第11話 約束

 お昼を食べ終えて今度こそ寮に戻ることになる。名残り惜しい気持ちで溢れていた。


「先生はこの後も部活に参加されるんですか?」


「いや、今日は英会話部にゲスト参加しただけだよ。お昼も食べたし、書類を少し片付けたら帰るよ」


「夏休みでも他に仕事あるんですね」


「まぁ、他の先生に比べたらそうでもないよ。そこまで送るよ、夏奈かな


 先生と一緒に職員室を出る。教師用玄関でスニーカーを履きながら、まだこの時間が終わらなければいいのにって思ってる。私と先生の特別な時間、終わってほしくないなぁ。


 外に出てまた弱まることを知らない暑い日差しの元に出る。


「夏奈は一学期最後の授業で海に行きたいと言ってたね。美結みゆうや友だちと出かけるの?」


「うーん、どうでしょう。特にそんな約束は美結先輩とはしてません。美結先輩は絵を描くので忙しいので。⋯⋯友だちも、みんな忙しいですから。多分一人で行きます」


 そもそも海に行きたいという話は授業用に作った答えで、そんな予定は端からなかったのだけど。友だちらしい友だちも美結先輩しかいないし。何の予定もない夏休み。


「それじゃ私も夏奈も海へ行く時は一人だね」


「先生も海に出かける予定があったんですか?」


「毎年夏は夏らしいことをしようと思って海までドライブに出かけてるんだよ。行く人もいないから、いつも一人だけどね」


 先生、友だちたくさんいそうだけどな。それに前、外国人のかっこいい男性と話してるのを見かけたけど、彼氏じゃなかったのかな。もしかして、先生もフリーってこと?


 何だろ、すごく嬉しさがじわじわと湧いてくる。先生は誰のものでもない。これって私は先生が恋の意味で好きだからだよね。そうじゃなかったら、そんなことは気にならないはずだし。


「あっ、あの、先生は⋯⋯。その、こ、恋人とかいないんですか? エレナ先生すごく美人だし、優しいし、か⋯⋯彼氏もかっこいいんだろうなーって」


 思わず聞いてしまった。これで肯定されたら、落ち込むなぁ。


「いや、今は全然恋人なんていないよ。⋯⋯仕事が楽しいからね、すっかり恋人を作るのも忘れてしまって。でも充実しているから私は恋人がいない生活も悪くないと思ってるよ」


「そ、そうなんですね。意外だな」


 やったー! と心の中の私が飛び跳ねている。先生は彼氏がいない。だからって、私に何かチャンスがあるわけじゃないけど、気持ち的にいるといないじゃ全く違うし。


「あの、先生。わ、私と海に⋯⋯、行きませんか?」


 気づいたら勝手に口が先生を海に誘ってた!


「夏奈と?」


「え、えーと、その、先生が嫌じゃなかったらですけど」


「夏奈と一緒が嫌なわけないだろう。二人で海に行くのも悪くないね。私が次に学校に来るのはお盆前の水曜日なんだ。どうだろう、その日の午後に」


「い、いいんですか!?」


「もちろんだよ。せっかくの夏休みだからね。楽しいことをしよう。夏奈が一人なら私が一緒にいるから」


「エレナ先生、ありがとうございます!」


 夏の予定が、エレナ先生と海に出かけること。こんな最高な夏が急に降ってくるなんて。私は幸せだ。




 寮に戻ると、美結先輩が先に帰って来ていた。


 エレナ先生とお出かけすること、美結先輩に話してもいいのかな。でも美結先輩は一色いっしき先生とお出かけしたりしないかもしれないし、内緒のままがいいのかな。


うりちゃん、おかえりなさい。瓜ちゃんもどこかへ出かけてたんですか?」


「私はエレナ先生に会ってきて⋯⋯」


「そう言えば今日でしたね、エレナ先生が英会話部に参加する日。会えたんですね」


「はい! 美結先輩のおかけで会えました。一緒にお昼も食べられて」


「わぁ、良かったですね。エレナ先生との思い出が増えましたね。いいなぁ、私も早く美術部の日が来てほしいです。まだ一色いっちゃん先生とは会えてないんですよね。夏休みの当番まだみたいで」


 寂しそうに笑う美結先輩を見ていたら、なんかエレナ先生と海に行くことは言い出せなくなってしまった。美結先輩は私のためにエレナ先生と会える日を教えてくれたのに。私は美結先輩と一色先生を会わせることはできない。


 きっと美結先輩だって、一色先生とお出かけしたりしたいよね。私だけがエレナ先生と幸せな時間過ごすのは不公平かもしれない。


「⋯⋯一色先生と早く会えたらいいですね」


 こんなことを言うのが精一杯で。


「はい。次の部活の日はいっちゃん先生が来るみたいですから、楽しみなんです。そのために、今日は買い出しに行ってました!」


 そう言って美結先輩は買ったものを袋から取り出す。話が逸れてほっとしている私は卑怯なのかもしれない。


「何を買ってきたんですか?」


「商店街の文具店と画材店で色々と」


 美結先輩が見せてくれたのはたくさんの絵の具に、スケッチブック、筆、鉛筆、ノートやシール、プレゼント用のラッピングセットなんかもある。


「取り敢えずは絵の練習用と、部活で油絵をやるのでその材料ですね。文具は趣味です」


「このプレゼント用のは何に使うんですか?」


「これはいっちゃん先生に誕プレを渡す用に使うんです。肝心のプレゼントはまだ決めてないんですけど」


「一色先生、誕生日が近いんですか?」


「はい。八月がお誕生日なので、何か渡したいんですよね〜。部活があって良かったです。じゃないと八月生まれの先生はお祝いできませんから」


「一色先生、喜んでくれるといいね」


「はい! 今から全力で喜んでもらえるプレゼントを考えます!」


 にこにこしている美結先輩を見てたら、私も嬉しくなってきた。美結先輩はいつだって一色先生の話をする時は幸せそうだ。


 私はエレナ先生のお誕生日知らないな。今度会った時に聞いてみよう。



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夏の光をつかまえて 砂鳥はと子 @sunadori_hatoko

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