第21話 天国と地獄

 アメ車に乗ったのと腹減りが解消されたので、テンションが爆上げになっていたのもあったが、冷静になってみると駐車場はとんでもない光景になっていた。


 上半身だけで這いずるゾンビから、既に頭のみのゾンビまでその様はまさにスプラッター事件の現場のようだ。


「見なさいよ。一面血だらけで真っ赤じゃない。私、人生で血の海って言うのを見るとは思ってなかったわ」

「血の海もそうだけど、俺は臭いが……おえっ」


 さっきまで車の回転で酔いに酔いまくっていた二人も、少し時間が経って落ち着いたのかわざわざ俺に小言を言いに来た。血の海なんて小言の内に入るだろ? え? 違う? あ、そう。


 葵たち三人は大量のゾンビの対処で疲弊しきっていたので、今は二階の部屋で休んでもらっている。

 それにしても、アメ車は本当に最高だった。邪魔な車は弾き飛ばし。ゾンビなんぞ物ともしないパワー! 上空さん達が通った道があったのと、ゾンビの数が少なかったことから出来た時速120キロの爆走劇! 機会があったらまたこっちに来て乗り回したいものだ。


 気分の悪さからしばらく食べられないと言っていた赤坂と雨鳴が、お腹を鳴らして二階に上がって行く。一応、生存者たちが見つけた時のボーナスとして色々置いていたが、だいぶ役に立ったらしい。それにしても赤坂はお腹が鳴ったと言うのに恥ずかしがる様子も無く気にもしていなかった。図太いのか、羞恥心を捨てたのか。可愛げは無いが、サッパリしていて俺は結構好きなタイプだ。ちなみに、一番嫌いなのはホラー映画なんかで騒ぎまくった挙句に周りを巻き込んで死んでいくヒステリー女な。


 駐車場に残った這いずりゾンビ共を、一体一体狙って当てる氷ダーツをしていると、上の階から誰かが降りて来た。


「何してるんだい? 金芝君」

「上空さんか。見ての通りまだ動いているゾンビが居たんでとどめを刺してたんです」

「別にそのままでも、もう脅威になりそうにないと思うが」

「まあそうなんですけど、もう死んでるのにこんな状態になってまで動いてるのはなんか可哀そうじゃないですか」


 俺がそう言うと、上空さんは驚いたような顔をした。確かに今までの行動からしてそんなことを言うキャラには思えないだろうな。実際、本当にそんなことを思っているわけじゃないし。


 でもあまり正直に言えば心証が悪すぎる。まだ動いてる的があったので、氷を使ってダーツで遊んでましたなんて、狂人でもなければ口に出さないだろう。


「墓は作ってやれませんからね。せめて動かないようにしてあげた方がいいかと思って」

「君にも人間らしい感情がちゃんとあったんだな。ちょっと安心したよ」


 失礼である。ま、そんな事欠片も思っていないから良いけど。


「ところで、もう休憩は良いんですか?」

「ああ、もう皆だいぶん動けるようになっていると思うよ。君は休まなくて大丈夫だったのか?」

「俺は帰って自宅で休むから良いですよ。さて、それじゃあそろそろ壁の向こうに行きますかね」


 やっとだ。やっとここまで来た。

 最初はただ壁の上から観察するだけのつもりだったのに、肝心な場面がちょっと見えずらかったのと赤坂たちがピンチでいきなり終わり掛けていたせいで、つい下に降りてしまった。そこからズルズルとこんなにも人を助けちゃってまあ。こんなのは俺のやりたかったことじゃない。家に帰ったら少し休んでまた観察を再開しよう。まだまだこちら側にも人間は残っているし、肝心の壁内の事も残っている。これからは絶対に首を突っ込んだりしないぞ! うん!


