第3話 隣町のハーレム系主人公

 誰にも見られないように、目立たない位置から能力を使って壁を上る。壁の上に昇ってしまえば後は気にせずドカッと座って隣町を観察するだけだ。警察や消防も壁の上を四六時中観察などしていないだろうしな。


 壁の上から隣町を眺めると、遠くで爆発の煙が上がっていた。かなり遠いので、ここで双眼鏡などを使っても詳細な情報は分からない。なので俺の能力で氷の鏡を作り出し、丁度いい位置に配置して現場を見れるようにする。こういう事が出来るあたりは魔法のようだなといつも思う。これを使う時は特に意識もしていないしな。


「さてと、あの爆発は何があったのか。む?」


 何という事だ。み、見えん……。

 さっきの爆発が結構大きかったのか、火災が発生して煙がすごいことになっている。燃えているのは車か? 煙の色からして何かしらの燃料が燃えているんだろうと思うが、何にしろこれでは熱による氷解と煙のせいで何も分からない。


「仕方がない、自分で行ってみるか」


 せっかくの高みの見物だったと言うのに、とんだトラブルが起きてしまった。氷の鏡は薄いので溶けやすいのが難点だ。今後の課題だな。


 現場に着くと、やはり車が燃えていた。何故か周りにはあまりゾンビの姿が無い。もしかして、さっきの爆発の爆音に引き寄せられて炎の中に突っ込んで行ったのだろうか? だとしたら余計な手間が無くて良いのだが。

 周りを軽く見渡すと、一部だけ車が押しのけられてハの字になっているような箇所があった。という事はここから車が突っ込んできたんだろう。あの爆発から見て、おそらく突っ込んできたのはガソリンを運ぶタンクローリーだろう。ゾンビ物ではお約束で、見どころの一つだ。


 そこそこ道幅が広いこの場所は、双方向二車線はある。だが今は乗り捨てられた車と、ほとんど原形を留めていない人間らしきものの死体でかなり狭い感じがする。


 しばらく周りを気にしつつ観察していると、ふと煙の向こうからバンバンという音が聞こえてきた。どうも何かを叩いている音のようで、時間が経つにつれて音の数が多くなっている。


「ゾンビが何かを叩いているのか? それとも人間が何かをしているのか?」


 正直、ここまで来てただのタンクローリーの爆発だけだと何も面白くない。なので、隠れながらあまり近づきすぎないように車の陰に隠れて近づく。するとゾンビ共が一台の車を囲んで車体を叩いているのが見えた。


 囲んで車体を叩くという事は、車の中に人間が居るという事だろう。これがゾンビ映画なら、タイミングを見計らって車体の上に昇ってゾンビが少ない方に逃げるみたいな展開になるんだろうが、さてどうなるか。


 少しだけ待ってみたが、全く動く気配が無い。それどころか、ゾンビが車体を叩く音に引き寄せられて、別のゾンビ共が集まってきている。鬱陶しいことに俺の背後にも先ほどから何体かのゾンビが迫って来ていたので、能力で頭上につららを作ってぶっさしてやった。これ以上時間をかけていたら、俺はともかく車の中に居るやつらは脱出不可能になるだろう。


「それでは全く面白くない! 俺の周りに集まって来るゾンビも鬱陶しいし、こうなったら俺自らが囮になってゾンビを引き付けてやるか? 今回だけ助けてやれば、今後の危機管理能力も上がると思うし、長く観察を続けられるだろうしな」


 そうと決まれば話は早い。俺はスッと立ち上がると、燃え盛る炎がゾンビと自分の間に器用に移動して右手を口に当てた。


「オイ! こっちだこっち! こっちに来てみろ間抜けなゾンビ共!」


「アァアァァー」


 俺が大声でゾンビ共の注意を引くと、車の方のゾンビの内7割ぐらいの数がこっちに向かって来た。そのほかのゾンビは相変わらず車に群がっている。もう少しこっちに意識が向けば脱出できるだろう。

 後ろからくるゾンビを能力でさばきつつ、前のゾンビに呼びかけ続ける。俺の能力をあまり生存者に知られたくないので、せめてあの炎のこちら側に来てもらわないと何もできない。こういう時、ゾンビのノロノロとした動きがもどかしい。


「車に乗っているなら今が脱出のチャンスだぞ! 急げ!」


 そう呼びかけると、炎の向こうでガチャリと車のドアが開く音が聞こえた。ドアのお開く音からして、大体3、4人は乗っていたようだ。そんな人数で移動しているなど、一週間たった今ではイカレタ奴らかヒャッハーぐらいのものだ。もしかして俺はヒャッハー共を助けてしまったのだろうか? だとしたら働き損である。


 助けてしまったものはしょうがないので、俺が囮になっている間にサッサと逃げてほしい、正直今の状態で能力使えないのは厳しいからだ。後ろの奴らも目立たない位置で処理していたが、数が多くなってきている。このままじゃ処理が追い付かなくなるだろう。


 しかし、そんな俺の願いは通じなかったらしい。


「こっちよ!」


「! 何やってる! 早く逃げるんだ!」


「嫌よ! 助けてもらったのに、見殺しになんて出来ないわ! それより、今ならまだこっち側には抜けられるわ! 早く来て!」


 何という事だ! こんなのは全くの想定外すぎる! 助けたのが暴徒共ではなく女の子だったという事もだが、その子がまさか俺を助けようとするとは! そのまま逃げてくれていたら、能力で皆殺しにして楽に脱出できたと言うのに!


