第10話 二人のお昼時間
エレナ先生と職員室を出て、教師用の玄関から外に出る。真夏の太陽はやっぱり暑くて、私は帽子を目深に被った。
「
先生、あの日の私の服装覚えててくれたんだ。今日も赤いTシャツにしてよかった。
「好きな色なので」
「夏奈の赤い髪とよく似合ってるね。先生、好きだな」
笑顔で言われて、好きって言葉が頭の中でぐるぐるしている。先生も気に入ってくれたってことだよね。
「⋯⋯苺色、ですから。元気の出る色です」
「そうだったね。苺と同じ色。夏奈のイメージカラーだね」
先生の中で、私は赤い色のイメージなんだ。髪を染めたことを後悔しそうになったこともあるけど、先生が褒めてくれたから、それだけで私の心は満たされていく。
「ニアマートに苺のデザートあったら食べたいね。夏奈もどう? でもさすがに夏には置いてないか⋯⋯」
ちょっとがっかりした顔をする先生。なんだか可愛く見えて、微笑ましくなってしまった。
二人で東門から出てすぐ近くにあるコンビニのニアマートに入った。冷房が心地よい。お昼になったばかりだけど、まだそんなにお客さんはいない。
「夏奈は何か食べたいものは決まってる?」
「見てから考えようかなって」
二人でお弁当とお惣菜のコーナーに向かう。並ぶお弁当や麺類、パスタは品出しされたばかりなのか、売り切れの商品がまだない。選び放題だ。
私は冷やしラーメンと冷やし中華に目を奪われる。多分さっきエレナ先生の実家の話を聞いて麺類の口になってる。どちらにするか悩ましい。横に立つ先生を見ると、先生の視線も麺類に向いているような気がする。
しばらく悩んで冷やし中華を食べようと手を伸ばしたら、エレナ先生もちょうど取ろうとしてたみたいで、手がぶつかった。
「ごめん、夏奈。もしかして夏奈も冷やし中華にするつもりだった?」
「はい。今は麺類が食べたいなぁと思って」
「奇遇だね。私もそう思っていたところだよ。家の冷やし中華を思い出してね。夏になると家のお店でも『冷やし中華はじめました』の看板を出すんだ」
「先生のお家のお店にも冷やし中華あるんですね。すぐ近所にあったら食べに行くのになぁ」
「私も瞬間移動できるアイテムがあったら、実家に食べに戻りたいところだよ」
私たちは冷やし中華を手に取る。あとは飲み物かな。私はさっき先生にもらった麦茶だけで足りるような、足りないような。一応買っておこうと思って、紙パックのぶどうジュースも買うことにした。
「夏奈、こっちおいで」
エレナ先生に手招きされて傍まで行く。そこはデザートの並ぶ棚の前だった。
「せっかくだからデザートもつけよう。夏奈に奢るよ。何が食べたい?」
「いいんですか? ⋯⋯先生に奢ってもらうなんて悪いような⋯⋯」
「他の子には内緒。特別サービスってことでね」
先生がウインクするから、またどきどきしてきた。
「わ、分かりました。他の人には内緒にします」
「遠慮せず好きなのを選んで」
「あっ、先生! 桃と苺のジュレがあります!」
「苺のデザートのもあるのか。よし、私はこれにしよう! 夏奈もこれにする?」
「はい!」
二人でレジで会計を済ませてお店を出る。
「はぁ〜、先生はもう溶けそうだ」
「エレナ先生、大丈夫ですか!?」
「大丈夫。大丈夫。東海の夏は暑いね。その分、お盆はこっちよりは暑くない故郷に戻ってゆっくり過ごそうと思うよ。夏奈もお盆は実家に帰るのかな?」
「いいえ、私は家には戻りません。父も母も転勤先の福岡にいて、実家は人に貸してしまったので。両親も今年はこっちには帰らないって」
「そうか。それは寂しいね」
先生は私の頭に手を置いて、慰めてくれてるみたい。
「でも、寮には
「ミユウ? えっと何人か同じ名前の子がいたと思うけど⋯⋯」
「三年二組の
「あぁ、美結か! 自己紹介で絵を描くのが好きだと話していた子だ」
「はい。美結先輩は絵が得意です」
「なるほど、あの美結なのか。美結とは仲良く過ごせてるんだな」
「優しい先輩ですから」
それにエレナ先生を好きでいることも理解してくれるし。
話しながら学園に戻って来た。
「夏奈は寮でお昼にする?」
先生と買いに出かけたから食べるのも一緒だと思い込んでたけど、食べるのは別だよね。
「⋯⋯はい。多分」
「良かったら、職員室でどう? 夏休み中で他の先生もあまりいないし。休憩スペースなら人目にそれほど触れないだろう。もちろん、夏奈が嫌じゃなければね」
「わ、私は⋯⋯。エレナ先生と一緒のお昼がいいです!」
職員室なのはちょっと緊張するけど、エレナ先生と一緒のチャンスを逃すくらいなら何でもない。
「夏奈に振られなくてよかったよ」
笑う先生と教師用玄関から校舎に入る。クーラーで冷えた職員室へ。お昼になっても室内の人影はまばらだから、そんなに気にならないかも。
先生に案内されて職員室の隅にある休憩スペースに通される。仕切りが置かれてるから、先生たちの机がある側からだと視界に入らない。
ふかふかのソファに腰掛けて、テーブルに買ってきた冷やし中華やデザートを並べた。近くを通りがかった隣りのクラス担任の
「職員室でご飯食べるのは初めてです」
「生徒の夏奈はそうだろうね。私も普段はお昼はカフェテリアを利用させてもらってるから、職員室で食べるのは久しぶりなんだ」
きっと職員室でお昼なんてもう二度とないかもしれない。もしかしてすっごく貴重な経験してるのかな。
「⋯⋯一生の思い出になりそうです!」
エレナ先生と一緒ならよけいに。
「夏奈に夏の思い出を一つ作れたなら先生も誘って良かったと思うよ」
それから私たちは他愛もない話で盛り上がりながら、職員室のお昼を楽しんだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます