第24話 捜索開始。漁港に潜む者
「そいえば最近中国漁船が近づいて来たとかって聞かないですよね」
「そうですね。ここ何年か警察にもそう言う情報は全く入ってないです。海保とかに聞いたら分かるんでしょうけど、この辺からは少し遠いせいか情報も回って来てませんし」
「ですよねぇ。それにしても大きい壁だなぁ、どこまで続いてるんだろう。この氷の壁一体何なんでしょうね」
そんな話をしている若い消防隊員と警官の声をBGMに、今俺は小型の漁船に乗って隣町であるO町に向かっている。
今日の天気は晴れ。春は強い風が吹くイメージがあるが、穏やかな海の状態を見ればこの周辺で強い風が吹いていないことは一目瞭然だ。
ゆっくりと氷の壁に沿って進んで行く漁船の乗組員は全部で6名。内二人が消防官、二人が警察官で、それに俺と船の持ち主である船長となっている。
警察官と消防官は見たところ20代前半から後半ぐらいの年齢に見える。俺はこの中では一番の年下という事になりそうだ。指揮官は明らかに一人だけ貫禄と言うか雰囲気が違う警察官が居るので、その人という事になるのだろうか。まあ、何にせよ俺は従う気など全くないが。
「着くまでに時間が掛かりそうだし、その間に自己紹介をしておきましょう。まずは私から。私の名前は篠田と言います。一応上からはこのメンバーの指揮をするように言われています。そして隣にいるのが私の部下の高橋です」
「高橋です。よろしくお願いします!」
まず指揮官だろうと思っていた警察官が自分と部下の紹介をして、次は自分達だと消防官たちが前に出る。
「次は我々ですね。私は消防官の森本です。そして左に居るのが同期の萩野になります」
「萩野です。よろしくお願いします」
消防官たちの自己紹介が終われば次は俺の番だ。面倒だがここで目立つようなことはしたくないので、笑顔を張り付けて無難に自己紹介をする。
「役所の方から同行するように言われてきました。金芝と申します。よろしくお願い致します」
「よろしくお願いします。金芝さん、朝倉さんからは我々とは別行動をとる場合があるかもしれないと聞いていますが、まずは現地の状況を見て危険が無いか判断したいので、申し訳ないですがそれまでは我々と一緒に行動するようにお願いします」
「承知いたしました」
まあ最初から予想していたことではあったが、やはり別行動など取らせてくれそうには無い。向こうは国家公務員で俺は朝倉の紹介があるとはいえ一般人、正義感も義務感も強そうな指揮官の篠田さんが一人別行動を許すとは到底思えない。危険があることはもう間違いないので、どこかでうまい具合に抜け出すしかなさそうだ。
この後船長のおっちゃんの自己紹介があり、その後はO町の港に着くまで消えた調査隊の話をした。そう言えば朝倉からは帰ってきていないとしか聞いておらず、その構成人数もどんな顔をしているのかも知らない。回って来たファイルをパラパラと捲り確認する。当然だが知らない顔ばかりだ。
「最初は3名で調査に行かれたんですね」
「はい、我々警察から1名と消防から2名ですね。彼らにはO町の町役場の方に向かってもらって外からの救援を要請すると言う手はずになっていたのですが、港に上陸した後から連絡が取れなくなってしまっています」
「なるほど。それで次は捜索隊5名ですか」
「前回の捜索隊は警察官が4名と消防官1名で向かい、同じく港についてしばらくしたら音信不通に。携帯電話がつながらない為トランシーバーでやり取りしていたので氷の壁の影響を受けて連絡が取れなくなった可能性はありますが、今回我々は念のため別の漁港から上陸する予定になっています」
携帯電話は繋がらないのか。俺は持ってはいるが普段から使う事があまりないのですっかり忘れてしまっていた。通話数相手もいないしな。
思い出してみれば隣町で助けた連中も携帯電話を使っている様子が全くなかった。という事はつまり俺が向こうに言った時点で既に使えなくなっていたのだろう。
それにしてもこんな災害時に携帯電話が使えないと言うのは致命的すぎるのではないだろうか。地震の多い我が国ではその辺りは万全の対策がされていて、どんな巨大地震でも携帯の電波は途切れないものと思っていたが。
「携帯電話が繋がらないってことは、基地局がやられたんですかね?」
