第5話 男だろうが、女だろうが
クッソ気まずい状況だが、そんな事はどうでもいいぐらい腹が減っている。だから俺は隣の部屋から聴こえてくる音に対して、きっとマッサージでもしているんだと思うことにした。
「よし、それじゃあキッチンに案内してくれるか?」
「え? ええ、分かったわ」
部屋から出ると、多少音が小さくなる。その事でちょっとだけ気分が良くなった。他人が出す音というのは自分の思い通りにならない。だから余計にイラついたりする。俺なんかもうあの部屋に戻るつもりもない。
「それにしても、君はあんな部屋でよく過ごせるな」
「私だって毎日毎日あの音を聴かされて、いい加減うんざりしてるわよ。だから何度もリビングのソファで寝させてって言ったんだけど、何かあるといけないからって聞き入れてもらえなかったわ」
「ふーん。あんなのが毎日か。俺だったら2日で頭おかしくなるな」
「はぁ、私ももう限界よ」
暗くて顔はよく見えないが、声からしてかなり疲れているようだ。たぶん寝れてないんだろう。
「言っとくが、俺はもうあの部屋に戻るつもりは無いぞ」
「だったら私もあなたと一緒に居るわ」
「え? いや、いいよ。君は戻って寝れば?」
「寝れないって言ったわよね? それにさっきアンタが言っていたことも気になるし。アンタが嫌って言っても一緒に居るわよ」
俺が言ったこと? そう言えばさっき誰も居ないと思ってぶつぶつ独り言を言ってた気がするな。
「ほら、ここがキッチンよ」
「ん? ああ、ご苦労」
「何でちょっと偉そうなのよ。それより何食べる? 簡単な者なら私が作るわよ。今だったら野菜がまだ食べられるから痛む前に少いしたいんだけど、野菜炒めでいい? いいわよね?」
「何でそんなに押しが強いんですかね。まあ、いいけど」
ゾンビパニック発生から1週間。生鮮食品である野菜はこれからどんどん傷んですぐダメになる。そう言う意味でここらで使い切っておきたいという事か。
しかし暇だからと料理を眺めていたが結構手際がいい。普段から料理をしているのだろうか。
オープンキッチンのみ電気を付けて料理を作っている彼女の手元には、肉は無く野菜ばかりが置いてある。肉なしの野菜炒めというのは、色はともかくなんだか味気ない。
「なあ、肉はないの?」
「あるわけないでしょ。野菜はまだ大丈夫だけど、肉なんて2、3日しかもたないんだから。さっさと使ってしまったわ。はい、出来たわよ。ご飯はジャーから自分で取ってね」
彼女がリビングのテーブルに野菜炒めを持っていき、その間に俺は適当な茶碗にご飯をよそう。勝手に人の家のご飯を頂くというのは、普通の人間なら少々罪悪感を覚えるかもしれないが、俺は全くそうは思わん。食える状態にしているのが悪い。
椅子に座って、目の前の野菜炒めをおかずにご飯を食べる。飲み物はミネラルウォーターではなく、未だに断水していない水道の水だ。
「食べながらでいいから聞いて。さっきアンタが部屋で明日にはここを出て行くって話。それを聞いて私思ったんだけど、それに私もつれて行ってくれないかな?」
「ヴェ?」
「さっきも言ったけど、私ももう限界なのよ。確かに3人にはずいぶん良くしてもらったし、友達だと思ってる。だけどこのままだとゾンビに食べられて死ぬより前に、精神がおかしくなるわ」
「えー」
「えー、じゃない。言っとくけどアンタ簡単にここから出て行けないと思うわよ。皆優しいから絶対止めに入って来るもの。一度一人で外出しようとしたら、縋り付いて止められたからね」
「でも俺今日会ったばかりぞ?」
「関係ないわよ。もうアンタも仲間みたいに思われてるわ」
うわ、それは面倒くさい。無駄な正義感か、それとも不安感からくるものか。どちらにしろ、縋り付かれたら動けなくなる。雨鳴だったらぶん殴ってもいいけど、女の子は流石にね。
「じゃあ夜にでも出てくさ」
「バカなの? そんなことしたらすぐにゾンビの仲間入りじゃない」
そうでもないんだなこれが。君が付いてこなければだけど。
「それに、一人で出て行こうとしたら私が叫ぶわ」
「うわ、お前とんでもない奴だな。性格悪いって言われない?」
「生憎言われたことないわね。ハッキリした性格だとは言われたことあるけど」
「ふっ」
それって性格悪いって言われてるようなもんなんじゃないの? 知らんけど。
「ぶん殴るわよ」
「性格わるっ!」
殴られました。
「で、一緒に連れて行ってくれるわよね?」
んー、別に連れて行くのは良いんだが、何処までついてくる気なんだ? さすがに家までとなる嫌なんだけど。だって家まで連れて行くってことは一回壁の上に昇るってことだぜ? てことは壁を昇る時に能力を見られるってことで、そうなると絶対『何で私たちの町は助けてくれなかったのよ!』とか、面倒くさいこと言われそうだもん。
「ついて来るのはいいとして、その後はどうすんだよ? ずっとついて来るわけじゃないよな?」
「え? ダメなの?」
「いやいやいや、ダメに決まってんでしょうが。年頃の女の子が若いお兄さんと一緒なんて。お兄さん君を襲っちゃうかもよ?」
「大丈夫よ。その時はタマきん蹴りつぶすから」
大丈夫じゃねえ!? 俺が大丈夫じゃねえじゃねえかよ! 余計連れて行きたくなくなるわ! あとその親指を立ててgoodみたいなのやめろ!