「それじゃあ皆を集めてくるよ。しかしどうやってあの壁を越えるんだい? 30メートルはあるように見えるが……」

「まあそこは皆が揃ったら教えますよ。あ、集める場所は2階の203号室でお願いします。それから201号室に防寒具があるんで、全員必ず着て来て下さいね」

「分かった。すぐに連れてくるよ」


 上空さんの後ろに付いて階段を上り、上空さんは右、俺は左に分かれる。アパートの左側は部屋が半分氷の壁に埋まっているのでかなり寒い。

 俺は能力のせいか昔から寒さには強いので問題ないが、普通の人なら凍えてしまうだろう。特に女性や子供は命にもかかわって来るレベルだ。


 玄関を入ってキッチンの横を通り抜けると、ダイニングの扉を開く。テーブルも何も無い殺風景な部屋は、その様相も相まってより一層凍てつく冷気を感じさせた。ダイニングからまた扉を開けて隣の部屋に入る。一応このアパートは1DKでそこそこな今時感のある物件となっている。まだ誰一人として住んだことは無いのだが、こんな世界になってもまだ誰か住んでくれるだろうか。


 そんなことはさておいて、誰かが住むとなれば恐らく寝室になるであろう部屋の窓を開けてバルコニーに出た。目の前には青みがかっている分厚い氷の壁があり、その不自然なほどに整った鏡のような側面を見せている。


「よし、ここだな」


 あらかじめこの場所の氷の壁には細工がしてあって、内部までガチガチに固まっているように見えていても、実際はある一定の場所を的確に切るとブロック状で切り出すことが出来るようになっている。これは誰にも見られることなく壁の中と外を行き来するために作った内部階段へと続く隠し通路に行くための入り口だ。このアパートは川沿いに建っていて、裏側には一軒家が立ち並んでいる。裏がアパートかマンションなら複数人に見られる心配が出てくるが、一軒家なら最悪人数は限られるので説得すればいい。


 4か所に氷柱を打ち込んで、抜き取った穴を繋ぐように四角に切り込みを入れていく。切り込みを入れたら後は強く押すだけだ。それだけで簡単に重さ何百キロ以上ある氷の塊がスルスルと奥に滑る。そして入り口からほんの少しの所で下に開いていた溝にはまり、そのまま横の壁に収まるように収納された。これで後は皆が通った後に能力で氷を引っ張り出して置きなおせば元通りだ。


「金芝君、そっちの部屋に居るのかい? 皆連れて来たよ」


 上空さんが皆を連れて来たようだ。ちょうど今寝室の方に入ってきた姿を見るに、ちゃんと用意していた防寒着を全員着て来たらしい。

 氷の通路から出て皆の前に顔を出すと、皆一体どこから出て来たのかと驚いていた。


「金芝さん、今どこから出て来たんですか!?」

「どこって、まあ見てもらった方が早いだろ。皆バルコニーの方に来てくれ」


 バルコニーの方に出てくると、赤坂と雨鳴以外の皆がさらに驚いたような表情になった。恐らくここで籠城している時にこの場所も調べていたのだろう。その時はただ氷の壁があっただけだったのに、今は真っ直ぐ続く通路が出来ているのだから、そりゃあ驚くよな。


「いつの間にこんな」

「バレないようにうまく隠してたんだよ。兎にも角にもここを通って行けば壁の向こう側に出られる。ただしちょっと大変かもしれないがな」

「どういうこと?」

「まあ簡単に言うと、壁の向こうに行くには一度壁の上に上らなきゃならないんだ」

「何で向こう側に出るのに一々上ったり下りたりする作りになってんのよ!」

「ぶっちゃけ高い所が好きなんだ。俺って」

「ただのバカじゃない!」


 この場所以外なら直線で出られる場所もあるのだが、他の場所はここからだと結構遠いので我慢してもらうしかない。俺は寝室の収納スペースから大量の手袋を持ってくると、皆に配って回った。氷の階段は滑りやすいので手摺を掴まないと上れない。一応ここにあるのはこういう事態を想定して置いておいた物だ。


