第20話 合流

 走るゾンビに追いかけられた後、私たちは何とか金城さんが言っていたアパートへと到着した。

 

 途中、停車している車の妨害で距離の割に時間が掛かってしまったが、予想通り氷の壁に近づくほどに車は整然と並んでおり、車の数も少なくなったことでゾンビ達を振り切れたと言った感じだ。とは言っても、結局やつらは追いかけるのを止めなかったので、到着しても安心なんて出来ない状況が続いている。


「どれぐらいで来そう?」

「ハッキリとは分かりませんけど、アイツ等の走るスピードから考えて二十分ぐらいじゃないかと思います」

「二十分か。それじゃあ体力の回復も考えると悠長にバリケードを作っている時間は無いな。金芝君達はまだだが、アパートの一階入り口にピッタリと車を付けてしまって塞ぐしかなさそうだ」


このアパートは一階部分の入り口から左右に二部屋ずつと入り口入ってすぐの階段から上って二階にまた二部屋ずつの合計八部屋あるようで、そのうちの入って左側の四部屋は氷の壁に埋まっているような状態になっている。中に入ると部屋の中までは氷で覆われていないが室温はかなり低いのは間違いなく、とても人が長居できる場所ではなかった。


「葵ちゃん。ちょっとこっちに来て手伝ってくれ」

「あ、はい」


 旦那さんに呼ばれて二階右側の202号室に入ると、そこには金属バットやらヘルメットやらが何故か大量に置かれていた。金芝さんはこのアパートに住人は住んでいないと言っていたらしいので、これは金芝さんの私物という事になる。こんなに大量の野球道具を置いているなんて、金芝さんは野球チームでも作るつもりだったのだろうか。


「金芝君、こういう事態になることを想定していたみたいだね」

「あ、そういう事ですか」


 旦那さんの言葉で、これは金芝さんがゾンビ対策に用意した物なのだと気付く。よく見れば野球道具以外にもバールやその他武器になりそうなものが紛れているのが見えた。


「ちょうどいいからこれを使わせてもらおう。葵ちゃん。君と鈴木さんには入り口で僕と一緒にゾンビの侵入を防いで欲しいんだが、大丈夫かい?」

「はい、流石にこの状況で怖いなんて言ってられませんから。でも鈴木さんは大丈夫なんでしょうか?」

「鈴木さんにはさっき聞いたけど、むしろやる気みたいでバッドとバールを一本ずつ持って出て行っちゃったよ」


 鈴木さんはショッピングモールでゲームセンターの店員さんをやっていた女性で、目の前で恋人を殺されてから生きる気力をなくしていたらしい。だけど、金芝さんと会ってから色々あって、おデブの店長と残るのが嫌になったから一緒に脱出してきたと言っていた。今はむしろ絶対に生き残ると言うぐらいやる気に溢れていて、今回も積極的に動いてくれている。


「金芝君達も恐らくこちらに向かっているはずだ。どれぐらい時間が掛かるかは分からないが、金芝君が居る限り彼らがここにたどり着かないという事はまず無い。となると守り続けられるかが肝になる」

「そうですね。ここは大通りに面していて車六台分の駐車場を通り過ぎたらすぐアパートにたどり着きます。駐車場は入り口が結構広いので車一台で侵入を防ぐことは出来ませんから、今みたいにアパートの一階入り口にべた付けしていますが、どうしても上や横にスペースが出来てしまいますし、奴らが走れるようになってどれだけの事が出来るようになったのか分からないので、こっちも万全にしないと」


 この野球道具とかバールとかが置かれている部屋以外の部屋には、日持ちする食料類や衣服などが部屋ごとに分けて大量に置かれていた。衣類はともかく、ゾンビがまだ来ていない今の内に少しでも食べておきたい。

 それにしても、こんなにも準備しているという事は金芝さんはこの事態を本当に分かっていたという事なのだろう。確かにテレビのニュースで何かの病気がアメリカで流行しているという話は耳にしていたけど、私はまさかこうなるとは思ってもいなかった。もしかしたら金芝さんは終末に備える系の人なのかもしれない。


 エナジーバーを軽く食べて水で流し込んでから一階入り口に移動した。目の前には私たちが乗って来たSUVがピッチリと壁に引っ付くぐらいに寄せられている。意外と広めの入り口なので、車の前のボンネットと後ろ側に若干の隙間が出来ていた。もしゾンビが入って来るとしたらこの隙間から来るだろう。中央の上部分にも這いずってなら通れる隙間があるけど、流石に人一人で登れる高さではないので大丈夫だと思う。


「来たわ!」


 その時、二階から外を監視していた奥さんが、私たちに聞こえるように廊下に出て声を上げた。その焦っているかのような声色に、私たち三人にも緊張が走る。


「嘘でしょう!?」

「どうした!」

「ものすごい数の大群よ! どうしてこんなに!? 十や二十じゃないわ!? 百近く居るかもしれない!」

「っ!?」


 そんな数一体どこから来たの!? 確かにここに逃げて来ている時に走るゾンビの数はそれなりに居たけど、十にも満たないぐらいの数しかいなかったはず。でも、普通のゾンビが集まったにしてはたどり着くのが早すぎる。まさか全部走るゾンビに変わったってこと!?


