第18話 チンパンの次は

 あれから三十分が経った。コンテナの中は俺の能力で入り口を固めているせいで若干寒いが、そのおかげか赤坂も雨鳴も大分静かになったので休むのにはちょうど良かったと思う。


 これだけの時間じっと座って休んでいれば結構な体力回復になると思ったのだが、実は思ったより体力が回復していない。その理由はいたって単純。ただの空腹である。


 そう言えば昨日あの百合地獄の家から脱出する前に食べたのが最後で、後はまともな食事をしていない。食べたのは精々カロリーバーとお菓子ぐらいだ。そんなもんで腹が満たせると思うか? 無理に決まってる。


 というわけで、早急に何か食したいところ。このコンテナの中の段ボールを漁っては見たが、しょうも無い雑貨しか入っていなかった。食材だったとしたら腐っているからすぐわかるので生ものではないのは分かっていたが、もしかしたらお菓子類なんかの日持ちする物があるかもしれないと藁にも縋る思いで開封していった。その結果が縫いぐるみとか、よく分からない着せ替え人形。それといくらかの文房具だ。泣けるぜ。


 一緒に居る赤坂と雨鳴はとても食料を持っているとは思えない軽装。つまりここには食べられるものが一つも無いという事になる。

 こうなればこんな所には一秒だって居たくない。早く外のやつらを始末して近くの民家のキッチンを漁らなければ!


「よし、出るぞ」

「もう体力は回復したの?」

「そこそこ回復した。けど腹減ってあんまり長く使えんかもしれない」

「それであの大量のゾンビをどうにかして逃げれるのか?」


 逃げれると言えば逃げれる。ただし、あの燃えている車の近くは氷の能力が使いづらいので、今の状態ならかなりの体力を使ってしまうことになるだろうことは間違いない。


「燃えてる車付近のやつらは結構体力使わないとダメだな。だから奴らを処理したら近くの民家に侵入して食料を漁るぞ」

「それ普通に犯罪じゃない!」

「そうだぞ! 犯罪はダメだ!」

「お二人さん実は気が合うんじゃないか? お前らがそう言うなら俺一人で漁りに行く。お前らは自分たちで勝手に逃げろ」

「なっ!」


 姿は見えないが赤坂が驚いているのは声で分かる。大体コイツらはちょっと正義感強すぎるんじゃないのか? そもそもこんな世界になっていると言うのに未だに犯罪がどうの言ってられないと思うんだがな。まあ、コイツ等にはコイツらなりの考え方がある。無理強いは出来んし、俺だってコイツらに合わせて死ぬ目には会いたくない。


「何を驚いているんだ赤坂。別にお前らがどうしようと勝手にすればいいと言っているだけだぞ」

「私たちを見捨てるって言うの?」

「人聞きの悪いことを言うなよ。大体今のこの世の中で犯罪だのなんだの言っている方がおかしいんだ。俺だって別に泥棒したくてそんなことを言っているわけじゃない。俺はもう空腹で能力が使えなくなりそうなんだ。我慢して能力使えず死にましたなんてことになりたくないから、仕方なく他人様の家のキッチンを漁ろうとしているだけなんだよ。でもそれは俺の都合であってお前らが従う必要はないだろ? だから勝手にすればいいって言ってるんだ」


 赤坂の考えていることは良く分かる。俺が居ない状態で集合場所であるアパートにたどり着けるとは思えないから、俺と一緒に行こうとしているのだろう。だが、それもこれも能力が使えたらの話だ。犯罪がどうのこうのという話で食料探しを妨害するなんてことは、コイツらにとっても自殺行為になる。窮地を共にした仲と言ってもコイツらと出会ったのはつい昨日の話だ。そんなので特別助けたいなんて感情が湧くはずもない。


「アンタが私をこのショッピングモールに一緒に残るように言ったんじゃない!」

「そうだが、結局残ることを決めたのはお前自身だろ? 自分の生き死にに対して他人に期待してどうするんだ? どうしても生きていたいならもっと考えて行動しろよ」

「ッ! アンタはッ!」

「落ち着け赤坂!」


 赤坂が怒りの声を上げたのと同時に、外からまたチンパンゾンビ共がコンテナを叩き始めた。それを聞いて雨鳴が赤坂を止めようとしている。


 正直な所、俺にとってこの二人は面白い物語を作る為の登場人物に過ぎない。人間なんてものは所詮自分のためにしか生きていない。誰かの為にと謳っていても、いざとなれば簡単に見捨てる。それが人なのだ。だから俺にはコイツらが生きようが死のうがそれは大した問題じゃない。物語が進みさえすれば登場人物の差し替えなどいくらあっても構わないのだ。


「着いて来るのも止めはしないし、どこかに行くのも同じことだ。お前らの好きにすればいい。そこに俺の意思は必要ない」

「……」

「お、俺は金芝さんについて行くよ。一人で生き残れるとは思えないからな」

「そうか。で、お前はどうするんだ赤坂?」

「……付いて行くわよ。ええ! 付いて行ってやるわよ! その代わり絶対にアンタから離れない! 死んでもゾンビになっても付きまとってやる!」

「お前の言う犯罪行為をすることになるが?」

「勝手にすればいいでしょ! 私は何をしたってアンタに付いて行くだけなんだから!」


 もうどうにでもなれと言った感じで叫びまくっている赤坂。ついにキレちまったらしい。どうでもいいけど。

 結局のところ全員でここから脱出して近くの民家に侵入することになった。コイツらが一人で行動するようになってどんなことが起きるかという楽しみもあったのだが、すべてはコイツら自身の選択だ。俺にはどうにもできない。誘導して作った物語なんて面白くも何とも無いからな。