 仕方がないので女の子の居る方向に走る。そうしないと、せっかく助けたのに俺を助けようとして死ぬみたいな意味わからん状態になってしまうからだ。ゾンビを避けながら、なぜか下に落ちていた金属バットを拾う。そしてそのまま女の子の後ろから迫っていたゾンビの頭を思いっきりぶっ叩いた。まったく、助けようとするならちゃんと自分の安全にも気を配ってほしいものだ。


「あ、ありがとう」


「どういたしまして。それよりさっさと逃げるぞ。アンタの連れは?」


「私たちが乗っていた車の方に居るわ。私だけこっちに来ちゃったから、もう先に行っちゃってるかもしれないけど」


「そうか、それじゃあ早くそいつらと合流しよう。近づいてきた奴らは俺が何とかするから、アンタはそのまま走ってくれ」


「わかったわ」


 一人だけ残していくとはひどい奴らだ。いや、こいつが正義感強すぎなだけか。クソ~、だったら他の奴らはもうちょっとこいつを引き留めとけよな。そうすればこんな無駄な時間は無かったと言うのに。

 

 姿を見られてしまっている以上、もう能力は迂闊に使えない。炎に遮られてこちらが見えていなかったさっきの状態なら、ゾンビを皆殺しにしていても即座にトンずらしていれば誰がやったか迄は分からなかっただろうが、ガッツリみられてしまった今の状態だと普通にばれるだろうからだ。


 走りながら横目でチラッと女を見る。大体高校生ぐらいだろうか、全体的に細身だがバランスのいい体系をしている。何かスポーツをやっていたようで、多少走った程度では息も乱れていない。肩口ぐらいまでの髪が走るのに合わせてフワフワと揺れている。一週間風呂に入れていないという感じではないな。という事は拠点があるのか?


「アンタを置いて行った奴らだが、合流できなかったとして行き先に心当たりはあるか?」


「ええ、今は私の友達の家に避難してるから、最終的にそこに帰れさえすれば絶対に合流できるわ」


「なるほど。道は?」


「この先真っまっすぐ行って、二つ目の信号を右に曲がったらすぐよ」


「了解」


 ゾンビを駆除しながらまっすぐ走っていると、一つ目の信号付近の車の陰に誰かが居るのが見えた。ゾンビはあんな風に隠れたりはしないので人間なのは間違いないが、こいつの仲間だろうか。念のため、即攻撃できるようにバットを構えておく。


「空ちゃん!」


「さくら!」


「よかったぁ」


 隠れていたのはどうやらこいつの知り合いだったらしい。さっき逃げた奴の一人だろう。その後から二人立ち上がってこちらに歩いてきた。女一人、男一人だ。俺と一緒に来たこいつも整った容姿をしているが、こっちの二人もジャンルは違えど整っている。そして男。こいつはさわやか系のイケメンと言った感じだ。このイケメン、どっかで見たような気がするが……?


「よかった。空も無事だったようね」


「うん、なんとかね。あ、こっちの男の人がさっき私たちを助けてくれた人で、えーっと」


「自己紹介は後にしよう。後ろからゾンビが来てる」


「そうだな。一旦さくらの家に戻ろう。君もついてきてくれ」


「ああ」


 先ほど聞いた通り二つ目の信号から右に曲がると、すぐに中々立派な家が目に入った。とは言っても普通の一軒家より少し大きいという感じだ。そしてどうやらこれが彼らが拠点にしている家らしい。ここまで流れで着いて来てしまったが途中で別行動を取るようにした方が良かったのではと今更ながらに考えていると、いつの間にか家の中に入っていた。不思議~。


「ふう、危なかったけど何とか帰ってこれたな」


「そうだね。あの時はもう終わりだと思ったもん」


「それじゃ、早速俺たちのピンチを救ってくれた救世主に自己紹介だな。俺の名前は雨鳴コウ。風神高校の2年生だ。よろしく」


 そう言って右手を差し出してくる雨鳴。しかし雨鳴か、どこかで聞いたようなきが……!


「あーーッ!!」


「「「!!」」」


 思い出した!! こいつ俺が三日前から目を付けてたゾンビ物でよくあるハーレム系主人公君じゃん!


 しくじったー! こいつは今一番熱い一押しの観察対象だったのに、接触しちまったよ!? せっかくこれから面白くなってきそうな感じだったのに、俺が入ったら観察どころじゃねえじゃん!?


 こうして、俺の楽しい楽しい観察計画は、開始一週間目にして早くも壊れたのだった。

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