 アパートを取り囲んでいるコンクリートの外壁から、次々と駐車場入り口を通ってゾンビが入って来る。体力なんて一切考えていないその走りは、獲物を求めて全力で走っている獣のそれだ。濁った瞳と開きっぱなしの口から垂れる血が混じったよだれが、集団の狂気を一層際立たせる。


「来るぞっ! 気を付けろ!」


 次の瞬間、目の前のSUVからバンッ! という音が聞こえた。そして、それはやがて肉と肉がぶつかり合う鈍い音に変わり、反対側のサイドガラスの割れる。


「圧力でガラスが割れたか!」


 車内に入り込んだゾンビが、こちら側のサイドガラスに顔が歪むほどに引っ付き、両手でバシバシと窓を叩く。顔の肉は腐りかけているのか、ガラスにこすれる度に皮膚がはがれて中身の血と肉が見えている。


「うっ」

「我慢するんだ! ほら横から来るぞ!」


 ゾンビの勢いが止まらない。両サイドの隙間からこちらに来ようとしているゾンビの頭をバッドで殴りつけるが、そいつが止まる前に次のゾンビがその上からこちらに来ようとする。百人近くでSUVが押されて、両サイドのコンクリートに接触している車のボディ部分がベコベコにへこんでいた。


「ダメッ! このままじゃ!」

「クソッ! 数が多すぎる!」


 バールを握っている手が血で滲んでいる。もう、とても握っていたくない。だけど、ここでバールを手放せばゾンビが入って来てしまう。あいつらに食われて仲間になるのだけは絶対に嫌だ!


 どれだけの時間が経っただろうか。叩いても叩いても次々にゾンビは手を伸ばし、こちらに来ようとする。今まで蓄積していた分も合わせてもう疲労困憊だ。旦那さんも鈴木さんもたぶん私と同じで苦しいのだろう。さっきまで張り上げていた声がほとんど聞こえなくなってきている。


「ああ! 車がっ!」


 偶然かそれとも多少なりとも知恵があるのか、車が徐々に横から押されて隙間が広がって行く。


「もう、ダメか。せめて子供達だけでも」

「待って! 何か聞こえる!」


 旦那さんが諦めて子供たちの居る二階に駆け上がろうとした時、鈴木さんが何かの音がすると言い出した。私も言われて耳を凝らしてみると、ゾンビも唸り声と騒音に交じって確かに何か音がする。


「これってもしかしてエンジン音?」

「という事は、金芝君たちか!」


 すごい速さで音が大きくなってくる。間違いなくこの音は車のエンジン音だろう。しかも大きさ的にかなり大型の車のようだ。


 這い出してこようとするゾンビの頭を打ち砕きながら今か今かと待っていると、やがて駐車場の入り口から大型の黄色いアメリカ車が姿を現した。ゾンビ避けの為か、前面に雪かき用のスコップのようなものが付いており、鋭い刃によって当たった傍からゾンビが足と胴に切り離されていく。


 あまりの五月蠅さに、今まで私たちを狙っていたゾンビすら入って来たアメリカ車に向かって行く。だが、そんなの分かっていましたと言わんばかりに車が駐車場で旋回を始めると、前後横の全面から氷の刃が現れて群がるゾンビを瞬時に分割して行った。私たちが今までやっていたことは何だったのかと思う程にあっけなく散って行くゾンビ達。足と胴で別れたぐらいで死んではいないが、それも車の巨大なタイヤで踏み潰されてすぐに地面のシミになる。


 そのまま数分間車は駐車場を回り続けた。死体の山で不安定な足場でも力強く走るその様は、まさに燃費を捨ててパワフルな走りをするアメリカ車らしいものだった。


 ある程度ゾンビが片付くと、車は停車して運転席と左右の後部座席のドアが開く。中からは私たちが思った通りの人物二人と、予想外の人物が一人現れた。


「Foooo! Power!! 」

「ううっ、気持ち悪い」

「あ、ぁ」


 金芝さんは両腕を上げてマッスルポーズ。空と何故か居る雨鳴君は顔面真っ青。たぶんさっきので酔ったんだろう。


「ははっ、安心したけど何だがちょっと悔しいな」

「確かに。金芝さんが来たらあっという間でしたもんね」

「けどまあ、これで合流出来たね。後は金芝君の言う通りならもうこんな目に合わなくて済むはずだ」

「そうですね。これできっと」


 壁の中に入ればゾンビはいない。こんな世界になっても諦めずに居られるのは、そんな金芝さんの言葉に希望を見ているからだ。壁の中はきっとゾンビも居なければ怖い事も何も無い平和な世界が広がっているはず。私は腕を振り回しながらこちらに歩いて来る金芝さんを見ながら、まだ見ぬ壁の向こうに思いを馳せていた。

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