「とにかく、ずっと一緒はダメだ。どっか適当な避難所に連れて行ってあげるから。そこで我慢しなさい!」
「嫌よ。どうせ避難所なんかに行ったら、キモいおっさんに犯されるだけなんだから。だったらアンタのタマきん蹴りつぶしたほうがましだわ」
「いや、大丈夫じゃねえよ!? そこが一番大丈夫じゃないよね!? せめて蹴りつぶすのだけは止めろよ!?」
「大丈夫よ。ソフトにやるから」
いや、ソフトって何!? なにも大丈夫じゃないよね!?
あー、ダメだ。調子が狂う。こんなはずじゃなかったの一番上に君は確実にランクインしてるよ。
もういい、しょうがない。もう連れて行こう。それで共犯みたいな感じになってもらおう。
「はぁ。わかったわかった。じゃあ連れて行くから。それで、もう行くか?」
「いいえ。朝方に出ようと思うわ。朝方だったら3人とも疲れて眠ってるはずだから」
夜はしっかり寝て朝方には回復してるってのが普通だが、あいつらは夜元気になって朝は疲れてるんだな。あんなんでこれから生きていけんのかね。
「了解。それじゃあ朝までソファに寝っ転がって、ちょっとでも回復しときますか」
「私も手紙を書いてからそうするわ」
その後は朝まで眠らないようにしながら目を閉じて少しでも回復を図った。と言っても俺は昼間寝てたので別にそんなことをする必要なかったが。赤坂が紙にシャープペンで何かを書いている音以外何の音もしないのが何となく心地よかった。
朝方。たぶん5時とか6時とかそのぐらいの時間に俺たちは家を出た。今の時期はだんだんと日の出ている時間が長くなっている時期だ。なので外も薄ぼんやりとだが明るい。
「本当に良かったのか?」
「ええ、大丈夫よ。あの3人なら私が居なくてもうまくやって行くでしょうし」
「ふーん。まあいいか」
早朝だからか、それとも夜の間に活発に動いたのか、辺りにはゾンビの姿は無かった。これは都合がいい。
家から出て昨日ゾンビの群れに襲われた大通りに出ると。こちらにはちらほらとゾンビが居た。だがこれくらいなら簡単に躱して行けるだろう。
「ゾンビの数が少ないわね。どこに行ったのかしら?」
「さあ、分からないけど居ないなら好都合だ。昨日俺たちが会った場所まで行ってみよう」
「わかったわ」
昨日はなん十匹ものゾンビに追いかけられた通りを2人で慎重に歩いて行く。
相変わらず放置された車やら自転車やらで歩きにくいが、ゾンビ共が居ないだけましだ。
この場所から俺の家に戻るには、目の前に高くそびえている氷の壁に近づく必要がある。そのためには昨日爆発したタンクローリーの近くを通らなければならないのだが……。
「ここを通るのは無理そうね」
「ああ、そのようだな」
昨日爆発したタンクローリー。その傍には昨日の非じゃないほどの数のゾンビがうごめいていた。
これは流石に俺の能力を使っても処理しきれない。殺すことも足止めをすることも出来る。だがその場合俺たちはここを通ることが出来なくなる。足元を凍らせてもこいつらを氷像にしても足の踏み場もないほどの数が居てはどうにもならない。
「仕方がない。迂回するぞ。俺たちが昨日居た家の前の通り、その反対側にも路地がある。そこから隣の大通りに出て、氷の壁の方に向かう」
「了解よ。という事はアンタの家はあの壁の近くにあるってことなの?」
「まあ、そんなとこだ」
路地は真っ直ぐ隣の大通りに通じているようだ。普通に真っ直ぐ進めれば5分も掛からないだろう。だがゾンビもので道を迂回する場合は絶対と言っていいほど何かが起きるものだ。
路地と言ってもそこそこ広い二車線の道路。俺たちが歩いている側の反対側にゾンビが数匹群がっている。
「おい! 助けてくれ!」
なんとまあ。仕事帰りそのままといった感じのスーツ姿のおっさんが俺たちの方を見ながら助けを求めている。スーツには所々に血が付いていて、ネクタイはつけていないようだ。
「おい! 早く助けろと言っているだろう! 聞こえないのか!?」
なんで俺がこんなに冷静におっさんの格好についてどうでもいいことを観察しているかというと。俺がこのおっさんを全く助ける気が無いからだ。
