第4話 こいつ、やってんなぁ
雨鳴コウ。こいつはおよそ3日前から観察している最重要観察対象だった。なんせゾンビパニック開始から3日しか経っていないのにもかかわらず、それぞれタイプの違う美少女を2人も侍らせていたからな。
まさにゾンビ物のハーレム主人公というにふさわしいこの男。実は惜しいことに俺が観察できたのは発生から3日後の午後からだった。つまり時間的に考えて今よりおよそ3日前からの観察しかできていない。
俺はこの発生から3日の間の過程を見れなかったのを非常に悔やんだが、ちょろちょろと動き回って事件を起こしてくれそうだったので、これからの観察を楽しみにしていた。だと言うのに!
何という事だ! どうしても観察したいからと壁の上から降りて来たばっかりに、こんな超アウェー空間でダラダラとかきたくない汗をかいている!
「あ、あの、どうしたんですか? 急に大声出して」
「あ、ああ、いや、何でもないんだ。ただ彼の名前を聞いて友人の安否確認を忘れていたことを思い出してね。もう一週間も経っているから、どうなっているか……無事だといいんだが」
「そう、だったんですね。ご友人の無事をお祈りいたします」
「ありがとう」
くっそー! 危ねぇ。とっさに出た口から出まかせだけど、何とか誤魔化せたようでだ。
「では自己紹介の続きですね。私はこの家の娘で、神野さくら《じんのさくら》と言います。よろしくお願いしますね」
「あ、ああ、よろしく」
「次は私ね。私は
「いや、まあ、どういたしまして。でもその後君にも助けてもらったし、お相子だよ」
「あれは当然のことをしただけよ。助けてくれた人を見捨てて逃げるなんて出来ないわ」
この人を助けるつもりで余計なことをしてくれちゃった女は赤坂空と言うのか。くっ、君は正義感が裏目に出ることもあるって知っておいた方がいいぞ。おかげで巻き込まれたんだからな!
「ははは、そうですか。あ、お二人は気にしなくても大丈夫ですよ。実は私、あの時逃げ道は確保してあったので、どちらにしても逃げることは出来たと思いますから」
そう言うと後ろの二人の強張っていた表情がふと和らいだ。赤坂さんのさっきの言い方じゃ二人は見捨てて逃げたみたいになってしまっていたからな。
「え! そうだったの?」
「ええまあ。でも助けに来て下さったことは嬉しかったですよ」
ちょっと微妙な空気になってしまったが、これで自己紹介は終わりという事でいいのだろうか? もうこうなったらこの状況を楽しむと決めたので、とりあえずこのそこそこ立派な家の中を見て回りたいんだけど。
「そうそう、もう一人この家に居るから彼女の事も紹介するよ」
「え?」
ちょっとちょっと、予想外なんですけど。なんでか俺の知らない第三の女が出て来たんですけど! どういうことなのよあなた!? いつの間に新しい女引っかけたの!?
3人に続いてリビングに入ると、電気も付けていない薄暗い部屋の中で一人ぽつんとソファーに座っている女性が居た。この辺りの電力は我が町にある発電所から来ているので、電気は着くはずなんだが。カーテンも閉め切っていて、光は隙間から入ってきているものだけだ。
「愛唯花。また電気もつけないで居たのか?」
「あ、お帰り」
「お帰りじゃないよまったく。電気ぐらい付けた方がいいぞ」
そう言いながら雨鳴が部屋の電気をつける。部屋は結構広く、大きなテレビのモニターとテーブル。それからコ
「紹介するよ。こいつは
おっと、そう言えば俺の名前は言ってなかった。偽名を言ってもいいんだが、どうせこんな世界で偽名何て名乗っても意味ないか。後でこいつらと別れたら、もうその先は会うこと無いだろうし。
「そう言えばそうでしたね。私の名前は
「へー、金芝って言うのか。なかなか聞かない苗字だな。俺もそうだからなんかシンパシー感じるわ」
「ははは、私も自分の家族と親戚ぐらいしか聞いたことが無いですよ。ところで雨鳴さんと倉本さんは幼馴染とのことですが、他の皆さんは元々お知り合いなのですか?」
「ええ、私たちは元々同じ高校に通ってるクラスメートなのよ。たまたま家が近かったり用事でこっちに来てたりしたんで、こうして集まったってわけ」
「なるほど、なるほど。では皆さんご友人関係という事なんですね」
「え? そ、それはまあ」
俺の言葉に神野さくらが雨鳴コウの方をチラチラ見る。他の女性二人も同様だ。なんて奴だ雨鳴コウ。まさか本当に3人ともに手を出しているのかよ。ゾンビパニック起きてなかったら確実に刺されてるぞコイツ。
「あー、それでは私は少々疲れてしまったのでどこかの部屋で休ませていただきたいのですが、よろしいでしょうか?」
「え、あ、それならお客様用のお部屋があるので、そちらに案内しますね」
実際はそんなに疲れているわけではないが、ゾンビ共と遊んでいるよりこいつらといた方が精神的に疲れそうなので、早々に退散させてもらうことにした。
部屋に行く途中で聞いたところによると、普段は全員で隣同士の客室を二部屋使って過ごしているそうだ。どうして一緒の部屋で過ごさないのかと聞いたら、言葉を濁された。察しろってことかな?
