第36話 皆で力に
処置室から、大泣きするたっちゃんと、たっちゃんのお母さんが出て来た。
「あの、大丈夫、なんですか?」
翔が恐る恐るたっちゃんのお母さんに尋ねると、お母さんは首を横に振った。
「心筋梗塞だっていうの。これから緊急手術だそうよ。あなたたちなのね、主人を助けてくれたの。ありがとう。でも、もう遅いから家に帰ってちょうだい。お家の人も心配してるでしょうし」
「そうですか・・・。たっちゃん、大丈夫?」
泣き続けるたっちゃんの肩に、僕は優しく手をかけた。
「一郎先輩・・・」
そうたっちゃんは僕の名前を呼んだきり、その場に泣き崩れてしまった。
「僕、もうちょっとここに残ります」
このままたっちゃんを置いて帰れない。そう思った僕は、もう少しだけたっちゃんについていてあげることにした。
「俺も、一緒にいます」
翔もそう言って、僕と一緒にいてくれることになった。
どれだけの時間が経っただろうか、もう時刻は夜の十時を回ろうとしていた。僕と翔は、それぞれの家族に事情を電話して伝えた。これから、父さんが車で僕を迎えに来てくれるという。今夜は、翔も僕と一緒に車で帰り、僕の家に泊まることにした。
その時、看護師がたっちゃんたち家族を呼びに来た。たっちゃんはそれを見てビクッとした。なかなか立ち上がれない様子のたっちゃんを僕と翔の二人でなんとか支えた。僕らはたっちゃん一家と一緒に医者の説明を聞くことにした。
手術はなんとか成功したものの、たっちゃんのお父さんは、まだ意識が戻っていなかった。意識が戻ったとしても、後遺症の残る可能性があるという。たっちゃんは再びその場で泣き崩れた。
僕と翔がたっちゃんを慰めていると、そこに僕の父さんが到着した。僕はもう少しだけたっちゃんのそばにいてあげたかったが、だいぶ疲れが溜まって眠くなっていたので、大人しく帰ることにした。
「あなたたち、本当にありがとうね。助かりました」
たっちゃんのお母さんは僕らに何度も頭を下げた。
僕と翔は二人で車に乗ると、そのまま父さんの運転する車で家に帰った。僕も翔もすっかり疲れ果てていたので、その夜は倒れ込むように二人で寝てしまった。
翌朝、たっちゃんにその後の様子を聞いてみたが、まだ意識が戻らないという。その後、二日経っても三日経っても意識の戻らないままだった。
たっちゃんは部活の間、気丈に振舞っていたが、とうとう三日目の部活中に突然泣き出した。
「わたしのせいなんです。わたしが、お父さんに女っぽいことで心配をかけ続けたせいで、お父さん、病気になってしまったんです。わたし、ずっと自分のことしか考えてなかった。自分が男でいるのが苦しいから、女になりたいから、ずっとお父さんの言うことを聞かなかったせいで、お父さんにストレスをかけ続けていたんです。わたしがこんな風に生まれて来なければ、お父さんは病気にならずに済んだんです。わたしのせいで・・・」
「そんなことないよ」
僕は自分を責め続けるたっちゃんを止めた。
「たっちゃんは悪くない。たっちゃんが女の子になりたい気持ちに罪はないよ。お父さんが倒れたのは誰のせいでもない。だから、そうやって自分を責めるのはやめよ?」
りっちゃんは涙を目にいっぱい溜めながら、たっちゃんの背中を優しくさすった。
「そうだよ。たっちゃんがどんな悪いことをしたっていうの? そんなこと言ってるたっちゃん見るの、わたしもつらい」
「僕もたっちゃんは悪くないと思う。たっちゃんのせいだってお医者さんから言われたわけじゃないよね? だったら、自分のせいだなんて思うべきじゃないよ」
晃司もそうたっちゃんに話しかけた。
「もっと元気出せよ。な? たっちゃんがそんなにめそめそしていたら、親父さん、そっちの方が心配しちゃうよ」
栄斗は努めて明るくたっちゃんを励ました。
「みなさん、ありがとうございます」
たっちゃんは少し笑顔を取り戻して涙を拭った。
「そうだ。たっちゃんのお父さんが退院するまでに、たっちゃん、お父さんの身体にいい食事を作れるようになろう。そんなご飯、食べさせてあげたら、きっとお父さん、喜ぶよ」
なんとかたっちゃんを元気づけようといろいろ思案した結果、僕がそう提案すると、みんなは口々に賛成してくれた。僕らは翌日までにそれぞれがレシピを調べて持ち寄ることにした。
家に帰ると、僕はネットで「心臓病に優しい食事」を検索してみた。ふむふむ。塩分控えめで、野菜たっぷり、魚を中心にしたメニューか。意外と簡単そうだ。白身魚のホイル焼きなんか、魚も食べられるし、野菜もたっぷり入っているし、油も使わないのでよさそうだ。
さっそく、僕らは翌日、たっちゃんと持ち寄ったレシピを作ってみることにした。
「これ、全部、わたし覚えて作れるようになります!」
そうたっちゃんはうれしそうに張り切った。
それから、僕らはたっちゃんと一緒に持ち寄ったレシピを見ながら一つずつ作ってみた。どの献立も簡単に手早く作れるものばかりで、一気に四品完成した。食べてみると、そのどれもがおいしい。これなら、たっちゃんのお父さんも喜んでくれそうだ。たっちゃんも楽しそうにみんなと試食していたが、その時、たっちゃんの携帯が鳴った。
「あ、お母さん? うん、そう。今、部活中。え? そうなんだ・・・。うん。うん。わかった。すぐ行くね」
たっちゃんは電話を切ると顔を両手で覆って泣き出した。
「どうしたの?」
「何があったの?」
みんなの間に一瞬緊張が走った。すると、たっちゃんはくしゃくしゃの顔で、
「お父さんの意識が回復したって」
と言った。一同から歓声が上がった。僕らはみんなで手を取り合って喜んだ。
「早く、お父さんのそばに行ってあげな」
僕はそうたっちゃんを促した。たっちゃんは、
「一郎先輩、ありがとうございました。一郎先輩と翔先輩にはお父さんの命助けてもらって、本当に感謝してます」
と何度も僕に頭を下げ、教室を飛び出して行った。
この報告を部活後、翔にすると、翔も心から喜んだ。
「そうか。よかったな」
「うん。翔のおかげだね。翔が迅速に動いてくれたから、何とかなったんだ」
僕がそう言うと、翔は首を横に振った。
「いや、俺だけじゃなくてお前も一緒にいろいろやってくれただろ? お前が俺と一緒に助けたんだ」
「じゃあ、もしかして、僕たちヒーロー?」
「かもな」
僕らは笑い合った。
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