第28話 男と女の別

 部活の前に僕はりっちゃんの教室を訪れ、遥さんの話を直接ぶつけてみた。すると、りっちゃんは少しショックを受けた様子だった。


「そんなことを遥が・・・。はぁ、わたしが軽率だった・・・。こんな想いさせることになるなんて、わたし、全然思い至らなかった。ごめんなさい。一郎先輩に夏合宿の時、無理に告白なんかして。やっぱり先輩が言う通り、わたしは遥ともっと向き合うべきだったんです。今、遥を失いたくない」


「じゃあ、もう遥さんのクラスメートの男の子に告白されることがあっても、受ける気はないんだよね?」


「はい。絶対受けません」


「その気持ちをちゃんと遥さんに伝えなよ。凄くりっちゃんのこと心配していたから」


「はい。わかりました。ありがとうございます」


僕らはそのまま二人で部室へ向かった。


「でも、わたし、この話ちょっとモヤモヤするなぁ。わたし、別に女の子の遥と付き合っていることが不利だから、男の子の一郎先輩のことが好きになった訳じゃないのに。確かに遥と付き合っていて、もし遥が彼氏だったらできることがあるのになって思うことが結構あります。でも、だからって遥と別れたいなんて思わない」


りっちゃんのその話は、そっくりそのまま料理部での話し合いに発展した。


「俺にとっても、それはないよ。バイだから都合よく男と女で好きになる対象を分けてるわけじゃないし。でも、りっちゃんの彼女の気持ちも否定もできないんだよなぁ。アプリ見てると、既婚者でセフレ募集してるやつとかよく見るし。彼女できるまでの繋ぎで男と付き合いたいってやつもいたりするし」


栄斗は複雑な心境を吐露した。


「それ考えると、僕もバイでどんなイケメンがいても、付き合うの躊躇しちゃうかも。捨てられるのは嫌だもん」


とこぼす晃司に栄斗は反論した。


「晃司はそんな風に言うけど、ゲイだって付き合っているのに、相手募集してるやつもたくさんいるよ」


 その出会い系アプリってやつ、結構いろんな人がいるんだな。それにしても栄斗のやつ随分アプリの内部情報に詳しいな。


「それはそうだけど、僕は浮気されるならまだ相手が男の方がいいよ。だって、結局僕は女の人には勝てないもん。僕と誰かが付き合っても結婚もできないし、子どもも無理だし、親になんか言えるわけないからずっと僕と彼氏の関係は秘密だし。女の人が相手なら、全部解決できる問題じゃん。ゲイでも偽装結婚する人だっているみたいだし。だから、異性と浮気される方が何倍も嫌」


 晃司は特にそうだろうな。いまだに、両親とはゲイであることを拒絶されて以降、この手の話は晃司の家の中では禁止事項なのだ。それに、嶺くんには湊と付き合う前は彼女がいたんだったよな。嶺くんは彼女のことを恋人として最後まで見ることができなかった。だけど、そういうゲイは多いかもしれない。かくいう僕も、翔と出会うことがなければ、今頃自分を隠したまま女の人と付き合って好きなフリをしていた可能性は捨てきれない。あれだけ自分を否定し続けていたのだから。


「確かに、LGBTの説明をするとき、性別なんて関係ない、なんて話よくされるけど、どうしても超えられない壁ってあるよね。わたしももしかしたら、女の子になりたい、男の子は嫌だって、必要以上に自分の性別にこだわっているのかもしれない。でも、その気持ちはどうしようもないんだもの。


 生まれついたこの男の子の身体は今更どうしようもないし、もし、性別適合手術を受けても、完全に女の子になれるわけじゃない。わたしのこの男っぽい骨格は変わらないし、身長も低くできない。声だって完全に女の子みたいな声にはできない。子宮も卵子もないから、結婚できても子どももできない。


 そのハンデ、わたし、やっぱり考えちゃいます」


とたっちゃんが言った。


 そうだよな。トランスジェンダーの人って究極的にいってしまえば、望む性別を完全に手に入れることって、現代医学の限りを尽くしても無理だもんな。それに、女の子として青春を過ごしたかった時間も、男子生徒の仮面をかぶり、自分を偽り続けて過ごした大人になるまでの時間を取り戻すこともできないのだ。


「でも、不思議だよね。確かに性別なんて関係ないのかもしれないけど、僕が女の子好きになれるかっていったら無理だし。僕は小学校の時から翔が好きだったけど、中学時代で僕をいじめたやつのことも最初はそいつのことが好きだったし。好きになった子全部男でさ。晃司の見せてくれる男同士のエッチな動画、僕も実は興味あったり・・・。いや、なんでもない。クラスの男子が見てる女の人のそういう動画は見ても何も感じないもんな」


僕がそうぽつりとつぶやくと、晃司が笑い出した。


「あはは、そういう話なの? でも、確かに、恋愛する以上、性別って関係なくはないよね。僕も男以外無理」


「一郎先輩って翔くん以外でも抜けるんだ」


栄斗がニヤニヤしながら僕に言った。


「は? ちょっと、変なこと言わないでよ。知らないよ、そんなこと!」


みんなが一斉に笑い出した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る