第7話 現実と希望

 ハッキリ言おう、この大量のゾンビの中ショッピングモールの中に入るのは不可能だ。いや、正確には俺一人なら不可能ではない。このくらいの数ゾンビが居ようと凍り付かせて動けなくしてやれば簡単にたどり着くことが出来る。だが、そうなるといくつかの問題が発生するのだ。


 まず第一に、寒すぎて同行者の少年と赤坂が凍死する可能性が出てくることだ。今の時期だんだん温かくなっているとはいえ、まだ多少の寒さは残っている。それに春風、こいつが厄介だ。ゾンビは道路を埋め尽くさんばかりに居るので、そこら中に氷柱が出来上がることになるのだが、強い春風でその寒さが余計強まってしまう。

 着こめば大丈夫と思うかもしれないが、その場合どちらにしろ家に帰るかその辺の家から拝借することになるだろう。だったらそのままそこに居てもらって俺一人でショッピングモールに向かった方がいい。


 そして第二に、ショッピングモールの中に大量のゾンビが居た場合だ。その場合俺は屋内のゾンビも凍り付かせることになるが、そうなるとどこかに残っている生存者が凍死するか寒さで動けなくなる可能性が高い。一人で行くならちまちまとゾンビを殺しながら進めばいいが、3人、それも子供が居る状態なら安全を考慮して目につくゾンビはすべて凍らせて行くことになる。せっかく助けに行ったのに寒くて死んでましたじゃ本末転倒だ。


「という事で、一旦帰るかその辺の家に入るぞ」


「何がという事か分からないけど、それについては賛成するわ。流石にあの数のゾンビは間を縫って進むとか出来ないだろうし」


「そ、そんな」


 少年は顔を歪ませ今にも泣きだしそうだ。今の言葉を聞いていれば泣く必要はないと思うんだがな。


「少年。なにも助けに行くことをあきらめると言ったわけではない。最悪俺一人で助けに向かうことも出来るし、何よりなぜこんなにもゾンビが集まっているのか、その原因を知っておきたいから行くのを中断するだけだ」


 俺が真剣な表情で少年に訳を話すと、少年はハッとした顔になり袖で目元をぬぐった。


「うん、わかった」


「原因を知る必要があるのなら、この子の家に行くよりショッピングモールにできるだけ近い場所にある家の方がいいわね。そこまでだったら行ける?」


「ああ、多いと言ってもこのくらいなら2人を守りながらでも進めるが」


「それじゃあそこに見える背の高い青い屋根の家に行きましょう。あの家友達の家で、3階からショッピングモールが良く見えるって言ってたから丁度いいでしょ?」


 この辺りは居住区という事もあってビルなんかの背の高い建物が少ない。その中で3階建ての家となると頭一つ飛び出すというわけだ。しかし赤坂の友達の家はことごとく金持ちらしい。遠くに見えているだけなので全貌は分からないが、結構大きな家だぞあれ。


 行く場所が決まれば話は早い。俺たちは即座にその青い屋根の家に向かって移動を開始した。途中鬱陶しいぐらいゾンビが居たが、近づいた奴は足を凍り付かせて頭の上からつららを落として対処した。本当は少年を助けた時の様に地面を凍らせて他のゾンビ共を巻き込むように滑らせようかと思っていたが、ゾンビが密集しすぎていて出来なかった。おかげで少年にグロテスクなシーンを見せる羽目になってしまって、この子が将来この事で性格が歪まないかとても心配だ。


「やっと着いたな。赤坂、この家の家族構成は?」


「友達とその両親の3人家族よ。それにしてもアンタ本当に魔法使いだったのね。あんなことが出来るなんて思ってもみなかったわ」


「何だ信じてなかったのか? それでよく一緒について来るとか言ったなお前」


「私はちゃんとしっかりこの目で見るまでは信じないたちなのよ。氷を使うってことは、もしかしてあの壁もアンタが作ったの?」


「まあな。その話は後だ、先に中にゾンビが居ないか確認するぞ」


 インターホンは押さないほうがいいだろう。車も走っていない今の静けさでは家の中からの音も十分外に聞こえる。それでゾンビに寄ってこられたら面倒だ。


 無いとは思うが一応玄関の扉を開けようとしてみる。だが予想通り鍵がかかっていた。外出していたのか、それとも中に引きこもっているのか、出来れば前者であってほしいものだが。


