第16話 主人公?の悲劇
真っ暗なコンテナの中、俺たちは3人それぞれが何処に居るのか分からないままに息をひそめていた。
外には大量のゾンビの群れが居て、少しでも音を出すと外側の壁をバンバンと動物園のチンパンジーの様に叩きつけてくる。絶体絶命のピンチのようなこの状況だが、俺はむしろ外からバンバンとコンテナを叩く音に癒しを覚えていた。
「……」
「……」
俺の前で赤坂と雨鳴が気まずい空気を醸し出している。ここに来て追いかけてくる前の事を思い出したのか雨鳴は赤坂に対して怒りの感情を向けており、赤坂はゾンビを引き連れて来てこの状況を作った雨鳴に対してキレている。時々聞こえてくる舌打ちがどちらのものかは分からないが、大声で喚き出さないだけで雰囲気は最悪だ。
そもそも、雨鳴はどうして赤坂を追いかけて来たのだろうか。やはり赤坂をハーレムメンバーに入れるためか?
「なあアンタ。確か金芝さんだっけ? アンタが赤坂を連れ出したのか?」
「まあ、そうと言えばそうだな」
「違うでしょ。金芝さんが一人で出て行こうとしてたから、私も付いて行っただけよ。私自身あの家から出て行きたかったしね」
顔は見えないが雨鳴の動揺するような小さな声が聞こえる。狙ってたことがばれたと思ったのか、それともほかに何かあるのか。
「なんで出て行きたかったんだよ? あの家は安全だし食料だって当分はもつ。救助が来るかどうかは分からないけど、あの家に居れば少なくとも数週間は生きれるじゃないか」
「確かに安全性も食料も問題は無かったけど、私とアンタ達三人はハッキリ言って相容れないわ」
ハッキリとは言っていないが赤坂が言っていることは俺にもよーく分かる。毎晩毎晩隣の部屋から聞こえてくる情事の音。安全性の問題とかで部屋の移動も許してもらえず、耳を塞ぐことしか出来ないなんてそれじゃあゆっくり寝れないよな。うんうんとうなずきながら二人の会話を聞いていると、突然雨鳴がこちらに話しかけて来た。
「金芝さん、アンタはどうして出て行ったんだ? 初めから赤坂を連れ出す事が目的じゃなかったんなら、出て行った理由があるんだろ?」
「まあ、そうだな。まず俺は外でも生きていけるからってのが一つ。このコンテナの入り口を塞いだ氷の能力があればゾンビは脅威じゃないからな。二つ目は、あの家だと落ち着いて寝れなかったからだな。安全上の理由とかで皆固まって部屋で休んだだろ? あの時隣の部屋からの情事の音が五月蠅くてな。とてもここにずっとは居られないってんで出て行こうとして、で赤坂に見つかったって訳だ」
「……」
黙り込む雨鳴。恐らく自分の情事の音が聞こえていたというのが相当恥ずかしいのだろう。思い返せばとんでもない音量だった。なかなか立派な家だし壁も厚そうだったのに、それを貫通して普通に聞こえて来ていたからな。赤坂も数日とは言えよく耐えたもんだ。
「どう? 客観的に考えてそんな状況であの家に居られないと思わない? 女の子二人も侍らせたハーレム君」
「……ちが……」
「なに? 言いたいことがあるならハッキリ言いなさいよ。葵の家に来たのだって、あの子を自分のハーレムに入れたかったからなんでしょう?」
「違う」
「何が違うのよ? わざわざゾンビが沢山いる場所を無理してまで来るなんて、色狂いの男ぐらいにしか出来ないと思うけど?」
「違うんだよぉーーーーーッッ!!!!」
相当頭に来ていたのか赤坂が雨鳴に激しく責め立てていると、突然雨なりが大声で叫び出した。密閉空間とは言え大きな声を出せば外に聞こえてしまう。その声が発せられて一秒も経たないうちに外からチンパンゾンビ共がリズム感など一切無い壁ドラムを始めた。
「ちょっといきなり叫ばないでよ! ゾンビが寄って来るでしょ!」
「まあまあ、お前も五月蠅いけどな」
「だまらっしゃい!」
「はい。けど話しぐらい聞いてやってもいいんじゃないか? 違うって言ってるし」
「何が違うって言うのよ。現に私たちは隣の部屋からコイツと後二人がやってる声も音も聞いたじゃない」
「やってないッ!」
「聞いてた? やってる音を聞いてるのよこっちは!」
「やってたのはあの二人なんだよぉーーーっ!!!?」
「「は?」」
バンバンバン! バンバンバンバン!
