第25話 生き残っているのは大体美少女の法則

 白い軽トラが颯爽と猛スピードで漁港を走り回る。フロントガラスに反射する初夏の太陽はキラキラと輝き、澄んだ綺麗な青空と青い海を横目に走る姿は何とも気持ちのいいことだ。これで後ろから黒くて巨大な化け物が追いかけて来ていなければ最高だったのだが。


 車が猛スピードで漁港からの脱出を図る中、荷台に乗っている俺達4人は後ろの化け物を観察していた。

 真っ黒な巨体の所々から細い腕や足が飛び出している。見たところ人間以外に動物も混じっているようで、黒い液体にまみれた犬の頭部らしきものも見える。


「あれは人の足か!?」

「あ、あっちは犬の顔ですよ!? 何なんですかこいつは!?」

「俺は見たことあるぞ、あれは確か……あー、有名なアニメの、おー、ほら兄ちゃんアレだよアレ、猪の。あー、なんじゃったかのぉ?」

「アニメ? イノシシ? あー、たぶん違いますよ船長さん。あれも気持ち悪いですけど、少なくともあんな人間の足やら犬の顔やらは生やしてませんて」


 言われてみればよく似ている。四足歩行で腕と足を駆使しながら這いずって近づいてくる様は、あの映画の猪が変身した化け物にそっくりだ。


 だが、あれは恐らくゾンビが進化して生まれた化け物であって、猪が変化したものではない。葵から聞いたゾンビを食べるゾンビの話、そこから考えると、他のゾンビやら人間やら動物やらを片っ端から吸収してああなったのだという事は想像に容易い。

 

 しかし、ついこの前まで俺が居たT町にもこんな風に急速に進化したゾンビは居たが、人間の形をなくすほどに進化するのは些か早すぎるのではなかろうか。この分だとこのO町ではゾンビ以外の化け物が蔓延っていてもおかしくは無い。流石にどんなものかも分からない化け物から調査隊の皆を守り続けるのは困難だ。


「これはあまりにも想定外すぎる。篠田さん、ここは一旦K町に戻って対策を立てた方がいいのではないでしょうか?」

「それは私もそう思うのですが、あれを見てください」


 篠田さんが指さしたのは俺たちが乗って来た船を停めていた場所だった。

 言われた通りその場所を見ると、乗って来た船の後ろの部分に真っ黒なヘドロのようなものがうごめいている。


「ああ、俺の船が!」

「どうやら船は奴の仲間に占拠されてしまったらしい。あんなものをK町に持って行くわけにはいかないし、そもそも動くかどうかも分からん」

「つまり僕たちは簡単に戻ることは出来なくなってしまったってことですね」

「そうなるな。他にも船はあるが、流石に船の鍵は事務所にも無かった。つまりあと私たちに残された確実な脱出手段は前回の捜索隊の乗って来た船を見つけることだけと言う訳だ。調査隊の船はともかく、捜索隊の船は今回と同じようにいつでも逃げられるように鍵を掛けたままにしてあるはずだからな」


 前回の捜索隊の船を使うという事は、今と同じかそれ以上の化け物が出てくる可能性が高いという事を意味している。そんなに人が居たとは思えないこの漁港にあれだけの化け物が居るのなら、普通の港にはこれ以上の化け物が居ると思うのが自然だろう。


 このまま港に向かうのは正直俺としては止めてほしい所だ。しかし、能力を使わずに町に潜伏するのは危険が大きすぎる。

 このO町は隣町ではあるが、こちら側に用事があることは殆ど無かったのでどんな施設があるのかも道がどうなっているのかも分からない。こんな軽トラにカーナビが付いているはずも無いし、もし道を間違ってしまえば能力を使わざる負えない状態になってしまう可能性は非常に高い。


 一般人にバレるのであればまだいい。だがここに居る連中のような組織に所属した人間に俺の能力がバレてしまうのはリスクが大きすぎる。捕まっていいように使われるのはごめんだ。


「くそっ! 振り切れないか! おい、もっとスピードは出せないのか!」

「無理です! これ以上スピードを出したらどこかで曲がれなくなってそれこそアウトですよ!」

「このままでも追いつけはしないでしょうが、こいつに追いかけられたまま街の方に出るのは危険ですね。向こうでも何かが起こっているのは確実でしょうし」

「しかし、どうにか奴を撒こうにもここは直線的すぎる上に障害物も少ない。何とか少しでも足止めが出来ればいいんだが……」


 仕方がない。いや、ある意味好都合か。


「では私が囮になりましょう。皆さんはその間に逃げてください」

「なっ!? 何を言い出すんですか金芝さん! 民間人の貴方にそんなことさせられませんよ!」

「でも、誰かが囮にならないとこの漁港から出ることは出来ませんよ。私はそこそこ逃げ隠れするのには自信があるんです。絶対に死にはしませんから、皆さんは船の確保に向かってください」

「しかし、それなら訓練を受けている我々の中の誰かが残った方がいいはずだ。ここは私が囮になるから、金芝さんは皆と一緒に港の方に向かって下さい」

「篠田さん何言ってるんですか! だったら僕が残ります。指揮官が居なくなるよりは何倍も良いはずだ!」


 民間人の俺にそんな事をやらせるよりはと篠田さんが言い出し、指揮官が居なくなるぐらいならと今度は萩野さんが自分が残ると言い出す。このままでは話は平行線のまま時間はどんどん過ぎて行ってしまいそうだ。そう思った俺は、軽トラが旋回するために減速した一瞬を狙って荷台から飛び降りた。ちゃんと受け身は取ったが、減速していたとはいえスピードは結構出ていたので体中が痛い。