「どうなんでしょう。私もそこまで詳しくは無いのですが、基地局1つがダメになった程度なら町全体で使えないと言う事は無いと思います。恐らく大元の何かに影響があって繋がらなくなってるんだとは思うのですが……」
交換局がゾンビに襲撃されてやられたとかか? いや、だとしても何か違和感がある。このせいで携帯からネットに接続することも出来ないらしい。では他の手段でネットに接続することは出来るのかと言えば、結果は何故か出来なかった。
これは明らかにおかしい話だ。
電話回線を使用したネット接続が出来ないと言うのはまぁこの際いいが、それ以外の手段、例えばCATV回線やら光回線、wifiルーターでも接続できず全滅するという事があり得るのだろうか。絶対にないとは言わないが、俺にはどう考えても人為的に切られたようにしか思えない。
そんなことを考えていると、いつの間にかO町の漁港に到着していた。ここは調査隊と前回の捜索隊が降り立った港から離れた場所にある漁港で、俺たちの居たK町に近く、ここからO町の役場までかなり距離があるので徒歩だと少々キツイ。
漁港には漁船がそのまま綺麗な状態で残されていた。
ゾンビが発生した時間帯が朝だったがために気づけなかったのだろう。漁師というのは朝方から漁に出て昼には帰って来るというスケジュールの場合が多い。漁が終わって家に帰り、その途中か帰ってからかは分からないがゾンビ共にやられてしまったと言う所だろうか。逃げる手段を持っていたのに残念なことだ。
「上陸したらまずは安全を確保します。漁港と言えどこの時間帯でも少しは人影があってもおかしくないはず。それが見えないと言うのはどうも不気味ですからね」
篠田さんの言う通り、漁港には人影は全くない。それはゾンビの姿も無いのと同じだ。奴らに陰に潜むような頭があるとは思えないが、この見晴らしのいい漁港でも油断しない方がいいとは俺も思う。
話し合いの結果、道具などが入っているであろう倉庫の隣にある事務所のような建物を拠点にして一度K町の方に連絡を取ることになった。
「誰もいないみたいですね。でも鍵は開いているようです」
「そうか。とにかく中に入って連絡を付けよう。その間に高橋と森本さんで外にある軽トラが動くかどうか確認して来てくれ。鍵は恐らく事務所の中にあるはずだ。こう言う所は事務所で一括管理してたりするからな」
「了解しました」
事務所に入ると入り口近くのボックスの中に軽トラの鍵が収納されていた。鍵付きのボックスだったが開けっ放しにしていたようだ。
その鍵を持って高橋さんと森本さんが下の階に降りて行く。言われた通りに軽トラが動くかどうか確認しに行ったのだ。
それにしても、近くに人が居ないか探さないでいきなり事務所に侵入したところを見ると、どうも何も事情を知らないと言う訳でもないらしい。少なくとも前の2回で何かに襲われたということぐらいは分かっているのだろう。
だが、それがリビングデッドだとは誰も想像していまい。
さて、軽トラのエンジンをかけて奴らがどれほど集まって来るか。姿が見えないよりは見えていた方がまだ動きやすいので何も言わなかったが、これが吉と出るか凶と出るかは運次第だな。
能力をしょっぱなからぶっ放すことだけはしたくないと思いつつ、船長と一緒に篠田さんと萩野さんがK町のどこかに連絡を取っているのを船長と見守る。
「ではこれから港の方面に向かい、調査隊と捜索隊の捜索に向かいます。オーバー」
「よろしくお願いします。アウト」
どうやら通信は終わったようだ。すると丁度いいタイミングで下から車のエンジン音が聞こえて来た。軽トラは動いたらしい。
その音を合図に全員で下に降りると、何故か車は一台しか来ていなかった。運転席に森本さん、助手席に高橋さんが乗っていて、二人はかなり焦った様子だった。
「どうした、何故一台しか持って来ていない」
「すみません、篠田さん。説明は後でするので取り敢えず皆さん荷台に乗ってください!」
「なに?」
「早く! 奴に追いつかれます!」
一体何を言っているんだとトラックが来た方向を見ると、俺を含めた全員が絶句した。
そこにはまるでヘドロの塊のようなものに手足が生えている巨大な化け物が、這いずるようにしながら結構なスピードでこちらに向かって来ていたからだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます