第17話 恐怖のドライブ

 金芝さんの能力でショッピングモールから送り出された私たちの車は、氷の壁で覆われた長い一本道を順調に進んでいる。後部座席から後ろを振り返ってみても、すでに金芝さんの姿も空の姿も見えない。見えるのはこちらをゆっくりと追って歩いてきているゾンビの群れだけだ。


「空、大丈夫だよね」


 私が小声でそうつぶやくと、スバルちゃんと妹ちゃんを挟んで座っていた奥さんが大丈夫だよと言ってくれた。スバルちゃんと妹ちゃんも不安そうな顔をしていたので、どちらかと言えばこの子たちに向かって言った意味合いが強いのかもしれないが、私もその一言でほんの少しだが気持ちが楽になった気がする。


「私たちは少しの間だけ金芝さんと一緒だったけど、彼が居れば何でも大丈夫って気がするの」

「確かに、金芝さんの能力って氷で大きな滑り台作ったり車動かしたりもしてたしゾンビくらい問題なさそうですよね」

「うん、そうね。金芝さんの近くがこの世界で一番安全な場所よ。だから大丈夫」


 奥さんの言う通りだ。金芝さんの力があれば、こんなゾンビだらけの世界になってもきっと何ともないみたいな顔で平然としているはず。集合場所のアパートにもすぐに合流して元気な顔を見せてくれるに違いない。


「もうすぐ氷の道を抜けるぞ。皆何があってもいいようにしっかり身構えておいてくれ!」


 旦那さんの声で全員に緊張が走る。氷の道を抜けた先はどうなっているのか分からない。今の所前からゾンビが来ている様子はないけど、もしかしたら抜けた先で大量のゾンビが待っていることもあり得る。


 この車はスタットレスタイヤではないので、氷の上を走行するのに注意して進まなければならない。そのため数分も時間が掛かってしまったけど、ようやく氷の道を抜けた。


「良かった、ゾンビはそんなに多くなさそうだな」


 運転している旦那さんのそんな声が聞こえて来て、私はほっと息をついた。思い出すのはショッピングモールの駐車場で車の上に三人纏まって避難していた時の光景。そんなにゾンビの数は多くなかったけど、アイツ等が伸ばしてきた手が私の足を掴んだ感触を今も鮮明に覚えている。私は空やスバルちゃんのように靴を履いていなかったので、尚更あの手の骨のゴツゴツ感と腐りかけの肉のぐっちょりした生々しさが気持ち悪かった。あんな体験をした後でまた大量のゾンビに囲まれるのは流石に勘弁してほしい。


「ちょっと待って、何……あれ」


 その時、助手席に座っていたゲームセンター店員の鈴木さんが、何かを発見したのか皆に聞こえるように少し大きめな声を発した。全員がその声で鈴木さんが指さした方向を見る。するとそこには、複数のゾンビが何かに群がるように集まって貪っている姿があった。これだけなら普通の人間が襲われてゾンビに食べられているという最近ではよくある光景でしかない。だけど今回はまるっきり違っていた。


「ゾンビがゾンビを食べてる?」


 ゾンビがゾンビを共食いしていたのだ。人間が居なくなってしょうがなく食べているのであれば数が減るので良いと思うのだけど、どうにもそうじゃない気がする。何かがおかしいのだ、何かが……。


「あのゾンビ達、何か動きが速くないですか?」

「確かに、いつものより食べている動作が早い気がするな……」


 私が感じたおかしさはゾンビ達の素早さだったようだ。確かに言われてみれば、倒れたゾンビの死体に群がる他のゾンビ達の動きがいつものゾンビより多少早いような気がする。それはそうと、食われているゾンビの腕や足がまだ動いているのがとてつもなく気持ち悪くて吐きそうだ。アレでまだ動くなんて。


「ッ! 気付かれた!」

「嘘!? ゾンビが走って来るなんてッ!?」


 気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い! 怖い怖い怖い! いつものフラフラとした歩き方じゃなく、だらんとした腕を振りながら走って来るゾンビ達。口にはさっきまで食べていたゾンビの肉片と、どす黒く変色した血の跡がヌメリのあるような質感の光を反射して見せている。


「早くアクセルを踏んでッ!!」

「!!」


 あまりの光景にフリーズしていた旦那さんに、叫ぶようにアクセルを踏むように言う。年上だとか男だとか関係ない。早くあれから逃げないと!


 車が急発進して中に乗っていた私たちは大きく前後に揺さぶられる。無理やり大勢で乗っていなくて良かった。もしシートベルトをしていなかったら、今ので怪我をしていたかもしれない。


 こちらに走って来ていたゾンビ達の横をすり抜けるようにして、車はどんどんスピードを上げて行く。ゾンビ達は私たちの乗っている車を追いかけるように全力で走って来るが、流石に車のスピードには追いつけないようで結構距離が出来ていた。だけど、完全に振り切ったわけじゃない。ゾンビ達は疲れた様子も無く一定スピードで走って追いかけて来ている。


 それにしても、放置された車が多くて通りにくい場所が多い。無理やり間に突っ込んで押しのけるようにして進んでいるが、これじゃあ時間が掛かるし、その度に衝撃が来て揺さぶられるから気持ち悪くなってくる。


「お父さん! どんどん近づいて来てる!」

「クソッ! なんでこんなに車が放置されているんだ!」


 道は片側三車線もあるのに、何処も放置された車で溢れかえっている。いくら休日だったとは言えこんなにも車が多いものなんだろうか。正直いつもどれぐらいの交通量だったかなんて気にした事も無いので分からない。もしかしたら、この騒動で逃げようとした車が結局逃げられずに放置されたとかだろうか。


 走るゾンビが後ろから迫ってくる中、そこらの車の間に居たのか普通のゾンビもぞろぞろと集まって来ている。邪魔な車を押しのける音と、小さくも確かにあるエンジン音がゾンビを引き寄せているみたいだ。


「あなた! 一度私たちの家に向かってはどう?」

「ダメだ! もし今を逃せば外に出ることすら難しくなる! こうなったら金芝君のアパートが頑丈な事を祈るしかない!」


 旦那さんの言う通りだ。あの走るゾンビ達が近くに居る状態では一度止まってしまえば逃げ出すのが難しくなる。それに金芝さん達がもし先にアパートに着いてしまって私たちがいつまでも来なかったら、私たちを置いて行ってしまうかもしれない。私が金芝さんと過ごした時間は短いけど、空に聞いた感じでは中々に非情な面もあるみたいだし。


「でも! このままじゃ追いつかれるわ!」

「それは、だが!」

「ダメです奥さん! もし私たちがアパートに着くのが遅くなったら、金芝さんは私たちは死んだと思って置いて行ってしまうかもしれません! もし置いて行かれたら私たちは全滅です!」

「そんな……!」


 奥さんは私の言っていることに反論しなかった。ショッピングモールで金芝さんと色々話して人となりを多少は分かっているのだろう。金芝さんはきっと探しに来たりしないって。


「仕方がない。後ろの荷物を窓から投げて足止めしよう!」

「それしかないですね。でも長くは足止めできません。その後は」

「分かってる。全速力でアパートに向かうさ。かなり揺れるだろうからシートベルトはしっかり締めておいてくれよ!」


 中央分離帯を乗り越えながら、旦那さんがそう言ってくる。比較的車の少ない場所を探した結果、反対車線に出ることにしたらしい。こちら側の車線の車は皆私たちが来た方向、つまりショッピングモール方面に顔が向いている。氷の壁のおかげで壁のある方向からはゾンビが来ていなかったはずなので、こちら側の車線の方が進むにつれてしっかりと整列されているようだ。旦那さんはこんな状況でも冷静に判断したらしい。流石大人だ。


 後ろを見れば、未だにゾンビの群れがこの車に向かって走って来ていた。私は状況を見て後ろの段ボールの中から分厚い本をいくつか取り出した。何で本なんかが車に大量に積んであるのかは分からない。だけど、これだけ分厚ければゾンビをよろけさせるぐらいは出来そうだ。


 まだまだ、この恐怖のドライブは終わりそうにない。ワラワラと集まって来るゾンビと炎上する車の黒煙を見ながら、私はすぐ左のドアのパワーウィンドウを開けたのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る