その後、あまりの衝撃に冷静さを取り戻した赤坂と俺は雨鳴から詳しい話を聞いた。雨鳴によると、俺たちが聞いたあの声はあの家に居たあとの二人の女性、
「でも、雨鳴は二人と一緒の部屋で寝てたじゃない」
「そう、そこが問題なんだ。あの二人は自分たちが夜中にアレなことをしていると言うのに、怖いからという理由で俺を同じ部屋に引き込んだ。幼馴染の愛唯花は俺の性格をよく知っていて、俺が無理やり二人に襲い掛かることは無いと思っての事だと思う」
「本当に手を出してないのか?」
「出してない。そんなクソ野郎みたいなこと出来るわけないだろ? そしてそこからは地獄の始まりだった。俺だって男だ、毎日毎日横でそれを聞かされて何もできない何てそんなのゾンビの合唱を聞いてた方がまだましだ!」
「アンタも私たちと同じだったってわけね。それも私たちより何倍もキツイ」
「そうだ。だから赤坂達が出て行ったと知った時は軽く絶望しかけたよ。何せあいつら以外で話を出来る人間が居なくなってしまったんだからな。アイツ等が二人で居る時の会話聞いたことあるか? 毎日毎日いつでもどこでもイチャイチャしやがって、おまけに俺しかいないときは俺の事がまるで見えてないみたいにずっとやってるんだぜ? オカシクナラナイワケナイヨネ?」
今までの事を総合してみて雨鳴がどんな人間なのか分かった。雨鳴は少々怖がりな部分はあるが正義感に熱く、出来るだけ他人のために頑張ろうとする姿勢を持っているまさしく主人公のような男だ。ただし、周りに居るヒロインは女同士で関係を持ち、雨鳴がそこに居ようとも情事を起こすような状態の人間で、さらに残りの仲間にも逃げられて一人地獄のような百合ワールドに取り残されてしまった。謂わば悲劇の主人公なのだ。
何という事だ。俺は今まで誤解していた。ゾンビパニック系のテンプレハーレム主人公だと思って観察していたのに、実はハーレム要因のはずのヒロイン二人によって地獄に落とされてしまった悲劇の主人公だったとは……。
ま、これはこれで面白いし、いいか。家に帰ったらちゃんと記録しておこう。
「じゃあ葵を探しに来たのは?」
「俺はもう耐えられなかったんだ。あんな地獄に一人で居るのは。だから適当な理由を付けて外に出たくて、ちょうど葵が近くに住んでいたのを知っていたから助けに行くと言って出て来たんだ」
「そうだったのね。あの時の雨鳴、何かおかしいと言う気がしていたけど、まさかそんな理由だったなんて……」
確かに、駐車場で俺達を追いかけて来ていた雨鳴の顔はものすごい形相をしていた。あれは百合地獄による高ストレスと赤坂に拒否されたことが相まってああなっていたんだな。
「もう俺、このコンテナの中で一生を終えたいなぁ」
色々と思い出してしまって精神が病んでしまったのか、話が終わっても一人でブツブツ言っている雨鳴をよそに、俺は中々面白い展開になったことをニヤニヤと笑いながら喜んでいた。
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