案内された部屋には大きなベッドが二つ並んでいた。客室にこんなサイズのベッドを置いている家初めて見たわ。
「それではごゆっくり」
そう言って出て行く神野を見送ってから、左のベッドに腰かける。
「ふー」
ここまでの状況から、思ったよりこの家に居るのはキツイんじゃないかと言う気がしてきた。まさか女三人とのハーレム状態になってるとは思っていなかったからだ。もしこれで夜中に隣の部屋から声でも聞こえてこようもんなら、気まずさでゲロ吐くわ。何とか理由をつけてさっさとここを出て行かなければ。
と言うか、成り行きとは言えよく俺をこの家の中に入れる気になったな、雨鳴のやつ。普通に考えたら自分のハーレムの中に知らん男がいきなり入ってきたら追い出すと思うんだが。もしかしてそう言う癖でもあるんだろうか?
「しかしさっきは疲れてないと思ったが、思いのほか疲れてるみたいだな。なんか瞼が重くなってきた」
俺はベッドに入ると、掛け布団をかぶって目を瞑った。もしなんかあれば起こしに来るだろうし、ちょっとだけ眠らせてもらおう。
数時間後。俺はパッチリ目が覚めた。いつもの生活リズム的にそんなに長時間は眠らないだろうと思っていたが、どうもかなりの時間眠っていたらしい。閉めてあったカーテンの隙間から光が漏れていないところを見るに、外はもう真っ暗なのだろう。
「これは今日はもうここに泊めてもらって明日出て行くしかないな。それにしても腹が減った、適当に探索がてらキッチンでも探すか」
「キッチンに行くの?」
「うわ! な、なんだ!? 誰かいるのか!?」
「声かけただけでビックリしすぎでしょ」
当たり前だろ! 真っ暗で誰かいるかなんてわからないんだから。いきなり声かけられたらそりゃビックリするっての!
「ごほん、あー、その声は確か赤坂さんだったかな?」
「空で良いわよ。赤坂ってちょっと言いづらいし。それよりも話し方戻したら? その丁寧な感じ、ちょっと気持ち悪いわよ」
「なっ!」
こ、こいつ。ほぼ初対面の相手に気持ち悪いとか言ってんじゃねえよ! 今までどういう教育受けて来たんだこの女!
「そうそう、キッチンに行くんでしょ? 私もついて行くわ」
「……なんでだよ?」
「あなた場所分からないじゃない。夜は電気付けられないし、小さい明りで探さないといけないから、場所知らないと大変よ?」
「何で電気付けられないんだ? ゾンビ共は電気の明かりとか気にしないだろ?」
「ゾンビじゃないわよ。夜に電気をつけていたら人間が寄って来るの。流石に何人もこの家に迎えられないでしょ? だから夜は電気を付けないようにして誰も居ないと思わせてるってわけ。わかった?」
「それは分かった。けどまあ、俺一人でも大丈夫だ。お前も昼間ゾンビに襲われ疲れてるだろうし、早く寝たいだろ?」
と言うか寝てろ!
「はあ、眠りたくても寝れないのよ。アンタさっきから耳ちゃんと聞こえてる?」
「ん?」
耳? 耳が聞こえてるってどういう……!
言われて耳を澄ましてみれば、何か聞こえるな。なんと言うか、くぐもったような声と、女性の声か?
「あ」
「ようやく聞こえたようね。そう、隣の部屋で、ね」
「あー」
やってんなぁこれは。しかも女性の声は一人じゃないっぽいぞ。てことは3……。
あれ? でもそう言えば目の前のコイツもハーレムメンバーなのでは?
「うわー、意識してなかったから分からなかったけど、分かったら気になっちゃうなこれ」
「でしょ? だから眠れないのよ」
「ところでさ、お前は混ざらないのか?」
「は?」
おっとー、何だこの底冷えのするような『は?』は。一人だけ残されてぶちギレてるって感じでもないぞ。
「あ、あれ? お前もあの雨鳴コウの事が好きなんじゃ?」
「はあ? そんなわけないでしょ。そりゃ助けてくれたことは感謝してるけど、2人も手を出してる奴なんか私は絶対に嫌よ」
「へー、意外」
「首絞めるわよ?」
ヒィ! 首ィ!?
ドン!
『ああっあっ』
「「……」」
やってんなぁー。……気まずっ!
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