第八章 約束を果たすために
第39話 初詣の願い事
道に積もった雪をザクザク踏みながら、僕は翔とともに神社へ向かって歩いていた。今日から新しい年が始まる。僕らは、初詣兼翔の合格祈願に向かっているのだ。僕も、今年は受験生になるから、僕の分の合格祈願も一年早くしておくか。神様も普通の人が受験する一年だけ願う合格祈願を、二年続けて祈り続ける僕をよもや見捨てることはないだろう。
参道には人がごった返し、神社の社殿へは長い行列ができている。これは、参拝できるまでしばらく時間がかかりそうだ。行列に並んでいると、動きが少ない上に、雪もちらつく今日は特別寒い。
「ちょっとここで並んどいてな」
と僕に告げると、一っ走り甘酒を買いに行って来てくれた。温かい甘酒が身体の隅々まで染み渡る。はあ、あったかい。僕は何だか気持ちよくなって、そっと翔の方へ身を委ねた。
「一郎、もしかして甘酒で酔った?」
翔がそう言って笑った。
「これ、酔ってるってことなのかな? 僕、お酒飲んだことないからよくわからないや」
「顔も少し赤いぞ。お前は可愛いな、本当に。甘酒で酔っぱらうくらいなら、大学入っても飲み会ではジュース飲んどけよ」
「大学の飲み会なんて、まだ早いよ。僕にはまだ一年以上先の話だし、二十歳になるまでお酒飲んだらだめなんでしょ?」
「みんな、大学に入ったら十八歳でもガンガン飲んでるって聞くけどな」
「そうなの? みんな、ワルなんだね」
翔はそんな僕の言葉に思わず吹き出した。
飲み会か。大学生になるとそんなものがあるんだな。僕にとっては未知のイベントだ。
「翔は、大学入ったら飲み会行くの?」
「そりゃ、サークル入ったら行かないとだめだろ。友達と飲んだりするのも楽しいみたいだな」
「へぇ。そんなに楽しいのかな、お酒飲むのって。僕は、翔と一緒にデートしてる方がいいや」
すると、翔の表情が少し曇った。
「そうだな。でも、俺が大学入ったら、俺たち、しばらく会えなくなるな」
え? 僕は急なことに驚いて翔を見上げた。
「なんで? また、翔と別れるなんて嫌だよ!」
泣きそうになる僕を翔は笑った。
「ばーか。ちげぇよ。そういうことじゃなくて、俺、大学入ったら東京に出る。そしたら、お前と会うことも今のようにはできなくなる。お前と毎日お互いの家泊まりに行くことも、できなくなるってことだよ」
別れるわけではないことはわかった。だが、それでも翔と離れ離れになるのは僕にとって十分つらいことだった。
「・・・そんな・・・」
僕は言葉を失った。そんなこと、僕は今まで考えてもみなかった。でも、よく考えれば当たり前のことだ。翔がこの街から毎日東京に通えるわけないのだ。
「淋しくなるね・・・」
「だな」
僕はぎゅっと翔の手を握った。涙で視界がぼやける。
「泣くなよ。こんな初詣の場所で泣いていたら、願い事も聞いてもらえないぞ」
翔が優しく僕の涙を拭ってくれた。
「翔、東京に行っても、たまには僕に会いに来てくれる?」
「当たり前だろ。ちゃんとお前に会いに戻って来るから、安心しろ」
「僕も夏休みに東京行くね。夏休みくらい、翔と一緒がいい」
「わかったよ。でも、勉強に支障が出ないようにしろよ。お前も今年は受験生なんだから」
「うん。わかってる」
「いい子だ」
翔は僕の頭を優しく撫でた。
「でもさ、東京行ったら、たくさんイケメンいるよ。僕と会えない間に、新しい彼氏作ったりしたら嫌だよ?」
「バーカ! 何言ってんだ、お前。俺はお前以外のやつと付き合う気なんてねぇよ」
「だけど、翔、出会い系アプリ登録してたじゃん。あれやってると、東京だったらたくさんメッセージ来るんじゃないの? 誘惑多すぎるよ」
「あんなもの、もう消したよ。お前と復縁したんだから、もうやる必要なんてないだろ?」
「本当?」
「お前も疑い深いんだな。ほら、見ろよ」
翔は携帯を見せてくれたが、確かに出会い系アプリはもうすでに削除されていた。
「わかった。でも、東京行ってからこっそりダウンロードしていたら許さないからね。」
「しないってば」
「じゃあ、約束」
僕を小指を翔に差しだした。
「はあ? 指切りとか、子どもじゃないんだからさ・・・」
翔はぶつくさ言っていたが、僕は無理矢理翔の小指に自分の小指を絡ませた。
「ちゃんと約束するの」
僕の真剣な表情に、翔も折れた。
「しょうがないなぁ。じゃあ、これで信じてくれるな?」
翔はそう言うと、僕と指切りげんまんして約束をしてくれた。
「ゆーびきーりげんまん、うそついたらはりせんぼんのーますっ! ゆーびきった!」
神様の前での誓いだ。絶対に翔、約束守れよ!
僕らは参拝を済ませると、絵馬を買って将来への願いをそれぞれしたためた。僕は、「翔とずっと一緒にいれますように」と書いた。翔は、てっきり大学合格を祈願するのかと思いきや、「いつか一郎と結婚できますように」と書いた絵馬を僕に見せてくれた。
「いいの? 翔は大学合格をお願いしておいた方がいいんじゃない?」
「いいんだ。俺にとっては、お前といつか一緒になることの方が、大学に入ることよりも大事なことだからな」
僕らは神社の木陰に隠れてそっとキスを交わすと、絵馬を仲良く同じ場所に括り付け、寄り添いながら神社を後にした。見ると、雪もやみ、きれいな青空が広がっていた。太陽の光に照らされて、雪がキラキラと輝いている。僕らの願いはきっと叶うはずだ。
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