第6話 定番のショッピングモールへ

 おっさんが襲われていても、美女が襲われていても、そんなのはどうでもいい。だが子供となれば別だ。

 子供は国の宝という言葉があるように、子供には無限の可能性が秘められている。そして一番重要なのは、幼いが故にこちらの話をしっかりと聞いて従ってくれるという事だ。


 おっさんやお姉さんは今までの人生経験や立場によって確実に口答えしてくる。そしてそのうち助けてもらうのが当たり前になり、命令までしてくるようになるだろう。


 そんなの助けたいと思うか? 少なくとも俺は思わない。カスがぁ!!!


「うわぁ! た、たすけて」


 おっと、そんなこと考えてたら少年が咬まれそうだ。


「少年。その場でしゃがめ!」


「え? っ!」


 ちょっと驚いてはいたが、少年はすぐにしゃがんでくれた。その瞬間、

 俺は転倒したバイクの近くに落ちていたヘルメットを右手に持って、少年の近くに居たゾンビ共をぶん殴った。

 もちろんマッチョでもない俺が殴った程度ではゾンビを殺せはしないが、倒せなくともよろめかせられれば十分だ。


「え? え? なに?」


「おー、滑って行ったねぇ」


 殴る前にあらかじめゾンビ共の足元を凍らせておいたことによって、よろけたゾンビ共がこけてそのまま滑って行く。

 後はアイツらが立ち上がってこれないように車の前に重なって倒れているゾンビ共の血という血をガチガチに凍らせてゾンビ同士繋げて動けなくしておけば、もうアイツらは気にしなくても大丈夫だ。


「さて、大丈夫だったかな?」


「あ、は、はい。ありがとうございました」


 うんうん、ちゃんと御礼が言えて偉いねぇ。やっぱり態度のでかいおっさんとか礼も言えない美女よりずっといい。


「はあ、はあ、大丈夫だった?」


「ああ、遅かったじゃないか赤坂。見ての通り無事だよ」


「そう、良かった」


 何でコイツこんなに疲れてんだ? 俺より若いだろうに、運動不足かよ。

  

「あ、あの。僕、上空スバルと言います。お兄さんはもしかして魔法使いなんですか!」


「そうだよー、お兄さんは魔法使いなんだ。君を助けに来たんだよぉ」


「ちょっと、アンタ気持ち悪いわよ」


 だまらっしゃい! 子供を安心させるためにこの話し方をしているのが分からんのか!


「なによ?」


「ふん、まあいい。それより少年。大丈夫だったかい? 怪我していない?」


「はい! ケガはないです。けど……」


 む? けど? なんか嫌な予感がする。

 そもそもなんで子供がこんな所で一人で居るんだ? 親はどうした? まさか……


「お父さんとお母さんが返ってこなくて……」


 やっぱり。じゃあこれはここからこの少年の親を探しに行くターンが始まるってことか? さすがに子供一人置いて行くわけにもいかんし、でも親を探しに行くと言って聞かなそうだしなぁ。


 そう思って赤坂の顔を見ると、赤坂の奴は俺をガン見してやがった。また見捨てんのかみたいな顔だ。だったらてめえ一人で行けや! と言いたいが、ながれで一緒に居るとはいえそれを許したのも俺。ここで勝手に行けば、とは言えない。


「そんな目で見るな赤坂。俺は子供には優しいんだ。この子の事は助けるさ」


「ふう、よかったわ。これ以上アンタの事疑いたくないもの。クズ野郎なんじゃないかってね」


「お前、そういう事は思ってても言わないもんだぞ。それで少年、君のお父さんとお母さんはどこかに出かけていたのかい?」


「は、はい、お父さんとお母さんは妹とお買い物に行くって近くのショッピングモールに」


 ショッピングモールとは、まさかここでゾンビもののお約束が来るか。

 この辺でショッピングモールに行くにはこの先の大通りから右、つまり今から俺たちが向かおうとしていた壁側とは逆方向になる。正直行きたくない。ゾンビもののショッピングモールと言えばトラブルの宝庫で絶対に生きている人間が居るし、万が一そいつらが襲ってくるような奴らなら、後ろの二人を守るのが難しいからだ。


「そうか、じゃあお兄さんが君のお父さんとお母さんを探してくるから、君はこのお姉ちゃんとお家で待っていてくれるかな?」


 そう言ってみるが、少年は泣きそうな顔になりながら俺の腕をつかんで首を横に振った。


「ごめんね、連れて行くのは危険なんだ。途中にはさっきのあいつらみたいなのが沢山いるんだよ? それでも大丈夫?」


「うん、ちょっと怖いけど、魔法使いのお兄ちゃんが居るから大丈夫」


「そう言えば、さっきは良く分からなかったけど、あのゾンビたちに何したの?」


「何って魔法だよ」


「……まあいいわ後で詳しく聞くから」


 まあ別にどうせ話すつもりだったので問い詰められても構わんのだが、なんかこう言い方がムカつくんだよな、こいつ。

 と言うかその前にこの少年を止めろよ。


 俺は正直面倒が嫌いな人間だ。今回の場合、少年の親と妹を助けに行くのはまあいいが、少年と赤坂を連れてショッピングモールに向かうという一番面倒な状況だけは避けたい。そう言う気持ちを込めて、俺は赤坂に顔を向けてアイコンタクトを図った。この状況を冷静に考えられていれば、まだ会ったばかりの俺達でもアイコンタクトは通じるはずだ。


 俺は赤坂と目を合わすと、じっと彼女の目を見る。するとやはり俺の言いたいことが通じたのか、彼女は顔を縦に振って頷いた。


「行きましょう。ショッピングモールへ」


「全然わかってないじゃねえか、オイ」


 まったく通じてなかった。アイコンタクトはやっぱりだダメだ。こうなったら口で説得するしかねぇ。


「おい赤坂、普通に考えてみろ。こんな子供をあのゾンビ共がうろつく場所に連れて行くって言うのか?」


「確かにそうだけど、一人だけ置いて行くわけには行かないでしょ」


「さっきの話聞いてなかったのか? お前がこの少年と一緒に、少年の家で待ってればいいだろうが」


「それは嫌よ。だってアンタがそのまま一人で逃げるかもしれないじゃない」


 確かにそうやって疑うのも無理はないとは思うが、流石に約束は守るぞ俺は。少年の親と妹を連れてくると言ったら連れてくる。まあ、死んでなければだが。

 

 それにしても、こいつの前で俺は何かしただろうか? したことと言えば精々おっさんを見捨てたことと美女を見捨てようとしたことぐらいだ。これぐらいなら別段普通じゃないか?


「それにアンタは魔法使いでしょ。だったら私たち2人ぐらい守れるんじゃないの?」


「本気で言ってるのか?」


「だってそうじゃなきゃあれに説明がつかないでしょ?」


「そうじゃない。魔法って言ったってどんなもんか知らないのに、それでお前ら二人を守れると本気で言ってるのかってことだ」


「本気よ。最初アンタに会った時、アンタゾンビに囲まれてるのに余裕そうな顔してたじゃない。あれだけの数のゾンビが平気なら、私たち二人を守りながらショッピングモールに行くぐらいわけないでしょ?」


 だったら最初会った時なんであんなに俺を助けようとしたんだと思ったが、どうせ反論しても付いてくるのは変わらないだろう。だったらもう何も言うまい。

 実際ついてこられても守れるだろうことは間違いないのだ。ただ万が一のことも無いとも言えないので、着いて来てほしくなかっただけで。


「はぁ、分かった、一緒に連れて行こう。ただ一つ条件がある。俺の半径3メートル以内に必ず居ることだ。それ以上はなれるなら、何があっても俺は責任を持てない」


「分かったわ。この子は私がしっかり連れて行くから大丈夫よ」


「少年も、絶対に何があっても付いてくるんだぞ」


「は、はい!」



++++++


 俺たちは少年を連れて目指していた隣の大通りに出ると、一度辺りを確認してから右に曲がった。大通りには車こそ多いものの思ったよりゾンビが少なく、また人間の姿も無かった。まだゾンビパニックが起き始めてから一週間の為、人間が居ないのは分かるのだが、ゾンビが数体しかいなかったのは妙に引っかかりを覚える。


 俺たちが例の家から出てここまで、路地にこそゾンビが多く居たが、何故か大通りにゾンビが居ない。大通りはどちらも真っ直ぐホームセンターのある通りに繋がっていて、壁の方にはゾンビを引き寄せるような要因が無い。となると……。


 ホームセンターに近づくにつれて、ゾンビ共の姿が目立つようになってきた。ハッキリ言ってこの程度の数なら瞬殺できる。だが、だんだん多くなってくると言うのはこの先に何かあるという事を確実に物語っていた。


「マズいな」


「え?」


「ゾンビの群れが居る。俺一人ならともかく二人が一緒だと間違いなく誰かが死ぬ」


「っ!?」


 俺の言葉が信じられなかったのか、近くの車の上に昇って遠くを確かめる赤坂。いったいどんな光景が見えたのか、彼女は声も出さず息をのむ音だけが聞こえた。

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