「何をしているんですか金芝さん!? おい、車を止めろ!」

「いや! 止めずにそのまま行っててください! さっき言ったように私が囮になって奴を引き付けます! なあに近くに建物もありますから上手く逃げ切って見せますよ! だから私の事は心配せずに早く!」

「篠田さん。行きましょう」

「橋本! お前自分が何を言っているのか分かっているのか!」

「分かっていますよ! ですがこのままここに止まっていれば、せっかく金芝さんが危険を冒してくれたのにそれがすべて無駄になってしまう! いいんですかそれで!」

「……クソっ! これより漁港を脱出して市街へと向かう!」

「了解!」


 止まっていた軽トラが再び動き出した。あれは旋回するルートではなくこの漁港を出て行く道。つまり篠田さんは俺を置いて行く決心をしてくれたという事だ。

 と、そんなことを悠長に考えいている時間もない。目の前に迫ってきている化け物は相当に足が速いので急いですぐ近くの建物に隠れなければ。だが、引き付け役を買って出たのだ、ここで軽トラの方に行かれないように挑発はしておこう。


「おら! こっちだ化け物!」


 俺は近くにあった石を化け物のスライムのような体に向かって投げつける。すると案の定生きたエサが居ると狙いを俺の方に変更してきた。

 能力を派手に使うには近くの建物の裏に行って軽トラから絶対に見えないようにする必要がある。そこまでは俺の脚力を信じて走り切るしかない。


「ヴャアアアアアァァァァァ」

「ハァ、ハァ、もう少しだ!」


 化け物の機械で作ったかのような気持ち悪い声を後ろに聞きながら、全力で建物と建物の間にある狭い通路を駆け抜ける。

 ブチュブチュと音を立てて体をすぼめながら隙間に入って追って来る化け物。すぐに通路は抜けるはずだ、そこまで出たら氷柱を使って海に落とす!


 隙間に入って動きづらいはずなのに、奴から発せられる音がだんだんと近づいて来るのが分かる。

 掴まれたら終わりだ。


「もう少しだ! ッ!!!?」


 掴まれた!


「ちくしょう!! 汚ねえ手で触んじゃねえ化け物が!!!」


 右足を軸に回転しながら瞬時に形成した氷のブレイドで右腕を掴んでいる奴のゾンビ腕を切り飛ばす。そして自分の目の前に短時間で作れる薄い氷の壁を作り、突っ込んで来た化け物と自分の間に設置した。当然俺は壁一枚挟んだ状態で化け物のタックルを受けて吹っ飛ばされる。


「ぐあっ!?」


 勢いが強すぎたタックルは俺の体を浮かせ、十数メートルは吹っ飛ばされる形になった。だがこれで良い。

 俺は着地するであろう地面に氷を張り、摩擦を減らして衝撃を軽減しつつ奴から距離を取る。


 ふと右手側を見ると海が広がっていた。よし、後は突き落とすだけだ!


「こいつをくらえ!」


 奴との距離は10メートル。吹っ飛ばすには少々デカい氷柱を作る時間が足りない。そこで俺は奴の足元から複数の細いとがった氷柱を生成して串刺しにした。

 当然これではゼリー状になっている奴の体は止められない。だが、それでも奴の体にあるゾンビの手や犬の頭等の部分は氷柱によって止められてしまう。


 奴はこちらに向かってこようとして、途中にあるいくつもの氷柱にゾンビ腕や足を引っかけてはその度に動きを止めた。そんなものをそのままにしていたのが運の尽きだったな。


「十分な大きさび氷柱はできた。後はこいつでお前を海に突き落としてやるぜ! じゃあなスライム野郎!」


 対面している奴の左側から直径3mのぶっとい氷柱が勢いよく生成され、奴はそれによって海のある方向へ向かって押し出されて行く。ゼリー状の体も氷柱に触れた所を凍らされてしまえば自由に形を変えられず、そのまま海へと押し出されて海面に落下して行った。


 ドボーン! という音と水しぶきが上がる。だがここで油断してはいけない。氷柱をそのまま伸ばして海にはみ出た部分をカットする。するとカットされた氷柱は海と接触して海面を凍らせ、あっという間にその周辺のみが氷に覆われた。

 近づいて海面を見てみると、やはり奴はコンクリート伝いに上に上ろうとしてそのまま固まっていた。奴が海に落ちたぐらいじゃ死ないのは想定済みだった。完全に芯まで凍ったら粉々に砕いてやる。


「ふぅ。やっと一息つけるな」


 それにしても、初っ端からこれとは先が思いやられる。


 ガタン。


「ッ!? 次から次へと! 少しは休ませてくれってんだよ!」

「……」

「おいおい、そこに隠れてんだろ! 俺を食いたきゃさっさと出てきたらどうなんだ?」

「……あの」

「ん?」

「私、別にあなたを食べたくないです」

「…………あれ? もしかしてゾンビじゃない? てことはつまり……見た?」

「はい、バッチリと見ました」


 Oh……。

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