 さて、そうと決まればどうやって外のチンパンを処理するかだが、敵は広域に広がっている上、その範囲全体を埋め尽くすほどの大群だ。となればちまちま一体一体倒していくのは効率が悪すぎる。そこで俺はある方法を取ることにした。


 覚えているだろうか、俺が氷の壁を作った後に町に雪を降らせたのを。あれは異常に体温が低く尚且つ動作している有機体を感知し、氷で覆って行動不能にした後殺すというものなのだが、完全にゾンビになる前であれば十分効果的でも成ってしまった後では足止めぐらいにしかならない。だが今の状況なら最適な技だとも言える。そもそも全てのゾンビを殺してしまう必要は無いのだ。殆どは動けなくして邪魔なやつだけ処理する。こうすれば体力の消費もかなり抑えられるし、すぐに民家に駆け込める。食料はすぐそこだ。


 赤坂と雨鳴にこの事を説明して準備をしてもらう。と言っても、準備する物など無いので心構えだけだが。二人の準備が出来たところで、俺は目を瞑ってさっきゾンビ共が居た範囲ギリギリいっぱいの上空を思い浮かべた。なるべく詳細に範囲をイメージしたのは体力の消費を抑えるためだ。


 しばらくしていると、外から聞こえていた低いゾンビの唸り声がパタリと聞こえなくなった。見るまでは分からないが、おそらく成功しているのだろう。俺は、二人に一言声を掛けて、コンテナの入り口を覆っていた氷をバスケットボール大の氷柱で押し割った。


 外に出ると、大量に居たゾンビ共は殆どが薄い氷に覆われて固まっていた。固まっていないのは炎上している車の近くでヘドバン祭りをしているゾンビ共ぐらいだ。後はアイツらを処理してしまえば安全にここを抜けられるだろう。


「本当に全部凍っているわね」

「みたいだな。だけど迂闊に触って倒したりするなよ。中のやつは普通に生きているんだ、ちょっとでも氷が割れればまた動き出す」

「スゲー光景だな。だけど俺はアレの方がめちゃくちゃ気になるんだけど」

「炎上している車の近くのゾンビの事か? 大方あの車を崇め奉ってヘドバンしているんだろう。気にするな、どうせ始末する」


  車が炎上している為、そこそこの大きさの氷柱を生み出して発射する。ヘドバンゾンビ共は周りのゾンビがカチコチになっていると言うのに気にもせず踊っていたが、その頭を氷柱に突き刺されあっさりと天に召されていった。


「案外あっさり片が付いたな」

「ふっ、所詮ゾンビなどこんなものよ。それよりさっさと目の前に見える一軒家に突撃するぞ! 腹が減った!」

「待ちなさい! こんな目の前の家だとあのゾンビ達が復活した時に面倒になるでしょ! もう少し歩いてここから離れた方がいいわ!」

「そうは言ってもなぁ」


 ここは2車線の道路で道幅が広くない、そして何故か放置車両もそこまで多く見受けられなかった。非常に見通しの良い道路状況と言えるだろう。だが、だからこそ余計に分かる。右に進んでもゾンビ、左に進んでもゾンビ、結局どっちに行ってもそこそこの数のゾンビを相手にしなければならない。どちらかと言えば右はまだましだが、今ヘドバンゾンビを処理したので結構限界に近付いている。倒せるかどうかはギリギリだろう。


「行くなら右しか無理だ。左はもう倒せるだけの体力が無い」

「じゃあ右に行きましょう。あそこに赤い屋根の家があるの見える?」

「ああ、結構目立つしな」

「あの家の隣に立派な塀で囲まれた日本家屋があるのよ。そこなら外からの侵入に対して多少は有利になると思うわ」


 流石この辺に住んでいるだけはある。普通は一般家屋なんて気にも留めないと思うのだが、赤い屋根の家が目立つおかげでこの辺の家がどんな家なのか覚えているらしい。確かに高い頑丈な塀に囲まれているのなら、ゾンビを気にせず食料を漁れるので良いかもしれない。


 道中のゾンビを蹴散らして、家の前に到着する。どうも頑丈な鉄の門はカギが掛けられているらしく、外からは開けられなさそうだ。鍵穴は見つからないので電子ロックかも知れない。


「仕方がない。飛び越えよう」


 なけなしの体力で人が一人乗れるぐらいの氷柱を作り出す。それでまず雨鳴に塀の上に昇ってもらい、上から俺たちを引っ張り上げてもらった。すると目に入って来たのは日本家屋に似合う池付の結構立派な庭だった。


「さて、ここを飛び降りればやっと家だ。何か食料が残っているといいんだが……ん?」


 茂みで何かが動いた気がするが、気のせいか?


「「「ガルルルル」」」


 気のせいじゃありませんでした。


「おい赤坂。あれは何だ?」

「犬ね」

「ああ、犬だな。全部腐ってるけど」


 チンパン、ヘドバンと来て次は犬かぁ。うへぇ……犬ぅ。

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