「ねえ、あの人助けないの?」
「え? 助けるわけないじゃん。知らない人だし助けたら助けたで絶対面倒くさいよ。あの人」
「……」
俺は普通に襲われているオッサンを無視して、横をすり抜けていく。ゾンビ共はおっさんに夢中なので、俺たちに寄って来ることはない。
後ろでまだおっさんが何か言っていたが、すでに眼中になかったので適当に聞き流して先に進む。
「それにしても、さっきのおじさんはどうしてこんな時間にこんな所に居たんでしょうね?」
「さあ、出勤途中だったんじゃないか?」
「……」
さらに先に進むと、今度はキャバ嬢のような恰好をした女が、ゾンビ共に囲まれていた。車の上に乗って何とか捕まらないようにしているようだが、ゾンビの数が多すぎて逃げられないようだ。
「あ! ちょっとそこのアンタ達! 助けて!」
女は20代中盤ぐらいで、女性にしては身長が高く160以上はありそうだ。ピッタリとした赤いドレスは、女の出るところはでて引っ込むところは引っ込んでいる完璧に近いプロポーションを余すところなく引き立てているようだ。
なんで俺がこんなに冷静に女のことを観察しているかというと。俺がこの女を全く助ける気が無いからだ。
「ねえ、あの女の人助けてって言ってるけど、助けないの?」
「え? 嫌だよ。大体ああいうタイプの女性は苦手なんだ。助けたとしても面倒くさい感じにべたべたとすり寄ってきそうじゃん。君が助けたきゃ助ければいいと思うけど、俺はその間に先に行かせてもらうぞ」
「……」
「何だいその目は? まさか俺が君たちを助けたから、誰でも助けるヒーローのような人間だとでも思っていたのか?」
「……少なくともヒーローじゃないことは分かったわ」
「このご時世。ヒーローの様に他人を助けていたら命がいくつあっても足りないぜ? ちょっとでも咬まれてしまえば一発でアウトなんだからな」
赤坂はさっきのおっさんはちょっと偉そうだったから見捨てても何も言わなかったが、今回は何か言いたそうにしていた。やれやれ、こんな所で足止めを食うわけにもいかないし、かといって連れて行くと言った手前、赤坂を置いて行くわけにもいかない。仕方が無いか。
「はぁ、分かったよ。君は先の方にあるあの電柱辺りに隠れていろ。俺があのゾンビ共を何とかして女を助けてくる」
「! 分かったわ!」
俺は適当にその辺に落ちていた石を拾うと、赤坂が居る場所と逆方向にある車の窓ガラスに向かって思いっきり投げた。だが、車のガラスというのは多少石が当たった程度ではヒビが入るぐらいで割れたりはしない、なので俺は石を投げる瞬間あの車の後部ガラスをマイナス200度ぐらいでガチガチに凍らせた。これで割れて大きな音がなるはずだ。
車のガラスなのでバリーンと割れるのではなくバーン! という感じだったが、音は大きかったので問題なかった。目の前に餌が居ると言うのに、群がっていたゾンビ共はそのほとんどが音の方に引き付けられていったのだ。女はそのタイミングを見計らって、ゾンビのいない方向に飛び降りて何処かに走って行った。どうでもいいけど御礼ぐらい言えよ。
俺は赤坂と合流して先に進む。
「おい赤坂。さっきの女見たか? 助けてやったと言うのに礼も言わなかったぞ」
「声を出したらまた襲われると思ったんじゃない?」
「ふっ、どうかね。それと赤坂、この際だから言っておくが俺は男だろうが女だろうが自分に利が無ければ今後は助けないからな。嫌なら俺たちはここまでだ」
「……分かったわよ。アンタがやりたいようにやって」
「よろしい」
しばらく真っ直ぐ道なりに進み、もうすぐ大通りが見えてくる。そんな時、前方にまたしてもゾンビが何かに群がっているのが見えた。位置的に見えないが、もう少し進めば何が襲われているのか見えるだろう。
「た、助けて」
「え?」
そのか細い声が聞こえた瞬間、俺は一目散に走りだした。男であろうと女であろうと、それが大人であればどうでもいい。だが俺は、子供だけは見捨てない。そう言う男なのだ。
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