第15話 超ホラー体験中にも余裕をもって

 上空夫婦とその他の乗った車をショッピングモールから逃がした。そこまでは良かったが、ここで疲れにより能力を使うことが出来なくなってしまった俺は、赤坂と共に大量のゾンビ共が迫ってくる中に取り残されてしまっていた。


「とここまでが回想なんだが。さてさて、この状況どうしようかね」

「何でアンタそんなに余裕なのよ! 能力使えないんでしょ!?」

「まあな。けど慌てても仕方ないだろ。逆にここで慌ててたら思わぬところで足元を掬われて死ぬことになるかもしれないぞ」

「確かにそうかもしれないけど、実際この状況で囲まれてたらそんな風に思える方が異常よ!」


 赤坂が言う事は尤もなことだ。今現在の自分達の状況は、能力も使えなければ武器の一つも無い。そんな中で数えきれないゾンビに迫られているなんて、もう断頭台でギロチンが落ちてくるのを待っているみたいなものだからな。


 しかしながら、刺激の無い退屈な世界を生きて来た身からすると、この状況はゲームの一大イベントシーンみたいで楽しさすら覚えてしまう。元々自分一人であればどれだけゾンビが居ようとも傷つくことは無いと言う自負があるので、そのせいで余計にマヒしてしまっているのだろう。こうして冷静に自分の事を分析出来ていても、この感情を抑えることは出来そうもない。


「全く、まだまだお子様だな俺も」

「はぁ? いきなり何言いだしてんのよ。それよりこれからどうするつもりなの?」

「さっきも言ったが今の俺は能力が使えない。となれば取れる方法は一つ、逃げることだけだ。ショッピングモール正面のゲートはどれもゾンビと車で塞がっていて出られない。こうなれば裏口ゲートに期待するしかない」

「それは見ればわかるけど、どうやって裏まで行くの? ゾンビが多すぎてあの中を突っ切れば絶対死ぬと思うけど?」

「だろうな。だからちょっと遠回りになるが、逆から裏に回る」


 今俺たちが居る場所はショッピングモール正面右側の駐車場だ。この場所から裏に回るのであれば右回りに回り込んで行くのが一番近いのだが、ショッピングモール2階の壁を破壊したり車の雪崩で発生した時の音が集中しているため、外からも内からもこの場所に向かってゾンビが殺到して来ている。それは裏門の方から来るゾンビ共も同じで、能力もなにも無い状態では到底抜けられる数ではない。


 一方、俺がSUVを持ってくるために車を脇に寄せて作ったこの広い道は、左右からのゾンビをぎっちりと詰まった車が防いでいるので比較的ゾンビの数が少ない。となれば遠回りでも安全なこちらの道を行くしかないだろう。途中からは整地していないので車がキッチリ並べられていて通れる幅が狭くなるが、その時は車の上に乗って行けば襲われる確率も減らせる。


 ちなみにSUVを逃がすために作った外へと続く氷の道だが、俺たちがここを行くのは論外だ。逃げる方向が前か後ろしかないので最悪挟み撃ちになって食い殺されてしまう。走り抜けようにも、抜けた先にどれだけゾンビが居るのか分からない以上、全力を出してバテていては結局同じことだ。


「いつまでもここで話していても仕方ない。急ぐぞ赤坂」

「了解!」


 話し終わると同時に軽いジョギングぐらいの速さで走り出した俺達。ゾンビの唸り声が大合唱をしている中、わずかな声の大きさの違いで近くにゾンビが居るかどうかを判断して注意しながら進んで行く。車を押しのけて広くなっていたD区画まではすぐ到達できたが、ここからは車がまだ残っている区画だ。赤坂の体力も考えながら慎重に且つスピーディーに進まなくてはならない。


 D区画を抜けC区画に入る。相変わらずゾンビの数は少ない。車が密集しているため物陰からの襲撃には気を付けなければならないが、車の上を通っていれば問題は無い。途中で何故か落ちていた大人用の傘を片手に、次々と車の上を飛び渡って移動して行くと、やがてC区画が終わりB区画に到着した。


「チッ、こっちはこっちで結構ゾンビが居るな」

「こっちにもゲートがあるし、ショッピングモールへの大きな入り口もあるから、そこから流れて来たんでしょうね」

「結構落ち着いてるじゃないか。この数のゾンビの間を縫ってA区画まで抜けなきゃならないんだが、その様子なら行けるか?」

「行ける行けないじゃなくて、行くしかないの間違いでしょ?」

「お前結構肝座ってんな。自衛隊とか向いてるんじゃないか?」

「金芝さんが居るからに決まってるでしょ。一人だったら、うずくまって食い殺されてるわよ」

「へー、どうだか」


 無駄口を叩きながら、のろまなゾンビ共が少ない所を間を縫って進んで行く。いくらかのゾンビには気づかれたが、静かに移動していれば大量のゾンビがこちらに来ることは無い。


 しかし、ここまで順調に来ていると思わぬ事態が発生して一気にピンチになってしまうと言うのは、ゾンビ映画のお約束だ。


「見つけたぞ赤坂!」


 後もう少しでB区画を抜けると言う時、突然後ろから何者かが大声で赤坂を呼ぶのが聞こえて来た。何んなんだと咄嗟に振り向くと、そこに居たのは。


「あ、雨鳴!? なんでアイツがここに居るのよっ!?」

「どういうことだ?」

「アイツ、私たちが葵の家に隠れてた時にゾンビ共を引き連れて家の中に入って来たの。だから私たちは金芝さんの作った氷の滑り台でショッピングモールに逃げて来たんだけど、あの時もう滑り台は壊れかけてたのにまさか追いかけてくるなんて!」