「鍵が開いていない。インターホンも音がデカいから押すわけにもいかん。となるとどこかをぶち破って入ることになるんだが」


「それだと結局音が出てゾンビに気付かれる、か」


「そうだ。そうなった場合、一階の窓なんかをぶち破るとゾンビ共に侵入されてしまう。だから今回は2階にあるあのベランダから中に入るぞ」


「どうやって入るのよ? 梯子なんてその辺に落ちてるわけ無いし、丁度いい高さの木も無いわよ?」


「まあ見とけ」


 そう言うと俺は両手をベランダの前の芝生に向かって突き出した。要は昇れればいいのだ、だからここにデカい階段を作ってもいいのだが、それだと階段が残ってしまう。そうなればゾンビ共も昇ってこれるようになるわけなので、その案は使えない。

 能力で出したと言っても出したものは既に存在してしまっているわけで、出したときと同じように簡単に消すことは出来ないのだ。


 だから俺はまず背が低く上部が平らな氷柱を作り出した。幅は広く作っているので3人は余裕で乗れるだろう。


「よし、二人ともあの氷の上に乗るぞ」


「何をしようとしているかは分かったけど、私たちが落ちないようにしなさいよね」


「分かってるよ。よし乗ったな。それじゃあ二人とも俺に捕まっといてくれ」


 二人の手が俺の肩と腕をつかむ。それを確認して俺はゆっくりと氷柱を下から押し上げるように伸ばした。二人がバランスを崩さないように慎重にゆっくりとだ。

 およそ一分ほどかけて氷柱はベランダの高さに到達した。俺は二人を先にベランダにおろし、最後に飛び降りる。


「やっと着いたな。中の様子はどうだ?」


「カーテンが閉まってるから良く見えないけど、見える範囲では争ったような跡はないわね」


「そうか。今からガラスを割るがまだ安心はできない。警戒してくれ」


「了解」


 2階で争いが無かっただけで、1階や3階にはゾンビが居る可能性は十分ある。その事に警戒しながら赤坂に少年を託し、俺は右手にまとわせた巨大な氷のハンマーをベランダの窓ガラスに向かって叩きつけた。

 ガラスの割れる音が周囲に響き渡る。その音を聞きつけた家の外のクソゾンビ共はかすれたような声と共に群がってきていた。そして部屋の中でも。


「来るかっ!」


「!」


 そこに現れたのは背の高いスーツを着た男……のゾンビと、血にまみれたエプロンを付けた女のゾンビだった。おそらくこの人たちが赤坂の友達のご両親なのだろう。後ろで赤坂がおじさん、おばさんと悲鳴を押し殺すように口に手を当てて悲痛な表情を浮かべている。


「ア˝ァァ」


「ガァァ」


 感染してしばらく経っているのか顔の血色も悪く青白い。目は白く濁っておりこちらを認識できているのか分からないし、強烈な腐敗臭が鼻をつく。


「悪いが、アンタ達の家を使わせてもらうぞ。そして安らかに眠ってくれ」

 

 ノロノロとこちらに手を伸ばして近づいて来る夫婦。ここでさっと殺してしまうのは簡単だが、流石に知り合いの姿をしたゾンビを目の前で殺すのは赤坂にはキツイだろうか。

 そう思って赤坂の方をちらりと見ると、赤坂は口を抑えたまま小さく頷いた。


 俺の腕から氷の針が2人の頭部に向かって飛ぶ。そしてぐちゃっと言う音と共に二人は床に倒れ伏した。


「おじさん、おばさん……」


「不用意に近づくな。まだ動くかもしれん」


 俺は赤坂を下がらせて2人の死体に近づく。どうやら動き出す様子はなさそうだ。そのまま2人の死体に手をかざし、氷漬けにしていく。これは万が一の為というより、そのまま腐らせて行くのが忍びなかったからだ。後で二人の死体は庭に埋めてあげることにしよう。


「赤坂、警戒を緩めるな。この家にはあと一人住人が居ただろう?」


「そうだ、葵は!」


「この二人がゾンビになっているんだ、ゾンビになっている可能性は高い。だが窓を割った音でここに来ないという事は、もしかしたら部屋に籠って生きているかもしれん。もちろん発生当時外出していたという事もあり得るかもしれんが」