「よし、皆手袋は付けたな。これでしっかり手摺を掴んで上ってくれ。それじゃあ時間ももったいないし、行こうか」

「ちょっと待って!」

「ん? どうした?」

「実は葵が足を怪我しちゃってて、長い階段を上れるかどうか分からないの」


 赤坂に連れられて俺の前にやって来た葵の足を見ると、どうやら慣れない靴を履いたことによる靴擦れで血が出てしまっている様だ。確か葵は家から脱出してショッピングモールに来た時は靴を履いていなかったので、どこかで拾ったのだろう。このアパートにも流石に靴までは用意してなかったしな。


「一応各部屋に救急セットが置いてあったはずだから、それで応急処置すれば多少は痛みが抑えられると思うんだが、無理そうか?」

「大丈夫、です」

「それだけじゃないわ。葵はこのアパートの入り口で入って来ようとするゾンビと戦った時に、バールを握ってた手が血だらけになっちゃってたのよ。そんな状態じゃ手摺があったって掴めないわよ」


 確かにそれは問題だ。氷でできた階段を手摺無しでなんて危なくて上れない。だがそうなると、どうやって葵を連れて行くかだが。まあ、さっきからずっと察しろと言わんばかりの目を向けてくる赤坂を見ていればどうして欲しいのかは大体わかる。要は俺に葵を負ぶって上れと言うのだろう。男なら他にも居るが、上空さんは子供達の方に掛かり切りになるだろうし、雨鳴は同級生というのと家での事があって現時点では論外。となれば俺しかいない。


「んー」

「あの、大丈夫です! ちょっと遅れちゃうかもしれませんが、ちゃんと付いて行きますので!」


 葵がこちらの考える素振りから、少し大きめな声で大丈夫と伝えて来る。するとそれを聞いた赤坂がグイッとこちらに詰め寄って来た。


「金芝!」

「分かった分かった。俺が葵さんを背負っていくよ。全く人使いの荒い女だなお前」

「使える物はなんでも使う。当たり前でしょ?」

「はいはい」


 結局俺が背負って上ることになった。葵は最後まで自分で上ると言っていたが、赤坂が五月蠅いからという理由で黙らせた。


 皆が人がギリギリ二人並べるかどうかという狭い氷の通路を進んで行くのを見送ってから、最後に入って入り口を閉じる。後ろで背負われている葵は時々何か言っているが、もごもごしていて何を言っているのかは分からない。


 氷の道をまっすぐ行くと、すぐに左に九十度曲がる道が現れる。そこからはずっと長い階段だ。元々は折り返すように作ろうと思っていたのだが、外の景色も見えないしなんだか気分が悪くなりそうだったので辞めた。


 ずっと先に見えている光が、あそこが出口なのだという事を伝えてくる。氷なのでそこそこの透過率で光が入ってきているが流石に薄暗い。皆は上る間ほとんど喋ることなく黙々と足を動かし続けた。そして。


「やっと着いたー!」

「風があるからか、余計寒く感じるな」

「けど景色は綺麗だね。それに……」


 目の前に広がるのは、以前までなら全く気にもしていなかったような普通の街並み。少ないが車も行きかっており、出歩いている人も居る。皆そんな光景に何も出てこないのか、黙ったままじっと街並みを眺めていた。


「本当にこっちは何ともなってないんですね」

「ん? まあゾンビは発生と同時に能力で氷漬けにして殺したからな」

「そう、なんですね。私たちの街と全然違う。まるで天国と地獄を見ているみたいです」

「天国と地獄ねぇ。……どっちが天国で、どっちが地獄なのやら」

「えっ?」


 壁の外から壁の中へ。舞台は切り替わり、第二幕が開けようとしている。壁の外は散々見て来たが、閉鎖された壁の内部ではどんなことが起こっているだろうか。ワクワクする気持ちを顔に出さないようにしながら、俺は平穏な壁内の街を眺める。天国と地獄の観察はまだ始まったばかりだ。

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