 見ると、遠目からでも分かるぐらいに歪んだ形相をしたハーレム主人公の雨鳴が、右手に持った鉄パイプでゾンビの頭を潰しながらこちらに向かって来ているのが分かった。どう見てもブチギレている。


「お前、アイツに何言ったんだ?」

「……何も言ってない。それより早く移動するわよ。ゾンビが集まって来てる」

「まあ、いいけどな」


 A区画に向かいながらチラッと見た雨鳴はまさに狂気そのもの。大声で赤坂を呼びながらゾンビの頭をぐちゃぐちゃにする様は、さながらゾンビ映画のボス的な存在に見える。と言うか、どうやってあんな鉄パイプ一本であれだけのゾンビを捌いているのか理解が追いつかない。主人公補正で筋力超アップでもしてるのか?


 逃げる俺達、追いかける雨鳴、淘汰されるゾンビ共。


 これは正しいのか……?


 そんな疑問を抱きつつも、A区画を抜けショッピングモールのコーナーを曲がる。すると、AからGに収まりきらなかったH区画に突入。こちらの区画にはちらほらと車はあるが、概ね裏一般ゲートから出て行ってしまったのか、一部の車両が裏ゲート付近で詰まってるだけで非常に通過しやすい。


「やっぱり一般の出入り口はダメだな。回り込んで業務用ゲートに行くぞ」

「分かった」

「待てーっ! 赤坂ぁーっ!」


 かなり近づいてきている雨鳴の声を無視し、裏ゲートに向かって走る俺達。裏は殆ど従業員しか使わない為ゾンビは少なくなると思ったのだが、裏ゲートがある位置に近づくにつれてゾンビが多くなってきた。


 そして、ようやくたどり着いた時俺たちが見たものは、ゲート付近で炎上する車とそれに群がって火だるまになっているゾンビの群れだった。ゲートは広いので通れるスペースはちゃんとある。だが、これだけゾンビが密集してしかも燃え盛っていれば、とても抜けられたものではない。


「金芝! どうするの!?」

「ついに呼び捨てか! どうするって言ったってここは使えんし、他に行っても出られん。こうなったら俺の体力が回復するまでどこかで休むしかない」


 どこか休める場所は無いか、そう思って辺りを見回してみる。何台かの搬入用トラックがその場に幾つか駐車されていて、そのうちの数台の周りには血だまりが出来ている。謎の肉片は人間のものだろうか。しかし、あのトラックは使えるかもしれん。そう考えていた時、突如後ろから赤坂の腕が掴まれた。


「嫌ぁぁっ!?」


 突然掴まれたことでパニックになる赤坂。だが、その腕を掴んでいるのはゾンビではなく。


「捕まえたぞ赤坂!」


 ハーレム主人公、雨鳴であった。

 赤坂はひとまずゾンビ出なかったことで一瞬落ち着いたが、雨鳴の後ろに見える光景を見て絶句した。


「あ、ああ」


 そこには、とんでもない数のゾンビの群れが壁から壁の道幅いっぱいに敷き詰まった状態でこちらに向かって来ていたのである。


「アンタなんて事してくれたのよッ!?」

「え? ああッ!?」


 雨鳴も今まで気づいていなかったのか、後ろを振り返って見えた光景に声を上げた。前を見れば燃えるゾンビ達、後ろを見ればゾンビの絨毯。何処にも逃げ場がない。


「お前ら、急いであの業務用トラックのコンテナに入るぞ!」

「「!」」


 絶望しかかっているところに俺が大声で指示を出すと、二人は目が覚めたようにパチリと瞬きをして動き出した。俺が指さした方向には大きな搬入用トラックがあり、後ろの観音扉は開け放たれた状態で中の物資が丸見えになっている。恐らく搬入途中でゾンビ騒動が発生し、運転手はどこかに逃げたか食われたかで放置されていたのだろう。


 急いで3人トラックに駆け寄り、コンテナに乗り込む。だが、肝心の扉は内側から鍵を掛けられるどころか閉められる構造にもなっていない。


「どうするんだよ! 扉を閉められなきゃ結局食われて死ぬぞ!」

「喧しい、大丈夫だからそこで黙って見てろ」


 まさかこういう事態は想定していなかったが、完全に体力を使い切っていなかったことが結果的に功を奏した。俺はなけなしの体力で半開きの扉に氷を発生させると、内と外から開閉部分を氷で覆った。


「金芝! アンタもう能力使えないんじゃなかったの!?」

「馬鹿言え。完全に体力使い切ってたらここまで移動して来られないだろ。逃げる体力を考えるとあの時点ではもう能力は使えなかったんだよ」

「じゃあ外のやつらを倒して脱出するなんてことは……?」

「無理だな。今のでもうすっからかんだ。ここでしばらく休まないと体さえ動かせん」

「なあ、何が何だか分からないんだけど?」

「アンタは黙ってなさい!」

「はい……」


 大量のゾンビを引き連れて来た雨鳴にキレている赤坂、怒られてシュンとしている雨鳴、疲れ果ててぐったりしている俺。


 トラックの外からゾンビ共がバンバンとコンテナを叩く音を聞きながら、俺は思った。


 気まずいなぁ。と。

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