか!」

「ああ。ただし一つ言っておくが、俺は決していい人じゃない。この町に来たのも仕方なくで、目的の物と人物を回収する以外するつもりも全くない。だからこれから先、生きている人が助けを求めて来ても見捨てることもあるだろう。それについて文句は言うな。もし文句を言うようなら即座に君を脱出させる。病院には行かせない」

「分かりました。貴方に従います。絶対に文句は言いません」

「よし。それでいい。そうと決まれば自己紹介だ。俺は金芝氷雨かねしば ひさめと言う。よろしくな」

「私は緑川美紅みどりかわ みくと言います。よろしくお願いします」


 挨拶を済ませると、美紅は一度自分が拠点にしていた倉庫のような建物の中に入って行った。中にはお菓子やパンの袋が綺麗に一か所にまとめられている。これで一週間もたせたのなら相当な空腹に襲われているだろう。


 俺は持って来ていたバッグからカロリーバーと飲み物を取り出して美紅に渡した。飲み物はスムーズにエネルギーを取れるようにスポーツドリンクだ。


「これを食べておけ」

「いえ、お腹は空いてませんから大丈夫です」

「駄目だ、ちゃんと食え。ここからは長丁場になる。途中でへばられたら俺が迷惑だ」

「……分かりました。有難くいただきます」


 カロリーバーとスポーツドリンクを受け取った美紅は、すぐに封を開けると一心不乱に食べだした。

 やはりお腹がすいていたのだろう、自分ではそんなつもりは無いのかもしれないが見た目に反して豪快な食べっぷりだ。


 彼女が食べている横で、俺はバッグから地図を取り出して広げる。ここに来る前に朝倉に渡されたO町の地図だ。 


「食べている間に聞いてくれ。俺たちは今この漁港に居るわけだが、目的のK大学病院までは大通りを進んでも車で20分は掛かる。という事は徒歩だと2時間半程度は掛かることになるだろう。当然だが街にはこの漁港に居た化け物のようなものがうようよ居るだろうから、下手したら倍以上は掛かるかもしれない。つまり俺たちは先に移動手段を見つけなければならないという事だ」

「……」


 口にものを含んでいるので何も喋ってはいないが、うんうんと頷いていることから話はちゃんと聞いている様子だ。それを見て俺は話を続ける。


「さて、ではその乗り物はどんなものを使うのかという話だが、まず車は使用しない方がいいだろう。経験上、車は壁から反対方向に向かって行くにつれて多く放置されている。つまり中心部に近づくにつれて身動きが取れなくなり、敵に囲まれてしまう可能性が高い。となるとバイクか自転車だが、自転車は小回りは利くがスピードが出ないので、漁港の化け物や進化したゾンビ共には追いつかれてしまう。なので俺たちが探す移動手段は2輪の中型バイクになる」

「……」

「問題は何処を探せばいいかだ。この地図には流石に何処にどんな店が有るかなどの詳細な情報は書いてない。君の記憶を頼りにバイクショップを探すか、それともどこかの民家から拝借するかになる」


 そこまで話したところで、ちょうど食べ終わったのかスポーツドリンクをゴクリと飲んで一息ついた彼女が口を開いた。


「あの、それでしたら私の家に行けば父のバイクがあるかもしれません。家を出る時ガレージを見たのですが、その時は車が無かったのでバイクは置いたままになっていると思います」

「そうか、それならちょうどいいな、君の家で色々と調達して病院に向かうとしよう。出発の準備はいいか?」

「あ、はい。いつでも出発できます」

「よし。それじゃあ早速出発するぞ。目標は夜までに君の家への到着だ」


 建物から出て、ついさっき篠田さん達が向かった漁港の出口へ続く道を歩く。

 

「篠田さん達も無事であればいいが……俺の事を探しに来るかもしれないから、一応書置きを目立つところに置いておくか」

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