第40話 よからぬ願望
冬休みが明けて早々、翔は大学入試センター試験を皮切りに、私立大学の入試にあちこち駆けまわることになった。翔がかなりナーバスになっていたので、僕は、年明けからはあまり翔の邪魔をしないように、翔の家に泊まりに行くのを控えることにした。
かくいう僕の学年も、あと一年で受験だと教師たちが大騒ぎしている。僕にはあまり実感はないけど、にわかに模試やら実力テストやら増えて来た。三年生に進学するよりも一足先に受験生になったような感覚で憂鬱だ。
クラスメートのみんなも、ここ最近は「テスト何点だった?」という話題ばかりだ。だいたい、点数のいいやつに限って、「全然よくないよ」なんて謙遜して見せるんだよな。そのくせ、本当に悪い点数を見ると、にやけるのを必死に堪えた顔で、「頑張れよ」なんて言うんだから、質が悪い。
かくいう僕は可もなく不可もなくだ。点数を聞かれてマウントを取られるのが嫌な僕は、最近、休み時間になると図書館にばかり出入りしている。こんな風に図書館に籠る生活も中学生以来かな。何となく、もっと内向的だったころの自分を思い出して懐かしくなる。そんな図書館のカウンターにも「二次試験まで後〇〇日」というカウントダウンがでかでかと置かれているので、僕はほとほと嫌になってしまった。
テストばかりの学校生活に僕は嫌気が差した僕にとって、料理部は心のオアシスだ。ここでは、何も考えなくていい。今日は、リンゴを持ち寄って、りっちゃんお得意のアップルパイを作ることにした。僕が生地をこねていると、
「そういえば、翔先輩、受験大丈夫そうですか?」
と僕に尋ねて来た。
「最近あまり会ってないけど、失敗したとは聞いてないから、まぁまぁうまくやってるんじゃない?」
「心配じゃないんですか? あ、もしかして浪人したら、また一年一緒にいられるから、そっちの方がいいとか考えてません?」
僕は思わず笑い出した。
「そんな性格悪くないよ、僕は」
「僕だったら浪人してくれたら、内心よっしゃーって思うけどな」
と、晃司がいたずらっぽく笑った。
「だって、もし一郎が翔くんと同じ大学に通るようになったら、一緒に授業受けたりできるんでしょ? 今よりもっと一緒にいられるようになるじゃん」
確かに。それに、翔が今年受験に失敗すれば、あと一年受験が伸びることになる。そうなれば、地元の予備校に通いながら、僕と一緒に受験生をやることもできるんだよな。そして、一緒に大学受験をできる。これ、悪くないかも!
とりあえず、センター試験の結果だけでも聞きに行ってみようか。僕はその日の部活後、翔の家を久しぶりに訪れた。ところが、そこにはすっかり目の下にくまを作り、やつれた表情の翔がいた。こんなに疲れた顔をしている翔を見たのは初めてだった。
「翔、どうしたの? そんなに勉強大変なの?」
すると、翔は僕の前でいきなり泣き出した。
「一郎、ごめん。俺、お前との約束守ってやれそうにない」
「え、どうしたの? 翔、何があったの?」
僕はあまりの急展開に頭がついていかなかった。翔は泣きながら、僕に一通のはがきを手渡した。見ると、翔の受けるはずだった国立大学からのはがきだ。
「センター試験の成績による一次選抜の結果、あなたは不合格となりました。」
と書いてある。僕は混乱した。え? どういうこと? 翔のやつ、僕にはセンター試験を失敗したなんて、一言も言わなかったのに・・・。
「俺、一郎と結婚するために、この大学で勉強しようと思っていたのに、センター試験だけで落とされちゃった。情けなくて俺、お前に顔向けできないよ。許してな、一郎」
と翔は泣きじゃくる。なるほど。ショックのあまり、僕に結果を伝えることすらできなかったということらしい。そのせいで、ずっと勉強で忙しいことにして、僕から敢えて遠ざかっていたのか。なんだか、翔らしいや。
「でも、私大の滑り止めもあるでしょ? そっちを頑張ってみようよ。他の大学でも、きっと勉強できること、いろいろあるって」
そう僕が励ますと、翔はうなだれながら頷いた。
「一郎は優しいな」
そう言って涙を流す翔に、僕はそっとキスをした。
「そんなことで、僕、翔のこと責めたりしないよ。大学入試なんて、人生のただの通過点なんだから、諦めないで頑張ろう」
僕はそう言いながら、翔の背中を優しくさすった。
「そういえば、翔の次の私大の試験っていつ?」
「明後日。明日、電車で試験会場の近くのホテルまで行って泊まるんだ。でも、明後日の試験が終わったら、俺はもうフリー」
え、もうすぐじゃん! ということは、明々後日から僕はまた翔と一緒に過ごせるようになるってことだ。ラッキー!
「じゃあ、もう今日は早く寝た方がいいよ。僕、邪魔しないように、家帰るね」
僕が戻ろうとするのを、翔が腕を引っ張って引き止めた。
「一郎。今日、俺んちに泊まってくれないか?」
「え? でも、明日出発なんでしょ? 僕がいたら迷惑じゃない?」
「そんなことないよ。お前にそばにいてほしい。センター試験の前の晩も、お前と一緒に寝ておけばよかった。俺、試験前緊張して全然眠れなかったんだ。一郎と一緒に寝たら、きっと安心して眠れるはずだ。だから、今日は一緒にいてほしい」
おいおい。随分今日の翔は甘えん坊だな。僕はそんな翔のリクエストに応えて、一緒に寝ることにした。
「一郎、本当可愛い。抱き枕にぴったりの大きさで、お前抱いて寝るの本当気持ちいい」
翔はそう言って、夜中、僕を抱きしめ続けた。
「早く寝ないと、明日に響くよ?」
僕が翔にそっと囁くと、
「いいんだ。今夜くらい俺の好きにさせてくれ」
と翔は言うばかりだった。僕もここまでぎゅっと抱きしめられ続けると苦しくなって来た。
「ねえ、翔。僕、もう眠いんだけど」
僕が翔にそう言うと、翔は半分眠りながら、
「うん。俺も眠い。お前、ずっと俺の抱き枕になってろよ。俺が寝てる間に他んとこ行くんじゃないぞ」
と言いながら、寝息を立て始めた。やっと、これで解放される。僕はそっと翔から少し離れると、少しは息ができるようになった。僕はほっとするのと同時に翔の寝息に誘われるように、眠りに落ちていった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます