第8話 そしてそんなことはどうでもいい

 少々しんみりした空気の中、赤坂が友達の葵を世話している。持って来ていた軽い食べ物、主にエナジーバーやらゼリーやらを食べさせている姿を見ながら、俺は考えていた。


 ここまでは計画通りだと。


 一体何の話をしているのかと思うかもしれないが、この家に来るまでと入ってからの俺の行動や言動を見ていれば大体わかるだろう。そう、俺は少年と赤坂を確実にショッピングモールに連れて行かないために、この家に来ることを賛成したのである。


 俺の考えではこういうシナリオになっていた。まずこの家に入るのはそのままだ。この時、中に居る人間が生きていようが死んでいようがそれに関してはどちらでもいい。死んでいれば赤坂は友達の死を見て精神的に不安定として連れていけない。その場合少年には赤坂についていてもらう。逆に生きていたとしても、この辺りでの食料調達の難しさから衰弱しているだろうと言う予想はついていた。そうなれば赤坂は葵の世話でこの家に釘付けだ。


 つまりここまでの俺のしんみりした態度や言動はすべて適当に何も考えずそれっぽい感じにしていただけなのである。大体、現実とか希望とか言っても俺にはどうとでもなる問題なのだ。赤坂には悪いなぁという気持ちが少しぐらいないではないが、勘弁してほしい。


「赤坂、お前はここで彼女を見てやっててくれ。それから少年もここに残って赤坂とそこの彼女についててくれるか?」


「で、でも僕が行かないとお父さん達かどうかわからないんじゃないですか?」


「少年はスマホ持ってるだろ? そこから家族の写真を俺に送ってくれればそれで十分だ」


「あ、そうか!」


 少年のスマホのアプリで俺のIDを友達登録してもらい、そこに家族の画像を貼りつけてもらう。ふむふむ、少年の両親はどちらも美形だな。妹も少年も幼いながら顔立ちが整っているし、美形家族か。ちょっとうらやましいな。

 とにかくこれで少年がついて来る必要もなくなった、後は表向きここに来た目的である、ショッピングモールの異変を確認するだけだ。


 俺はちょうどこの部屋にあった双眼鏡を使って、ショッピングモールの方を見てみる。広い駐車場にはかなりゾンビが居て、ぞろぞろとショッピングモールの入り口の一つに向かって行っているようだ。まあゾンビが居ることは当然として、気になるのは駐車場の真ん中付近に無造作に倒れているバイクだ。バイクの周りの地面は真っ赤になっていて、まさに血の海と言った感じになっている。

 推測だが、駐車場でゾンビ狩りをしていたバカの集団が居て、その騒音のせいで大量のゾンビが寄ってきてしまい対処できなくなってバイクを捨てて逃げたのだろう。ゾンビが真っ直ぐショッピングモールの入り口に向かっているところから、そいつらはショッピングモールの中に逃げ込んだに違いない。となると中は想定以上の数のゾンビが居ると見た方がいいな。


「ここからだとショッピングモールに行く途中の道にある車が邪魔だな。あれは密集し過ぎどころじゃない」


 この家に来る前に居た大通り、あそこをまっすぐ進んでショッピングモールに行くルートだが、どうもゾンビパニックが始まってすぐに玉突き事故があったようで、トラックや乗用車が密集していて横倒しになったりしているものもある。多少の隙間はあるようだが、そこはゾンビで埋め尽くされて通れない。ここから見た感じだと、ショッピングモールの駐車場にあるいくつかの入り口には到達できないだろう。となれば手っ取り早くショッピングモールに着くには俺の能力でここから滑り台を作って、そいつで滑り降りるしかない。


「よし、あまり時間も無いからさっさと行ってくる。お前らはちゃんとここで待っとくんだぞ」


「分かってるわよ。葵はこんな状態だからしばらく付いてなきゃだしね」


「あの、気をつけて下さいね。それから両親と妹の事をどうかよろしくお願いします」


「ああ任された。ただ、探索は一時間だけだ。その間に見つからなければ戻って来るからな?」


「はい。その時は……僕も覚悟を決めます」


 覚悟か、こんな子供の内から両親と妹の死を覚悟しなければならないとは、この世はまさに地獄になってしまったという事か。

 俺は何も言わずに頷くと窓からショッピングモールの駐車場に向かって氷の滑り台を構築していった。もちろん駐車場に群がっていたゾンビが着地地点に近寄らないようにしてな。


 一番ゾンビの出入りが少ない入り口から入るつもりだが、いかんせんこのショッピングモールの形状が良くない。このショッピングモールは普通のより土地が広いせいか横に長く作られている。その分縦の階層が2階までしかないのは助かるけどな。


「さてと、このショッピングモールにはあまり来たことが無いが、確か2階から一階は丸見えだったな。となれば2階に上がるか」


 比較的ゾンビの少ない出入口から入り、適当に周囲のゾンビを間引きながら止まったエスカレーターを登って行く。電気は付いて良いるからエスカレーターも動いていそうなものだが、どうやらゾンビの腐った肉と血で止まってしまったようだ。ゾンビ共は音に寄って来る習性を持っているようなので、エスカレーターに引き寄せられて巻き込まれて髪の毛と一緒に頭皮を持ってかれたとかだろう。


 エスカレーターを上り終わって、そこに転がっていたゾンビの頭を蹴っ飛ばすと、俺はざっと2階を見まわしてみた。ゾンビはまあ多い。休みの時期だったからか、若かったであろうゾンビが目立つ。つまり子供だな。


「が、それでもゾンビはゾンビ。人間に戻ることなど出来ない以上倒すだけだ」


 右手に氷で剣を作り出し、一体の首をはねては作り直し、また一体と確実に倒していく。

 見える範囲には人間のいる気配はない。ゆらゆらと揺れながら腕をこちらに伸ばしてくるゾンビ共だけだ。このショッピングモールの2階部分は主に服屋やゲームコーナー等が多く配置されていて、1階は食材を扱う店が多い。そして何よりの特徴的なのが、横に長い分移動が大変になるからという事で設置された動く歩道だ。


「便利なのは良いけど、ゾンビ共まで運んでくるのはどうもね」


 まるでベルトコンベアゾンビとでも言おうか、かと言って歩く歩道を凍らせるとせっかく便利なのに壊れて使えなくなってしまう。なので、ゾンビが手すりから通路側に落ちてくるのを期待して通路側を歩くことにした。

 が、意外とそのまま流れていくな。後ろからはどんどん乗って来るし。これはもう使わないほうがよさそうだ。


 さて、ようやくショッピングモールに入ってこれから少年の家族を探すのだが、少年の妹の年齢を考えると、大人用の服屋や化粧品なんかの店は除外してもいいだろう。ゾンビパニックが発生したのは赤坂が言っていた通りなら12時ごろになる。となると少年の家族も一階で食事をとっていた可能性は高い。そこまで分かっていてなぜ2階からと思うかもしれないが、幼い子供連れなら早めの時間に昼食をとってしまってお昼の混雑を避けようとするのではないかと考えたからだ。

 決して1階はゾンビが多くて面倒くさいなどとは思っていない。


 まず行くのは2階のおもちゃ売り場だ。少年から聞いた話だと、少年の家族はその日妹の誕生日プレゼントを買いに出かけたらしい。少年はその日、数日前からの風邪で、ほぼ治ってはいたが念のため家で安静にしていることにしたのだという。もちろん両親のどちらかが家に残ると言っていたそうだが、妹のためについて行かせたとのことだった。

 この店の開店時間は10時。そして両親は少年の昼ご飯を作ってから出かけたため、家を出たのは11時頃。そこから真っ先にプレゼント選びに行くより、1階で昼食を食べた後、2階でゆっくりプレゼントを選ばせた方が流れ的には自然だ。


 しばらく歩くと、おもちゃ屋はすぐに見つかった。店名はトイ・ザウルス。なんとも恐竜のおもちゃが大量に売ってありそうな名前だ。と言うか恐竜のおもちゃ専門店っぽい感じもする。

 店内にはやはり数体のゾンビが居た。すべて大人のゾンビでエプロンのようなものを着ているのを見るに、このエプロンはここの制服だろうか。血みどろになったそのエプロンは悪臭とグロテスクさが相まってサイコホラーの映画に出てくる殺人鬼の化け物が着ていそうな見た目になっている。

 

 ざっと見渡しても隠れられそうな場所は無いように見えた。ふらついているゾンビ共をさっと片付けてレジの前まで来てみると、レジの奥のスタッフ専用の通路の方から何やら音が聞こえてきているのがわかる。おそらくゾンビだろうとは思ったが、一応確認のために入ってみる、すると通路には倉庫、休憩室、ロッカールーム、事務室と書かれた扉があった。音はその中の一つ、ロッカールームの中から聞こえてきているようだ。ゾンビ共も近づかなければ聞こえないほどのかすかな音でも、店内のゾンビを一掃して歩く音や這いずる音を排除した今だと良く聞こえる。


 ロッカールームの扉には鍵がかかっていた。この扉は複雑な鍵ではないようだが、俺の能力で開けるなら派手に鍵の部分を壊して開けるしかなさそうだ。


「おーい、誰かいるか?」


「……」


 一応ぶち破る前に呼びかけてみるも、中からの返事が無い。それどころか中から聞こえていた音もピタリとやんでしまった。少なくとも中に居るのはゾンビではなさそうだ。


「今から鍵を壊して中に入る。扉の前に居るなら離れておけ」


「……」


 返事はない。今の今に息絶えたのか? まさかな。

 俺は右手から絶対零度の冷気を鍵の部分に噴射した。これで鍵を壊せるはずだ。さて、鬼が出るか蛇が出るか、確かめてやることにしよう。

 途中で拾った金属バットをゆっくり振り上げ、一気に下す。あっけなく壊れた扉の鍵、後は押すだけで開くであろう扉を俺はゆっくりと右手で押した。

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