 だが発生当時の時間帯は朝7時頃だったはずなので、外出しているかどうかは分からない。そもそも俺が発生を瞬時に確認できたのはこの能力があったからだ。壁を作ってその後どれぐらいのスピードで感染が広がったのかは把握していない。先ほど殺した父親はスーツを着ていたし、かなり服装は乱れている様子だった。出勤後に急いで戻って来たと考えてもおかしくはない。


「赤坂、この騒動が始まった日の事を覚えているか?」


「もちろん覚えてるわよ。私は友達と一緒に買い物に行く予定があって12時ぐらいに丁度あのショッピングモールで待ち合わせしていたんだけど、そこでゾンビが出て……。私は運よく逃げられたけど、たくさんの人がゾンビに食べられているのを見たわ」


 今の時代、朝からテレビを見たりラジオを聞いたりしている人間は少ないのだろうか? もしテレビを見ていれば家から出ない選択をしただろうに。それとも、それでも会社を休めないとか遊びに行きたいとかで、自分には関係ないとでも思ったのだろうか? まあ、そんなことはもうどうでもいい。


「そうか。ではその葵というやつも外出していたのかもしれんな。だが確認だけはするぞ。そいつの部屋に案内してくれ」


「分かったわ。こっちよ」


 どうやらこいつの友達の部屋は3階にあるらしい。階段を上ると3階の廊下には血の跡などはなにも無く、綺麗なものだった。3階には部屋が4つあり、そのうち一つが両親の寝室、そしてその向かいが父親の書斎。両親の部屋の横が葵の部屋で、その向かいは物置になっているらしい。


「とりあえず書斎と両親の部屋はなにも無い。綺麗なもんだ」


「物置にもなにも無かったわ」


「それじゃ葵の部屋の扉を開けるぞ」


 赤坂と少年の顔に緊張が走る。ここで鍵がかかっていれば中に居る可能性は高いが、一週間ずっと部屋から出られていないとなると死んでしまっているかもしれない。俺はゆっくりと部屋のドアノブを下に引いた。


「鍵がかかっているな」


「! じゃあ葵は中に!?」


「呼びかけてみろ」


「葵! 葵! 返事をして!」


 赤坂が必死に呼びかける。だが返事は無かった。中からバンバンと扉を叩くような事も無いので、少なくとも中にゾンビは居ないだろう。


「赤坂、どいてくれ。ちょっと強引だが、扉を開ける」


 開けると言ってもぶち破るわけじゃない。家の中のドアというのは玄関や窓のように完全に密閉されているわけではないし、鍵の構造自体もシンプルだ。ならばそこを氷で押し出してやれば。


 ガチャリという音と共に部屋の鍵が開く。そして俺はゆっくりとドアノブを引いた。


「葵っ!」


 部屋の中に入ると、床の上に赤坂と同い年ぐらいの女性が倒れ伏していた。周りには500mlの水のペットボトルとお菓子の袋が散乱している。しばらくはこれでしのいでいたが限界がきて倒れてしまったのだろう。


「ダメだったか」


 赤坂は倒れ伏した葵の横でへたり込んで涙を流していた。きっと大丈夫と希望を持っていたから耐えられたことが、今目の前で親しかった友人の死体を見てしまったことによって一気に流れ出してしまったのだろう。無理もない。


「お姉さん……」


 少年も心配そうに赤坂とその友人の死体を見ている。こんな世界だ、少年に死体を見せないようになんてするだけ無駄だと思うが、こういうのは精神に大きな負担がかかる。これで少年の両親が死んでしまっていたらどうなるか。


 その時、少年が何かに気付いたように目を見開いた。俺が少年の視線を追ってみると、少年が見ていたのは死体の右手だった。赤坂はうつ伏せの死体の左側にへたり込んでいるため気づいていないようだが、死体の右手がピクピクと動いている。


「赤坂! その死体から離れろ!」


「!」


 俺の大声でハッとする赤坂。そして死体は右手を床に着け頭を持ち上げた。


 マズい、このままでは赤坂が咬まれてしまう。能力を使おうにも間に合わん! 咬まれるっ!!


「み、みずぅ」


 そして、俺達3人とも違うかすれたような声が部屋の中に響き渡ったのだった。

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